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「甲賀と伊賀・・・そこに千年の敵として互いに憎みあう」
「忍者二つの一族があった」




 第一殺「十対十」




 「慶長十九年4月 駿府城」

 (城の中庭で人が集まっている。その面々は江戸幕府の重鎮たち・・・・)

「大御所・徳川家康」
「剣術指南役・柳生宗矩」
「徳川忍組組頭・服部半蔵」

 (彼ら3人の周囲にいるのは異様な面々。すなわち・・・)


 (異様に年取った老人)「甲賀卍谷衆頭領・甲賀弾正」

(背中が奇妙に盛り上がった男)「甲賀卍谷衆・風待将監」

(これまた年を取った老婆)「伊賀鍔隠れ衆頭領・お幻」

(怪しい雰囲気を漂わせる美少年)「伊賀鍔隠れ衆・夜叉丸」


 (彼ら4人は、明らかに普通の人間ではない)
 (やがてその中の一人・夜叉丸が動き出した)
 (ゆっくりと手を挙げて指を鳴らすと・・・!)

 バシッジャッ!! (彼の指の間から放たれた紐が地面を切り裂き、風待将監に襲い掛かった!)

 (岩を背中に、かろうじて刀の鞘で受ける将監)

夜叉丸「こいつは女の黒髪よりあわせて・・・・秘伝の獣油を塗り込んだもんだ」
将監「ぬうう」
夜叉丸「切れ味は最高だぜえ 甲賀のおっさんよぉ」

 ガゴオォン! (凄まじい音を立てバラバラになる岩)

お幻「くっくっくっくっくっ これぞ伊賀が夜叉丸の忍法」「いかがでござりましょうや柳生さま」
宗矩「ぬう」

 (怪しい笑いを見せるお幻。汗をかいて場を見守る宗矩)

お幻「ほう甲賀者め」「身を伏せてよけたかえ」

 (その言葉どおり地面につっぷしている将監)

お幻「なんとも無様な姿よのう弾正殿」
弾正(・・・・・・・・・・)ちらっ

 (言われた弾正、大御所の様子を見る)
 (一方、身を伏せていた将監が動き出した)

弾正「勝ち誇るはちと早いわえお幻婆」

 (蜘蛛のごとく四つん這いとなり、異様に長い舌を出した将監)

夜叉丸「!」

 ブブッ!(将監の口から粘液が噴出し、夜叉丸の顔と腕に命中)

弾正「くっくっくっ 風待将監の吐く痰はニカワのごとし 粘りはさらに数百倍よ」

夜叉丸「うっくっ」

びくぅ(痰で縛られ動きのとりにくい夜叉丸。将監に背後を取られ、さらに股間を押さえられる)

夜叉丸「ぐっうっ」
将監「かっかっかっ いいざまだのう夜叉丸」「手を封じられては技も使えまい んん?」
夜叉丸(・・・・・・・・)

 ぱさっ シュバっ!!

 (追い詰められた・・・・かに見えた夜叉丸 なんと足の指で紐を操り体を縛る痰を切り裂いた)
 (その余波で髪が切れ短髪になる夜叉丸)

夜叉丸「おめえは・・・・殺す 将監」
将監「かっかっ 気が合うのう夜叉丸」

 (大御所らが見守る中、再び動く二人。人間業とは思えぬ動きを発揮し、戦いの舞台は駿府城の上に!)

将監「かあああああああああああああああああああああああああああ」



半蔵(甲賀卍谷衆頭領・甲賀弾正)(伊賀鍔隠れ衆頭領・お幻)(なんと禍々しい者共よ・・・・・・)
(先代半蔵がこやつらを闇に封じ『不戦の約定』を定めた理由がのみ込めたわ・・・・それにしても解せぬ)
(家康様はなぜ・・・・このような者どもをご覧になりたいなどど)

 (家康の心理を掴みかねる半蔵。当の家康はその理由を思い起こしていた。すなわち数日前のこと・・・)




家康「忍者?」
?「さよう」
家康「徳川の三大将軍を決するに・・・・・和尚は忍者を使えと申すか」

 (家康と対峙しているのは徳川幕府後見人・南光坊天海)

天海「・・・今や江戸の城内は 長子竹千代派と次子国千代派に別れ 重臣守役までが骨肉の争いをいたしておる始末」
「この争いを捨て置かばたとえ豊臣を滅ぼしたとて 徳川もまた破滅の道を辿りまするぞ」
家康「わかっておる なればこそ・・・・・・こうして御坊に相談しておるのじゃ天海殿」
天海「さればこそ考えに考え申した しかるに・・・・事の事態を理で納めるにはもはや手遅れ」
情を尽くした思案も・・・ことごとくいきづまり」「ならばいっそ武門の家にふさわしく 剣の十番勝負にて事を決するのも一つの道で
はないかと思いいたり・・・・さりとてかような事で徳川の侍をむざむざ死なせたくも無く・・・・・」
家康「ゆえに忍者か」
天海「さよう・・・忍者ならばたとえ殺し合い血の海に死に絶えたところで・・・・さして痛くも痒くもなし」 
「いかがですかな家康どの」



 (回想が終わり現在。夜叉丸と将監の死闘は続いている)

家康「もうよい やめさせよ」
弾正・お幻「「そ れ ま で!」」

 (弾正とお幻の命に応じ、ギリギリのところで攻撃を止めた夜叉丸と将監)


 (戦いが終わり、平伏している忍者たち)

宗矩「まさか・・・・柳生の隣国にこのような者共がひそんでいようとは・・・・この宗矩不覚でござった」
半蔵「それがし・・・・先代半蔵より話には聞いておりましたが こやつらの忍法・・・・・常の技を超えており申す」
家康「うむ たいそう良いものを見せてもろうた」「甲賀弾正 伊賀のお幻 双方まことに大義であったぞ」
弾正「ははっ」
お幻「へへっ」
家康「時にお主たち 徳川の世継ぎを決するために・・・・・命がけの忍法勝負をしてはくれまいかの?」

 (静に、しかし確実に反応する忍者たち)

弾正「我らは・・・・本来四百年の怨敵同士 徳川家のおんためとは申さず」
お幻「先代服部半蔵様と交わした『不戦の約定』さえ解いていただければ いま・・・・すぐにでも」
半蔵「・・・・・・・・御意のままに」
家康「うむよくぞ申した半蔵」

 (頭領たちに巻物を差し出す家康)

家康「さればこの巻物二巻に各々十人の忍者の名を記せ」「これをもって次子国千代派は甲賀に」「長子竹千代派は伊賀に 
三大将軍の命運を託す」「そして双方戦い殺しあった末に この秘巻を持って生き残ったものを勝者といたし・・・・・」
「一族千年の永禄を約束せん!」


 (この巻物に記された20人の忍者は以下の通りである)


甲賀組十人衆
「甲賀弾正」「甲賀弦之介」「地虫十兵衛」「風待将監」「鵜殿丈助」
「霞形部」「如月左衛門」「室賀豹馬」「陽炎」「お胡夷」

伊賀組十人衆
「お幻」「朧」「夜叉丸」「小豆蝋斎」「薬師寺天善」
「雨夜陣五郎」「筑摩小四郎」「蓑念鬼」「蛍火」「朱絹」




 (さて、所変わって)

「甲賀伊賀国境・土岐峠」

 (木を背にして座っている青年。その名は甲賀卍谷衆・甲賀弦之介)
 (そこに近づいてきた少女。その名は伊賀鍔隠れ衆・朧)

朧「弦之介さま・・・・」
弦之介「朧どの」
朧「あっ」

 (駆け寄ろうとしたら草鞋の紐が切れ、つんのめる朧。そのまま弦之介の胸の中へ)

弦之介「どうなされた? 朧どの」
朧「・・・・駿府へ呼ばれたお婆さまたちのことを考えると・・ワケもなく胸騒ぎがして収まらず・・・・」
「・・・・申しわけございません弦之介さま」
弦之介「安心なされよ朧どの 半蔵殿の書状には大御所様への忍法御上覧・・・・・と記してあったではござらぬか」
「我ら両一族が互いに憎み合うたのはもはや昔の話」「先代の服部半蔵殿と交わした『甲賀伊賀不戦の約定』があるかぎり
再び争いが起こることはあり申さぬ」

 (草鞋が切れた朧を背負い歩く弦之介)

弦之介「此度のこともおそらくは・・・・我らの祝言が間近いとの噂を耳にされた半蔵殿が 両家そろって世に出る良い機会として
おとりはからいくだされたのではないかと・・・・」「お爺もそううなずかれて駿府へと旅立たれた」
朧「・・・・申しわけございません弦之介さま ついつい・・・・うろたえてしまい」「忍者の家に生まれながら忍法はおろか
剣術体術何一つ・・・・身につけてはおらぬふつつかものにて・・・・」
弦之介「よいではござらぬか わしはまったく気にしておらぬ」
朧(・・・・・・・・・・・)
弦之介(そうでなければあのお幻婆が、朧どのをわしにくれるような弱気はおこさなんだろうからなあ)

 (恥ずかしそうな朧を背負い歩き進む弦之介)

弦之介「早うお爺とお幻婆に祝言の日取りを決めてもらわねばな」
朧「はい 待ち遠しゅうございます」




 (恋人たちが甘い時間を過ごしている中・・・・・駿府では・・・・)

「駿府城外・安部川のほとり」

 (川原に立つ弾正とお幻。主の前でひざまづいている将監と夜叉丸)

弾正「甲賀卍谷へ」
お幻「伊賀鍔隠れへ」

 (家康より託された巻物を部下に渡す弾正とお幻。受け取った二人は風のごとく駆け出した)
 (と、弾正は夜叉丸に対し妙な動きをする)

弾正「妙な話になりおったのうお幻婆」
お幻「おぬしの孫弦之介とわが孫娘朧の恋にほだされて・・・・和睦しようとしたやさきに・・・・」
弾正「いまごろ どこぞで二人逢うておるやもしれぬのう」
お幻「ふびんや・・・・しょせん星が違うたわえ」
弾正「わしらがそうであったなあ・・・・若いころ わしは伊賀のお幻を恋うたぞい」
お幻「それを言いやるな しょせんは絶ちがたき両家四百年の宿怨じゃ」
弾正「運命よのう」
お幻「おそろしき天意よ・・・・」
弾正「・・・・ところでお幻婆 お主甲賀卍谷の十人衆をよくは知るまい?」
お幻「ほっほっ弾正どの おまえさまこそ伊賀の鍔隠れ十人衆をよくは知るまいが」
弾正「十人?」

 シュバ!(突然、眼を見開くお幻)

弾正「九人であろうお幻」

 (そういう弾正はいつのまにか長針を咥えている。喉元から出した針をお幻に吹き付けたのだ)
 (針が喉を貫通し、苦しい呼吸をするお幻)


お幻「あっ・・ぐあっ・・・」
弾正「毒針じゃ 油断したのうお婆」

 (言いながら、部下に渡したはずの巻物を取り出す弾正)

弾正「見よ夜叉丸のたわけめが! ふところよりこれを抜かれたのも気づかず走り去りおったわい」

 カリッ(指を噛んで血を出し、それで巻物にある”お幻”の字を消す弾正)

お幻「だ・・・・・・・ん・・・・・・・・」
弾正「これまでじゃお幻」
お幻「ぎっえっええええええっえええ!!!」

 (咥えた針をさらに吹きつけ、お幻に止めを刺す弾正)
 (断末魔の悲鳴を上げたお幻は、ゆっくりと川原に横たわる)
 (どこから来たのか、その様子を一羽の鷹が眺めている)

 (涙を流し倒れたお幻の瞼を閉じてやる弾正)

弾正「・・・・・・忍法争いとはこういうものであろうが・・お幻」

 ぎゃあああああっ!(その時、突如として空飛ぶ鷹が舞い降りた)

弾正「ぬっ!」

 (弾正が鷹に気を取られたその刹那、眼を開いたお幻は自分に刺さった針を抜き、弾正に突き刺す!)

弾正「おっ お・・・・幻」

 ばしゃっ(水音をたてて倒れる弾正)

 (弾正の血を指につけ、それで巻物にある”甲賀弾正”の字を消すお幻)

お幻「ぐっくくっくっ・・・・・」

 (不気味な笑みを浮かべていたお幻だがやがて・・・)

お幻(・・・・・・・・・・)

 (涙を流し力尽きたお幻)
 (二人の亡骸は安部川に流されていく)



「・・・・弾正・・・・・お幻」



 (夢か幻か・・・若かりしころの二人の姿が見える)
 (だがやがてそれも川の流れに消えてゆくのだった・・・・・)
 
 (二人の亡骸の近くにある巻物を持って空を行く鷹。その目指すはいずこか・・・・・・)


 (一方、祖父母の末路を知る由も無く・・・弦之介と朧は睦まじい時を過ごしていた・・・・・)
 (彼らはまだ、自らが陥ったあまりにも悲しい運命を知らない・・・・・)


第一殺 終

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