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ヴァルキリープロファイル

〜 第1話 戦乙女(いくさおとめ) 〜


神殿の中、一人の乙女が深い眠りについている。

― 目を覚ませ
― 再び天と契りを交わし
主神(オーディン)のもとへ
勇者の魂を導くのだ
― 目を覚ませ
― 戦乙女 レナス・ヴァルキュリアよ!!

「…なつかしいわね。」
長い眠りから目覚め、風に長い髪を揺らしながら、
ヴァルハラへと向かうレナス。

― 夏には太陽と
冬には月と共に過ごす国の吟遊詩人は謳う

神の国ヴァルハラと
戦乙女ヴァルキリーの伝説を

戦場で死んだ勇者の魂は
“この世の終わりの戦(ラグナロク)”に備え
美しき戦乙女ヴァルキリーに導かれ
ヴァルハラに招かれるという ―

ヴァルハラ…それは巨大な遺跡そのものが、
宙に浮いているような場所だった。
レナスは、石の階段を上り、ヴァルハラに入ってゆく。
「ヴァルハラへようこそ!」
レナスにそう声をかけたのは、フレイアという少女だった。
「まるで客をもてなすような言い方なのね?」
「レナスお姉様!!ずっと待ってたの。
フレイお姉様から、戻ってくるって聞いたから!」
フレイアは、うれしそうにレナスに飛びついて抱きしめた。
「相変わらず元気そうね、フレイア。
…でも、ちょっと元気すぎるかしら?」
「もうっ、レナスお姉様までフレイ姉様みたいなこと言わないで!」
そこへやって来た一人の少年。
明らかにレナス達とは、肌の色が違う、鋭い瞳の少年だ。
「いや、本当にフレイアは女神としての自覚を持つべきだね。」
「ロキ!」
「久しぶりだね、レナス。」
「ええ、元気だった?」
「ああ、みんなにはよくしてもらってるし元気さ。」
そう言ってニコッと笑うロキ。
その笑顔を見て、レナスは思った。
(ロキは敵対するヴァン神族とのハーフだから、
ずいぶんいじめられていたのに…明るくなったわね…)
「それより、ほら、フレイラ。」
ロキにせかされて、慌てて用を思い出すフレイラ。
「そうだった!中でオーディン様がお待ちだったんだ!」
「そう、じゃあまた後で。」
レナスは、フレイアとロキを残し、石造りの建物に入ってゆく。
「…また後で…レナス…」
含み笑いを浮かべるロキ…。
「でも、どうしてオーディン様は、レナスお姉様を
呼び覚ましたのかな?」
「彼女の使命を忘れたのかい、フレイア。」
「あんたに言われなくてもわかってるわよ!
人間の魂を狩り集めることでしょ。」
「その通り。そして、たくさんの戦士の魂が
必要になる事態といえば…」

レナスは、大きな石の扉の部屋に入り、玉座の手前でひざまづく。
「オーディン様、招致に応じました。
任務はいかがなものでしょうか。」
すると、玉座にどっかりと座ったオーディンの横に、
ふわふわと浮いていた乙女がこう言った。
「立ち上がりなさい、レナス。
多くの下々の者同様に頭を垂れる必要など、
あなたにはないのだから。」
そして、ふんわりとレナスのそばへ降り立つと
「久しいわね、レナス。」
と、レナスを抱き寄せる。
「会いたかったわ、フレイ。」
「レナス・ヴァルキュリアよ。」
オーディンが言った。
「運命を司る三女神のうち、最も神格の高いそなたを
呼びさましたのは、もちろん訳がある。
『ユーミルの首』が、我に告げたのだ。
世界の終末…“ラグナロク”が近いことを!」
「“神々の黄昏(ラグナロク)”……!!」
驚くレナス。

― 原始に存在した 巨大な力を持つユーミルという巨人を
オーディンとスルトは共謀して倒してしまう
オーディンは その万物の理を知る首を密かに持ち帰った
これが後に スルトの知るところとなり
オーディン率いるアース神族と
スルト率いるヴァン神族との争いの発端となる
『ユーミルの首』は切られる時 こう告げたという
「お前が我を倒したように
お前たちもまた 黄昏を迎えるだろう」――と
ラグナロク――…
遥か昔からの伝承によれば
それは神々すら逃れられぬ 滅びの戦だという
だが その元凶がなんなのか――…
『ユーミルの首』は語ろうとしない… ―

「ヴァン神族も不穏な動きを見せている。
我らアース神族と奴らとの戦いは避けられぬところだ。
我々には戦力が必要だ。
そなたは、下界ミッドガルドに赴き、
戦力に相応しい人間の魂を探してきてもらいたい。」
オーディンは、静かに、そして力強く語った。
「そのような大任を私に…光栄です…」
胸に手を当て、誇りに満ちあふれた表情でオーディンを見るレナス。
「首尾よく成果が得られることを期待している。
…それではフレイよ!!」
「はい。」
フレイが右手を上げると、キーン…超音波のかすかな響きと共に、
レナスの背中に、真っ白な羽が生え、
甲冑を身にまとった、美しい戦乙女に姿を変えた。
やさしい瞳にも、鋭い光が灯る。
「私も一緒に行ってあげるわ。
すぐに戻らなければならないけど…
目覚めたばかりのあなたを、一人で行かせるのは心もとないから。
行きましょう。人間たちの住む土地――…
ミッドガルドに!!」
フレイはそう言って、レナスをいざなう様に舞い上がる。
真白き翼を広げ、数枚の羽を飛び散らせ、
後に続くレナス。
それを黙ってみているオーディン…


岩肌のむき出しになった大地に降り立つレナスとフレイ。
「…ここが…人々の住む世界…」
レナスは、目の前に広がる景色を、じっとみつめた。
「そう、下界ミッドガルド。
肉体という檻に閉ざされた魂のさまよう場所。
……なつかしい?」
「特別な感情なんてないわ。
見ず知らずの土地だもの。」
「…そうよね。
…何か聞こえない?」
「なんのこと?」
「あなたには、あなただけの力があるわ。
瞳を閉じて精神を集中し、
心を空間に広げていれば、きっとわかるわ。」
フレイの言葉にレナスは、両掌をアンテナにでもするように
胸のあたりに持ってきて、精神を集中した。すると…

『アリューゼ…アリューゼ助けて!!』
『つまらないと感じている。兄さんが満たされているからだよ。』
『うわあああ、化物…!!』
『…哀しいな、王よ。』
『無礼者、万死に値するぞ!!』
『…違う!!』

レナスの心に聞こえてきた、人々の叫び。
「…あ……」
少し戸惑うレナス…。
「聞こえたのね。」
「…これは!?」
「それがあなたの力よ。死を間近にした人間の苦しみや、
怒り、願い、あらゆる魂の律動を感じる力。
あなたは、死者の人格や人生そのものを共有できる存在なの。」
「こうやって死を迎えた者を見つけて、
勇者にふさわしい魂を選べというわけね?」
「そうよ、だから…」
「だから?」
「行きましょう。もっと近づいて心をシンクロさせれば、
彼らの心が理解できるわ。」

― 人の心?心が自分のものに…? ―


森の中
体の大きさが人間の倍以上あろうかという蛮族と戦う、
城の騎士団の青年ロウファ。
長い槍を巧みに操り、怪物とおぼしき蛮族を、
次々倒してゆく。
「隊列を乱すな、行けッ!!」
ロウファが、騎士達に指示を与えながら、ふっと汗を拭ったその時、
ほんの少し油断したその背後から、
残っていた怪物の一体が襲い掛かってきた!が…
ドッ!!!
次の瞬間、怪物の首が飛び、あたり一面に血しぶきが飛び散る。
倒れた怪物の後から姿を現したのは、
城の傭兵アリューゼだった。
鍛え抜かれた身体…獲物を狙うような眼差しは、
騎士団の連中をも遥かにしのぐ。
「アリューゼさん!!」
ロウファも、彼には一目置いていた。
「いつも自分の背中を守ってくれる奴がいるとは限らない…気をつけろ。」
「は、はい!!」
身分など関係なく、素直にアリューゼの言葉に返事をするロウファ。
「うわああッ!」
その声に二人が振り向くと、騎士達が怪物に襲われているではないか。
「うわあっ!」 「ぐあっ!」
何人掛かっても、次々やられていく騎士達。
「――どけ。」
アリューゼは、怪物を取り囲んだ騎士を制すると、
ゆっくりとその巨体に近づいていく。
「オオオッ!」 アリューゼに襲い掛かる怪物。しかし…
パァン!
担いでいた大きな剣で、怪物の首を一刀両断にするアリューゼ。
ボー然とするロウファ…。
(す…すごい…!!あの怪物を一刀のもとに!
さすがアリューゼさんだ…!!)
ピッ!なんのことはない…とでもいうように、
剣を振り下ろし、怪物の血を払うアリューゼ。

空中から、その様子をみていたレナスとフレア。
「…あれが…“勇者の魂(エインフェリア)”――!?」
驚いた様子のレナス。
「人間にしては、なかなかやるようね。」
一方フレアは、冷ややかな表情でアリューゼを見下ろしていた。

「俺様を誰だと思ってやがる!!」
自分の『剣の腕』に酔いながら大きな剣を振るうアリューゼは、
まるで怪物を倒す事を楽しんでいるようにすら見えた。

フレアは言った。
「…けれど、精神面ではどうかしら?
エインフェリアの神界での強さは、力だけによらないから。」
「…………」
「じゃあレナス――
ラグナロクの時にまた会いましょう。」
そう言い残し、飛び去ってゆくフレア。
レナスは、もう一度アリューゼに哀しそうに目をやった。
「あれほど生命力に溢れた人間も、
死の翼からは逃れられぬのか…
――儚いものね…」


〜 第1話 終 〜

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