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鬼 切 丸



大木の根元に…女子高生がひとり。
泣きながら地面に座り込んだまま…
引き裂かれたセーラー服が、
彼女の涙の意味を、物語っていた。

これは夢だ―
悪夢に違いない―
だってあれは―
人ではなかった―



〜 鬼の血族の章 〜



― その昔
四天王の一人、渡辺綱(わたなべのつな)が
九条の羅生門にて
鬼の片腕を切り落とした名刀は
鬚切(ひげきり)…もしくは
鬼切丸(おにきりまる)と呼ばれるものであった ―


木の枝に少年が立っている。
そんな場所に立っていることを除けば、
一見、ごく普通の高校生のようだが、
布袋に入れて背負っている長いモノは…
どうやら、竹刀というわけではなさそうだ。
「ふうん…やけににおうじゃねえか…
さしずめここが奴の隠れ家ってとこか、
鬼切丸よ。」
背負った長モノにそう語りかけ、
木の上から、周りの林を見渡す少年。
そこへ、下校途中の三人の女子高生がやって来た。
真ん中の彼女は、冒頭に登場したあの少女だ。
三人を枝の上から見下ろし、少年はつぶやいた。
「こりゃあ、けっこうなことで…
ガキまでつくってやがる…」
少女達が楽しそうに話をしながら歩いてくると、
ぐるる… 真ん中の少女の腹が音を立てた。
「やあだ美代子!またお腹鳴った…」
「お腹へってるわけ?」
彼女の名は、美代子というらしい。
「やだなあ…そういうわけじゃないんだけど、
最近よく鳴っちゃうの!
あ!それじゃ私ここで…」
「え?こっちのが近道じゃん!」
「いいのよ!美代子はいつも遠回りするの。
それも、一年くらい前からね!」
「ふうん…じゃあね、ばいばい!」
美代子に手を振って別れて行く友人二人。
…一人になった美代子の脳裏に、
一年ほど前の、あの忌まわしい記憶が蘇る。

二本の角…耳まで裂けた口…
鋭く長い爪…
伝説に登場するそれとは比べ物にならない恐ろしき姿…
鬼だ!

(忘れるんだ早く…
体にはなんの異常もなかったし、
生理だってちゃんと………)
その時、美代子の背後から、
がしっ!と美代子の体に腕を掛ける者がいた。
「ひっ!」
短い声を上げる美代子。
それは、木の枝に立っていた少年だった。
「やあ、こんちは!…なんだよ!
まるで鬼にでもつかまったような驚き方してさあ、あんた。」
「!い、いきなり、うしろから男に抱きつかれて
驚かないコはいないわよ!!
はなしてよ、ばか!!」
バシッ!少年の頬を思い切り殴り、立ち去る美代子。
「いさましいや。さすが・・・・・・のに
ふさわしい女だな。
あの感触じゃ臨月にはほど遠いな…
でも、ま、生贄としちゃ上等か。」
少年は、自分の指をぺろっと舐めた。そして…
「さっそくエモノが喰らいついたもんなあ。」
少年が、ちらっと目をやった林の向こうに、
長い髪を振り立てて忍び寄る「鬼」の影…。

美代子は、何かを振り払うように夢中で走った。
(誰よ、あいつ!!何にふさわしい女って?
いやな男!!何もかも知った風な口をきく!!)

『さすが・・・・・のにふさわしい女……』
『まるで鬼にでもつかまったような……』

― 一年前の悪夢が 悲鳴をたどって
追いかけてくるよ…
忘れたいのは 狂いたくないからだ!!
忘れないのは 死ねないからだ!!
だってあれは……人ではなかった!!
まるで異形の… そう…
あれは 鬼!!
『鬼の子を産むのにふさわしい女!!』 ―

ぎゃうん!!
「きゃあ!」
ベッドの中で、目を覚ます美代子。
汗をびっしょりかいている。
(夢か…)
美代子がホッと汗を拭ったその時、
ぐるる…ぎゃうるう…ぎゃんっ!
「!!」
突然、美代子の腹から、うめくような不気味な声が!
「きゃあああ!」
(何かいる!!私の体内〈なか〉に!!
私の胎内〈なか〉に!?
私の胎内〈なか〉で何かがうなってるんだ!!)

『さすが鬼の子を産むのにふさわしい女だな…』
昼間の少年の言葉が、美代子の頭にこだました。
(何かが…何が…?鬼の子?)

「美代子!!ちょっと美代子!!」
声を聞いた母親が、心配して美代子の部屋へやって来た。
「どうしたの!?のら犬でもいたの?美代子?」
しかし、部屋の中に美代子の姿はなく、
開け放たれた窓に掛かったカーテンが、揺れているだけだった。

「はあ、はあ、はあ、はあ…」
寝間着のまま、裸足で走る美代子。
(いやだ。あそこへは行きたくないのに…
また悪夢をみてしまうのに…
足がいうことをきかない…
それとも、これはもう夢かもしれない…)
美代子の足は、一年前のあの場所に向かっていた。
何かに引き寄せられるかのように…
自分の意思とは裏腹に…
ひたすら、あの場所へと向かっていた。
「あっ!!」
草に足をとられて転ぶ美代子。
そこへ…
「こいつは驚いた…」
昼間の少年が、ゆっくりと美代子に近づいてきた。
右手に刀…
そして左手には…
まだ、がさがさと口から音を出してうごめく、
鬼の生首をぶら下げて!!!!!
「赤子のくせに、親父のことが心配でかけつけたか…」
少年の言葉に、腹を押さえてがく然とする美代子。
(夢にちがいない―!!)
「あ…う…あ…あ…」
ドクン!!
突如、美代子の体内から
オオオオオオ!!!
鬼が姿を現した!…いや、産まれいでた!
それは、今まで美代子の胎内に入っていたなどとは
とても考えられない、とてつもなく大きな体だ。
二本の角…耳まで裂けた口…
どこをとっても恐ろしい親に瓜二つの鬼だったが、
醜い顔の額には、もう一つの赤子の顔があり、
産まれいでたばかりの証拠に、
腹から「へその緒」が延びている。
ぐるるる…
鬼の子は、羊水を体から滴らせながら、
少年を威嚇するようにうなり声を上げた。
「あ…あ…ひ…」
何が起こったのか…美代子は言葉を失った。
ただ驚き、体を震わせる美代子。
「そう、おっかなびっくりしなさんな、あんた。
鬼の子は、人とちがって宿すのも産むのも
たやすいもんなんだぜ。
気づかずに産み落とす女も多い。
ま、かなりの早産にはおれも驚いたがよ。
鬼はふつう三年間、女の胎内に宿るもんだ。
わずか十三ヶ月で生まれた未熟児が…
このおれ相手に、すごむんじゃねえよ!!」
刀を振りかざし、鬼の子に切りかかる少年。
大きな体に飛びついて、次々そいつに刃を浴びせた。
美代子はぼう然としたまま、その様子を見ていた。
(女の胎内?早産?未熟児?
親父…?鬼の子…?うそだ…!!
私があれの産みの親ですって!?
うそだ!!)
体は大きくても、ほとんど無抵抗な鬼の子の体を
情け容赦なく斬り続ける少年。
「別にこれは、あんたの赤子なんかじゃないぜ!!
人間の女の胎内に寄生して増殖することを覚えた
鬼の子だ!!
人食いだよ!!人間の血肉ばかりか魂も感情も
何もかもエサにして喰らいつく!!
人間の天敵なんだ!!」
スパーン!鬼の手首が飛んだ。
すると、驚愕の表情しか見せなかった美代子の顔が、
不安そうな、心配そうな…そんな表情に変わってきた。
(これは、女の胎内から緒を引きずってはい出してきた、
私の悪夢〈こども〉だ――
今、生まれてきたばかりの…
生まれてきてはいけない赤子が…
殺されようとしている…!!)
ドン!
切り落とされた鬼の子の頭が、美代子の目の前に落ちた。
すると、その額のもう一つの顔から…
「ふ…フギャア、フギャア、フギャア…」
まるでその泣き声は、母親にお乳をねだる、
人間の赤ん坊の泣き声のようだった…。
ハッとする美代子。
少年は、頭の上で刀の柄を両手で握り、
その刀を垂直に構えてこう言った。
「あんたの悪夢を、終わらせてやるよ!!」
「やめてええ!!」
オギャアア!!
鬼の子の額のもう一つの顔に、その刀は突き刺さった。
美代子の目から、あふれ出る涙。
(それは産声のようでもあり…
断末魔の悲鳴にも聞こえた…
私の悪夢は…これで終わったのだろうか…)
美代子は、後から後からあふれ出る涙を
止めることが出来なかった。
そんな美代子に対し、少年はいたって冷静に言った。
「鬼はよく美女に化けるというが、本来、
鬼の女(めす)など存在せず…
また、人間の女が生きながらにして鬼となる鬼女には、
子を宿す能力など、もちあわせるはずがないんだ…
だからこそ、鬼は別に人間の女をはらませなくとも、
死体からでも木の股からでも、
血族をふやす能力をもっているというのに…
どうしてか奴らは、人間の女をつけねらう!!
それに、理由があろうとなかろうと…
おれは鬼を斬るしかない!!」
「あなたは…何者なの…?」
美代子の問いに少年は、鬼の額に突き刺した刀を抜き、
鞘にそっと収めながら答えた。
「おれには名前はないよ!
この刀…鬼切丸が鬼を探し出して、
おれに斬らせるだけ…
たぶん…この鬼切丸が…
現世にうごめく鬼どもの天敵…」

次の鬼は――
どこに隠れている――!?

鬼切丸を肩に担ぎ、去ってゆく少年。
その後姿を、黙って見ている美代子。

(彼は知っているのだろうか!?
子供を殺された母親が
鬼に変わりやすいということを…
いいえ…
彼も知らない…………
誰も知らない…………
それは…
女だけが知っている――)


美代子の顔が変わった…

鬼のように―


〜 鬼の血族の章 終 〜

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