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WORK
@ START!


札幌駅前
「だれかっ!この子のお母さん、知りませんか!?
迷子のお母ーさん、いませんか!」
人でごった返す駅の入り口で、
リクルートスーツに身を包んだ優二は、
目にいっぱい涙をためた小さい女の子を負ぶって、
大声を張り上げた。
「お母さーん!」
「みっちゃん!…みっちゃん!!」
メガネの若いお母さんが、
人混みから手を伸ばし、優二に走り寄ると、
汗を額に光らせながら、優二はこれ以上ないくらいの笑顔を見せた。
「ママっ!!」
優二の背中で、女の子が嬉しそうに叫んだ途端、
周りから一斉に「わーっ!」と、歓声が上がり、
見れば、みんな我が事のように嬉しそうに微笑んでいる。
…その子を負ぶった、優二のように。


北海道
――――― 夏

空港
「ゆーじっ。こんな大事な日に、どーして遅れてくるのよ!
飛行機出ちゃったじゃない。
あんた、本当に会社に入る気あんの?」
優二の恋人の妙子は、
人目もはばからず、思いっきり優二を怒鳴りつけた。
「……ごめん、妙子。」
息を弾ませながら謝る優二。
「『ごめん』でなくてー、なんか、もっと…
なんか言い訳とかないの?」
「一生懸命走ってきたんだけど、
間に合わなかった、ごめん。」
「…ゆーじ、あんたって、どーしてそーすなおなの…?
なんでそーいいひとなのよーーー!!」
「あ…ども…」
屈託のない笑顔を見せる優二。
すると妙子は、またスゴイ勢いで怒り出した。
「あ…ども…じゃないわよ!
どーすんのよ、今日の面接は!?
これから東京行きの便、空席待ちなんてしてたら、
ぜったい間に合わないんだからね!!」
「困ったねー。」
優二は、まるで他人事のようにつぶやくいた。
「本当にそー思ってんの?あんた、それ!
もーやだー、つきあってらんないわー。」
優二の、あまりの穏やかな様子に、
思わず泣きそうになる妙子…。
そこへ、
「あの…、先ほどはどうもありがとうございました。」
「おにーちゃん!」
メガネのお母さんが、迷子だった女の子の手を引いて、
優二のそばへやって来た。

「え?面接!?大変!
どーしましょう、私たちのせいで…」
その女性は、事情を聞いてオロオロ…。
「あ、いーんです、どーせ受かりそーもない会社ですから。」
女性を気遣い、笑ってそう言う妙子の横で、
「違うよ、オレの夢なんだぞ。」
素直な自分の気持ちを口に出す優二…。
ギロっと妙子に睨まれる。
すると、その女性が航空チケットを優二に差し出して言った。
「あの…これ…、差し出がましいようですけど、
私どもの席、お譲りいたしますので、
どうかこれで行ってください。」
「いえ…、そんな…悪いですから…」
と、断るとする妙子をよそに、
「はい、いただきます。助かりますっ!」
優二は、遠慮もなくニッコリとチケットを受け取ってしまった。
「面接うまくいくといいですね。
じゃ、私どもはこれで…」
「おにーちゃん、がんばれっ!」
行きかけた足を止め、その女性は言った。
「あなたみたいな人って、
企業にも、きっと必要なんだと思いますよ。」

「あんたって、本当にすぐ人に好かれるよねー。」
半分呆れたように妙子が言うと、
優二は、それをやんわりと否定した。
「それ、違うよ。先にオレが好きになるから、
向こうも好いてくれる。」
「ゆーじ…、それ甘いわ。今日はたまたまなのよ。
いい、ゆーじ!
これから東京行くのよ。
向こうなんて、他人には冷たいのよ。
もっとしっかりしなきゃ、
誰も世話焼いちゃくれないのよ。
面接もね、今日私に言ったみたく素直に、
本当のコト言っちゃダメなのよ。」
優二は、ちょっと不満そうだったが、
やがていつもの笑顔になって
「わかった、妙子。
ありがとう。」
と、うなづいてみせた。
ちょっと頬の赤くなる妙子…。
「ま…まあ、天下のスポーツメーカー『ライテックス』よ。
受けたって受かるもんじゃないんだからね。
気楽にやっておいでよ!はは…」
精一杯励ます妙子に、優二は、
「気楽にはできないよ。
夢だから。」
その言葉と笑顔を残し、東京へと旅立ったのだった。


そして、東京
メモを片手に、浜松町駅をさまよう優二。
「えーっと、浜松町から山手線に乗って…
あった、JR線のりば!」
しかし、案内板を見て…
(……………弱ったなー、どっちに乗りゃいーんだ…?)
内回りか、外回りか…悩む優二。
『山手線ってね、同じ所ぐるぐる回ってんのよ。』
ふと、妙子の言葉を思い出し、
(そーか、どっちでもいーのか!)
ポン!と手を打って、
(おっ、ちょうど来てる。)
迷わず、今止まっていた電車に乗り込んだ。
(こんなにすぐ汽車に乗れるなんて…
東京って便利だなーー!)
感心しながらドア近くに立っていると、
1人のおばあさんが、電車に乗ろうと、
ふうふう息を切らしながらドアに近づいて来た。
プシューー
それに気づいた優二は、閉まりかけたドアに自分の体をはさんだ!
「あたったったっ!」
おばあさんも、これにはびっくり!
再び開いたドア…。
「どうぞ。」
おばあさんは、「大丈夫かい…?」と、優二を心配しながら、
電車に乗った。
「ご親切に、ありがとうございました。」
シートに座ったおばあさんの前に立つ優二。
「いえ、でも、人が来てるのにドア閉めるなんて、
ひどいっすねー、この汽車。」
「汽車?」
「あ…、はは、今日、北海道から出てきたばかりですから、
電車、電車…、はは。」
「まあ、それは遠くから。」
「ええ、今日、会社の面接なんです。」
「で、どちらまで?」
「あ、確か田町ってゆー…」
「田町!?…って、方向逆ですよ。」
「えっ、だって、山手線って…」
おばあさんの言葉に、焦る優二。
「じゃ、オレここで降ります、さようならっ。」
「あ、気ーつけてな、さっきはありがと…」
優二は、あいさつもそこそこにホームへ飛び出した。
「まずい!時間がなくなってきたーーっ!
早く反対の汽車に…
あーーーーーわからんっ!
なんでこんなに入り口あんだ?
反対方向ってどこ?」
慌てふためく優二。
「もー時間が…、だめだっ!
もう外に出て、タクシーに乗るしかないっ!」
駅を飛び出したのはいいけれど…
「どこだっ、タクシーのりばっ!?」
途中、パンダのデカイぬいぐるみなどに目を奪われながら、
なんとかタクシーのりばを発見!
「あったあった!…ひー、並んでる!」
その列の最後尾に並んだ優二は、
思いっきり後悔していた。
(あー、これなら汽車のほうが早かったかなー…
やばー、面接まで、あと15分しかない…)
そして、やっと優二の番になり、
(ふー、やっと乗れる。間にあうかなー)
タクシーに乗り込もうとしたその時…
「すいませんっ!急いでるんですっ、
譲ってください、お願いっ!!」
半泣き状態の若い女性が、息を切らして走ってきて、
優二を潤んだ目でみつめたものだから…
「はい…」
思わずタクシーを譲ってしまった!
(もうダメかも…)
走り去るタクシーをただ見送る優二。

「だめだね、こりゃ。」
渋滞に巻き込まれたタクシーの中で、
運転手さんがつぶやいた。
「は?」
「もー少しなんだけど、こりゃ動かんね。
事故かな…」
それを聞いて、不安でいっぱいになる優二。
「少しって、あとどれくらいですか?」
「そーだなー、あと1キロちょいぐらいかな…」
「すいません、降ります、こっから走っていきます。
実は、入社面接があるんです!」
「え?お客さん、そんなに急いでんだったら、
前のクルマ譲らなきゃよかったのに。」
「あの人もすごく急いでそーだったし…
それに…美人だったし!」
「そりゃしょーがねーなっ!!」
右頬に目立つホクロのあるその運転手さんは、
都会のタクシーの運転手さんの中でも、
『いいひとランキング』では、かなり上位にくるものと思われる…。
「じゃーなー、頑張れよ面接。」
「はいっ!」
優二はタクシーを降り、歩道を走り出した。
タッタッタッタッ…
「ハァ、ハァ、ハァ…」
タッタッタッタッ…
「もーダメだ、苦しい…
スーツにこの靴じゃ、これが限界か…」


〜 優二の頭によみがえる、あの夏の日… 〜

「はぁ、はぁ、はぁ…」
競技場…、仰向けに大の字になって荒く息づく優二。
「ゆーじ、はいっ。」
ドリンクボトルを優二に差し出す妙子。
「…終わっちゃったね、ゆーじの夏…」
「妙子…」
「残念だったね、ゆーじ……
でも、ここまでこれるなんて、みんなびっくりだよ。」
「そのみんなが、オレをここまで連れてきてくれたんだよ。」
優二は、傍らに脱ぎ捨てたシューズに目をやる。
「…そして、このシューズも、
今までオレに夢を見させてくれた。」
「そーだね。」
「今度は、オレが夢を見せてあげる人になりたい。」
「え?」
「前から思ってたんだけど…
就職、ライテックスにしたいんだ。」
「ライテックス?この業界トップの大会社よ、
あんたなんて…」
「このクツ、ライテックスのシューズなんだ、
すごく気に入ってる。」
「そんな…そんなコトで進路決めちゃ…」
心配そうに優二をみつめる妙子に、
優二は、にっこり微笑んでこう言った。

〜 「オレ、ライテックス好きなんだ。」 〜


タッタッタッ……カツッ!
ライテックスの大きなビルの前に立つ優二。
「はぁ、はぁ、はぁ…、間に合った…」
いざ突撃!…と思った瞬間、
「あいてててっ…」
後ろから聞こえたその声に、振り向く優二。
見ると、女性が顔を両手で押さえてうずくまっている。
「ど、どーしたんですか?」
「いたた!コンタクトにゴミが…
痛いよ、痛いよぉ…!!」
優二は、もちろん困っている人をほおってはおけない体質…
「落ち着いてください…
オレが取ってあげますから…」
そう言いながら、彼女に近づく。
「いやっ、痛いもん、いやいやっ!!」
「じっとして上向いてっ!」
「は、はいっ。」
優二は、彼女の顔を抑えて上を向かせると、
ハンカチで、そっと目のゴミを取ってやった。
「取れました?」
彼女は、ゆっくりと目を開いた。
と、それはさっき、優二がタクシーを譲ってあげた女性だった。
驚く女性。
「あ、あなた、さっきの…」
「あ…、は、はい。」
すると、その女性は思い出したように慌てだし、
「あっあの…あたし急いでるの、行かなきゃ。
えと、あの…
ありがとうございましたっ。」
ぺこりと頭を下げると、
長い髪をふんわりなびかせて、ビルの中へ走って行った。
(ライテックスの社員の人だったのか…)

「おそいぞ!」
この世の者とは思えないほど怖い顔で怒っている部長。
「すいません部長、お客さんの所で引き留められまして…」
そう謝っているのは、優二にタクシーを譲ってもらい、
アンド、目のゴミを取ってもらった彼女だった。
「いいから早く座りたまえ、二階堂君。」
「は、はいっ。」
書類を見ながら、部長の横に座る二階堂。
(あれっ、まだ来てないんだ、面接の人…)
「あ…」
二階堂は、その書類に張られた顔写真を見てカタマった。
コンコン… 「失礼します。」
「…入りたまえ。」
バン!ドアを開けて部屋に入る優二。
「北都学院大学、体育学部、北野優二です。
一生懸命走って来ましたが、間に合いませんでした、
申し訳ありません!!」
呆気に取られる二階堂はじめ面接官たち…。
(あ…あの子…)
部長は、怖い顔を一層怖くして言った。
「我々を5分も待たせておいて、それが理由か?
……おまえ。」
「私は、私の信念に基づき行動いたしました。
しかし、その結果遅れてしまったことは、
反省しております。」
「信念?なんだ、その信念とは。あ?」
すると優二は、胸を張ってこう答えた。
「私の周りの人の幸せが、
私自身の幸せだということです。」
「ふん、では聞くが、その信念はウチにとって、
利益をもたらすかね?」
「貴社のようなスポーツメーカーは、
会社の周りの総ての人々がお客様です。
最初に人があって存在できます。
メーカーは目先の利潤を追うばかりでなく、
お客様の幸せのためにした努力が、
結果的に利潤に結びつく…
そうした意識を持つことが理想だと思います。」
それを聞いた部長は言った。
「口だけは立派だな、おまえは…
しかし、少しのミスが、
即、利益の損失につながる企業の一員としては、
たとえ、いかなる理由があろうとも、
遅刻は絶対許されないミスではないか?
ましてや、理由のない遅刻など、
もはや社会に対して不適応だと、
判断せざるをえないと私は思う。以上。
もう帰ってよろしい。」
優二の顔が、一瞬、悲しそうに曇った。
「あ…あの、部長…、あ…」
二階堂は、優二の送れた理由を説明しようとしたが、
「ありがとうございました!!」
精一杯笑顔を作り、
優二は、それ以上何も言わずに部屋を出て行った。
バタン…
「部長!あっ、あの、お話が…」
二階堂は、今朝の一部始終を、部長に話した。
「ふん、なるほど。
彼が遅れたのはそのせいかもしれん。」
「じゃ、じゃあ…」
「しかし、
これがもし社運の掛かった大事な取り引きだったとしたらどうだ?
人間的には魅力があるかもしれんが、
それがイコール社員をしての評価にはつながらんのだ。」
「…あ。」
「キミも来期から主任になるんだ、
そーゆうんじゃ困るよ。」
ギロリと二階堂を睨みつける部長。
それでも二階堂は、これだけはどうしても言いたかった…

「で…でもあの人…
いいひとなんです…」


会社の前で、タクシーを拾う部長。
「タクシー!」
部長がタクシーに乗ると、
すぐさま運転手さんがこんなことを話し始めた。
そう…、右頬にホクロのある運転手さんだ。
「今日ねー、おたくの会社まで若い人を乗せたんですけどねー。」
「ほう。」
「その人、まあいいひとでねーーー…。」
ハッとする部長。
「面接とか言ってたけど、おたくにとっちゃー、
なかなか掘り出しモンかもしれないすよ、
あの青年は。」


「おじーちゃん、おかえりっ。」
部長が家に帰ると、いきなり小さな孫娘が抱きついてきた。
「帰ってたのか、みちこ。」
「うんっ。」
部長の口に指を突っ込んで、部長の顔で遊びだすみちこ。
なすがままの部長…
家に帰れば、威厳もなにもない、ただのおじいちゃんだ。
「お帰りなさい、お父さん。」
「ああ、北海道の義父さんはどうだった?」
奥から出てきた部長の娘…!!
こ、この女性はっ…!!
「じいちゃん聞いて!今日、みっちゃん迷子になったのー!!」
…や、やっぱり。
「なにっ?」
「それがね、急いでるのに、この子をおんぶして、
私を探してくださった人がいたの。
就職の面接だって言ってたけど、
だいじょーぶだったかしら…」
部長の顔が、ピクッと…。
「間に合えば、ぜったい面接通るわよね、だって…
あんなにいいひとなんですもの。」
「……………」
もう、部長の額は汗びっしょりだった。
「ねえ、おじーちゃん。
あたしねー、あのおにーちゃん、
おじーちゃんの次に好きっ。」
にっこり笑うみちこ。
ますます汗をかく部長。
そこへ、部長の年老いた母がやってきた。
「ああ、清七郎お帰り。」
「ただいま母さん、今日も外へ遊びに行ってたんですか。
もう年なんだから、ほどほどに…」
「それがな、今日、電車でな、
いいひとに会ってのう。」
部長が、カタマったのは言うまでもない。
(…いいひと…………)


公衆電話で、電話をしている優二。
もうすっかり落ち込んでいる様子…。
優二の後ろには、順番待ちの人が数人並んでいる。
「あ、妙子?うん…だめだったみたい…
うん…、うん…、
あ、じゃ後ろ待ってるから切るぞ。」

優二は、こんな時までいいひとだった。


WORK@ おわり

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