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E’S
〜エス〜

― 第1話 暖かい檻 ―



都会の摩天楼を望むビルの屋上…
「ここは…星が見えない…」
ポツリとつぶやく、白いコートの少年。
戒=玖堂(カイ=クドウ)
15歳
『アシュラム』という組織の一員…
MDプレーヤーからのびたイヤホンを両耳にさし、精神を集中…
その両耳を手で押さえ、目を閉じる。

「ハア…ハア…ハア…」
何かから必死に逃げる男。
公園の中に逃げ込み、誰にも追われていない事を確認すると、
傍らにある水道の蛇口をひねり、顔を近づける。
キイイイ…超音波のようなかすかな音。
ビクッ!男の顔色が変わる。
「しまっ…」
突然、水道を砕き、夜空に立ち上り始めた水柱!
さながら燃えさかる炎のように空中で渦を巻き、
逃げるその男に向かってなだれ込んだかと思うと、
キイイン!
男を、その形のまま覆い固めてしまう。

戒は、遠い目をして音楽を聴いている。
『DISC 01 0:00』
スイッチを切り、イヤホンをはずす戒。
「…捕獲、成功しました、曳士(エイジ)さん―」
「すごいじゃないか戒、訓練の成果かな。」
ロング丈の、スタンドカラーの上着を着た曳士が、
戒を褒める。
微笑んではいるが、サングラスの奥の瞳は…冷たい。
「だったら嬉しいです。」
15歳の少年の顔に戻る戒。
「作戦終了だ。後は私達でやるから、先に帰りなさい。」
「あの…あの人は、彼はこの後どうなるんですか?
データには、彼が能力(ちから)を使って警官を殺したと記述が…」
「そうだな、殺人となると本来なら実刑は免れない。―が、
彼らのような特殊能力者が犯罪を起こす場合、本人の意思ではなく
テロリスト達に利用されているケースが多い。
それを主張すれば…」
心配そうに、曳士の話を聞いている戒の肩に、
曳士がそっと手を掛ける。
「大丈夫、心配しなくていい。
私達の本来の仕事は、警察や軍が処理できない犯罪を請け負うことだが、
それと同時に、突然変異(ミュータント)と呼ばれ、世間から迫害を受けて
地下に隠れ怯え暮らす特殊能力者を保護する役目もある。
そのための組織だ、安心していい。」
ほっとする戒。 「良かった…です。」
「じゃあ、私は彼の保護とその手続きを済ませて帰るから。」
「はい。」 シュンッ!その場から消える戒。
それを見届けて、曳士は上着のカラーに付いたバッジに話し始める。
ピー…「…ああ、私だ。戒が捕獲したゲリラの処理に移ってくれ。」

公園で、水で固められた男…意識はあるようだ。
全身防備で銃を構える男達を見て、目が怯え出す。

曳士には、その公園の様子が手に取るようにわかっている。
サングラスを、黒い手袋でちょっと押し上げ、こう言う。
「―いいぞ、殺せ。」

アシュラムメンバーの住むマンション
ドアのセキュリティーシステムにカードを通す戒。
プシュー…開くドア。
「あ!おっかえりなさーい戒っ!!任務遂行おつかれサマーっ!」
廊下を歩かず、フワフワ浮きながら出て来た少女が、
戒に思い切り抱きつく。
「うわっ!や…やあ神露(シンルー)、まだ起きてたんだ?」
頬を真っ赤にして、幾分慌て気味の戒。
「だって、戒のこと待ってたんだもん。」
「なんで?」
「ちょっとウチまで来て欲しいの。」
戒の腕を引っ張る神露。
「え?でも遅いし、明日…」
「明日じゃダメなの、いいから来て!来て!」
時計は、もうすぐ0時になろうとしている。
神露は、無理やり戒をエレベーターに押し込み、微笑む。

神露の部屋
「じゃーーーんっ!!」
テーブルの上に、ケーキや様々な料理が並べてある。
「座って、座って!」 戒を椅子に座らせる神露。
「ど、どうしたの?コレ。」
戒の言葉に、神露は目を潤ませる。
「戒は…今日が何の日か忘れちゃったんだ…」
ギクッ!
「え!?待って…今日?…だって神露の誕生日はこの前だったし、
僕のも違うし…」 焦る戒。
すると、神露はにっこりと笑い出す。
「なあ〜んてっ、戒がーそーゆうことに無頓着なのはわかってるから
大丈夫っ!今日は、戒がここに来てから、
ちょうど1年目の記念日なのでしたー♪」
「あ…そ…そっか…」
「そ!もう1年も経ったんだよ?戒が曳士に連れられて『アシュラム』に
来てからね。だからお祝い♪ケーキも焼いたんだから。」
神露が切り分けたケーキが、突然宙に浮き出す。
「『お祝い』…ねェ。」
天井近くに姿を現したのは、長い三つ編みをたらした少年。
「神龍(シェンロン)!!出入りはドアからしてって言ってるでしょ。」
顔を真っ赤にして怒る神露。
神龍は、ケーキを一切れ食べ終えると、指についたクリームをなめる。
「めんどくさいよ、人間じゃあるまいし。」
「人間だよ。」 戒が、キッと神龍を睨む。
それを見て、戒に近づく神龍。
「一人で任務に出たんだって?どうだった?」
「別に…問題なかったよ。」
「良かった!でもスゴイよね、1年目で単独指令受けるのって。」
微笑む神露…しかし、神龍はあきれたようにこう言う。
「ランクE!最低レベルの犯罪者だよ。」
「何よ、そのランクEって。」 ムスッとする神露。
「ランクE?」 初めて耳にする言葉に、興味を示す戒。
「あ!!神龍!あんたまた『アシュラム』のコンピューターに
不法侵入(ハッキング)したのね!?」
神露は、思わず立ち上がる。
ビクッ!とする神龍。 「うっ…戒が…いい気になってるからさ。
自分の実力を思い知っておいて欲しいもんだね。
曳士にヒイキされてる本当の理由もな。」
にらみ合う戒と神龍。
「神露にも教えてやるよ。戒には妹がいるんだ。その妹が、
まだ研究中の特殊能力者なんだよ。
わかっていることは、とにかく凄い能力の持ち主だってことだけ。
それで期待してんだよ、曳士は。
同じ遺伝子を持つ兄貴の戒にも、何か特別のモノがあるんじゃないかってさ。」
ギュッとこぶしを握る戒。 「光流(ヒカル)は…妹はそんなんじゃない。」
「だあったら、なんで戒みたいな最低能力者を曳士が特別扱いするんだよ?
その妹が―…」
バキィッ!!いきなり、神龍を殴り飛ばす戒。
「…にすンだよッ!!」
戒を睨んだ神龍から、能力(ちから)が放たれ、
戒は、テーブルや椅子と一緒に吹き飛ばされ窓にたたき付けられる。
窓ガラスにヒビが入る。その手前で、頭を抑える戒。「う…」
「…チッ…窓から叩き落してやりゃよかった。」
頬に受けた傷の血を拭う神龍。
その時―
「神龍!!もうやめないと、あたしも怒るからね!!」
ものすごい形相で神龍を睨みつける神露…片方の瞳が変色している。
「ヘッ…おっかねェの。へーへー俺は退散しますよ、
せいぜい、その能無しを構ってやるといいさ。」
神龍が、三つ編みをなびかせ宙に消えてゆく。
「神露、今度もっと甘いケーキ作ってよ。それ失敗じゃないの?」
ケーキを指差した神龍の指が、最後に…消える。
「ごめんね戒、神龍ね、妬いてるの。曳士が戒に構うから。
戒の能力が上がってきてるの、認めたくないのよ。
あ…それよりケーキ…。」
戒の横で、ケーキがメチャメチャになっている。
「ごめ……」 戒は謝ろうと…
「ん、いいの、また作るから。そしたら今度は食べてね。」
それをさえぎる様に、神露はニッコリ笑う。
「今、もらうよ。」
戒は、ケーキの欠けらを口に運び…そして引きつった笑顔で… 「…甘い。」
「えぇ〜っ!?まだ甘い〜?戒、甘いのダメだから、砂糖結構控えたのにぃ〜
じゃあ次はねっ、フルーツケーキとかバナナブレッドとか、
デコレーションないのに挑戦する!」
「いや…だからケーキはさ…」

作戦室(フリーフィングルーム)
アシュラムのメンバーに、指示を出す曳士。
その周りを囲むように座っている、戒、神露らのアシュラムメンバー。
「指令を伝える。今回の作戦は、犯罪者グループの一斉検挙だ。
ここ数ヶ月で発生している各種犯罪は、ある同一ゲリラ組織の末端が
引き起こしていたことが判明―
よって、この作戦でそのゲリラ組織を壊滅させることに成功すれば、
かなりの数の犯罪を未然に防ぐことになる。
心して指示を受けて欲しい。」
「そんな大事な任務なら、戒みたいのは足手まといなんじゃないの?」
机に頬杖をついて、神龍が言う。横から睨む戒。
「神龍!!」 神露が、叫ぶ。
サングラスの曳士は、冷静に…不気味なまでの冷静さで、言う。
「神龍…、君はいつから我々の作戦を指揮するようになったんだい?
それとも、私の命令は聞けないとでも?」
ハッとする神龍、「そ…そんなこと…ないです!」
「なら結構だ。ではまず、手許の書類(ブリーフィング)ケースを開いて、
2枚目のコピーに目を通すんだ。」
横目で戒を見る神龍…目を合わせようとしない戒。

〈旧市街〉 G(ガルド)地区
崩れかけたビルの群れの足元に、その街はある。
旧市内のビルの墓場に建てられた街…
一人の若い男が、紙袋を抱えて路地を歩いている。
「♪〜オレの大切なコル〜トパイソン♪」
鼻歌混じりに歩くその男を、隠れて見ているもう一人の男。
「♪パパからもらったコル〜トパイソン♪…って、そりゃウソか。」
…ふと、気配を感じて足を止める…と、
いきなりパイプで殴りかかる、潜んでいた男。
バッ!それをジャンプして避け、若い男は襲ってきた男に銃を突きつける。
「いい度胸じゃねーか。テメェ、このオレを“便利屋”勇基サマと
知って襲ったのか?ああ?」
その男の口の中に、銃口をねじ込む勇基。
「…アレ?あんた、確かどっかで…会ってねェか?えーっと、ホラ…」
勇基が考え込む隙に、銃口を口に差したままゴミバケツに目をやる男。
と…
「あー!!思い出したわ!!」
そう叫んだ勇基の後頭部に、男の能力(ちから)で飛んできたバケツのふたが
ガンッ!と直撃。
「昨…う…」 ドサッ…気を失い倒れる勇基。

床一面に広げられた銃などの武器。
「一体…どれだけ武器を隠し持ってるんだ。」
「これで終わりか?勇基―」
勇基が、体を縛られ、男達に囲まれている。
「へっくしょんッ!終わりだよ!オ・ワ・リッ!!お前らなぁ!!
一体どういうつもりだよ。昨日の今日だぞ、銃の取り引きしてやったのは!
(何かトラブルか?そんな情報入ってねーぞ)
昨日の夜、オレと取り引きした男を呼べ!
欠陥品でも混じってたなんて言うんじゃねーだろうなッ。」
顔を見合わせる男達。
「奴は消えたよ、銃ごとな。お前との取り引きの後、それきりだ。」
「…!?持ち逃げでも…したのか?」
「違う、殺されたんだ。」

再び、作戦室
「『G地区ゲリラ組織掃討作戦』―…」
資料に目をやる戒。
「そうだ、かなり大きなゲリラ組織だ。当然、その組織内部には
能力(ちから)を悪用されている特殊能力者も多くいる。
君達の力で、どうか、彼らを救ってやって欲しい。」
カツン…曳士の乾いた靴音が、作戦室に響く。
曳士の、サングラスで覆った非情さに気付く者は、
…今はまだ、誰もいない。


― 第1話 END ―

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