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  天晴(あっぱれ)じぱんぐ!@

〜 ひけしや桜桃(ゆすら)之巻 〜


江戸時代

― それは ある春の日の夜のことでありました

たまたま、そこを通りがかった一組の夫婦…
「ねえ!お前さん、ちょいと…
桜の木の下に赤ン坊が―」
元気な泣き声を上げながら、その赤ン坊は、
美しい飾りの付いた杖と共に寝かされていた…

― さて それから15年後

どすっ! 「ぐっ!」
「…どうでえオッサン!『人の悲しみを知って己の罪を知れ』ってな。
――次から覚えときな!!」
往来に倒れている男の胸に、飾りの付いた杖を突きつけ…
髪を二つに束ねた若い女が言った。
そこへ駆けつけてくる同心。
「どいたどいた!ケンカはここかい?
あっ…また桜桃(ゆすら)、お前か!!」

茶店
桜桃が、足を組んで団子を食べている。
「いつも済まねーなぁ、田川の旦那!」
桜桃の横に座っているのは、さっき勇ましく駆けつけてきた同心なのだが…?
「やーだ、友達でしょおっ、『ひけしや桜桃』っていやあ、
最近、奉行所でも有名よっ。」
上記、同心田川のセリフ…
「まあ、でもおれのは商売(バイト)だし…」
「でもいーわよぉ、もー同心(ケーカン)なんてさ、奉行所(ケーサツ)の
上下関係とか、ストレス溜まりまくり!」
「とか言いつつ、憧れの『お奉行』がいるから
やめられねーと!」
「やん!桜桃ったら!!」 顔を真っ赤にして…
ガン!思いっきり十手で桜桃の頭を殴る田川。
そこへ、
「いたいた、田川の旦那ーっ」 一人の町人がやって来た。
キリッ! 「おう!どうした弥助!では、またな桜桃!
商売とはいえ、あまり危ないことに首は突っ込むなよ!」
上記、これも田川のセリフ…
一緒に立ち上がる桜桃。
「(この隠れオカマッ!)おれは平気だよ。
旦那こそ、見廻り頑張んな!!」
すると田川は、桜桃の耳に顔を近づけ…こそっと言った。
「お客でイイ男いたら、即がめんのよ!
あんたを女らしく、かつ、幸せにしてくれる男…きっといるわっ。
心配して言ってんのよっ!ダメならあたしにちょうだい♪うふ。」
町人に急かされ、田川は去っていった。
「まーったく、あの旦那はいつもアレだ!キョーミねってのに。
おれみてーなの、相手できる男なんざ、いねえって!なァ、金剛丸!」
 そう言って、背中に担いだ杖をなでる桜桃。

― というわけで(何が?)桜桃の周りは平和でありました
…が

バシャバシャ…小川を走る一組の男女…
「お照、早く!!」
「若!私のことはよいから、お逃げ下さ…うああっ!」
ザッ!追ってきた笠をかぶった男に、後ろから斬りつけられるお照。
「お照!?」
追手は、今度は若い侍の前に立ちはだかった。

木の下に座って、シャボン玉を飛ばしている桜桃。
(「女らしく」―かあ)
「ちっ、しょーがねーじゃん、普通の女に生まれなかったんだからよ!」
桜桃は、ゴロン!と仰向けに寝転んだ。
その時…
ザザザザザ…さっきの若侍が走ってきて、
ぐにゅる!と、桜桃を踏みつけ…
「待て!逃がすでないぞ!!」
追手どもも、次々、桜桃を踏んで走ってゆく。
「な…なんだよありゃ〜!!」 むっくり起き上がる桜桃。
見ると、若侍が笠をかぶった男達に追い詰められているところだった。
「貴様ら一体何モンだ!?…お照を…お照をどうした!!」
そう叫んで斬りかかる若侍。
しかし、刀は空を切るばかりだ。
「どこに斬りつけておる若僧が!!ハハハ…」
「そろそろ、とどめと行くか―」
そこへ、ふわふわとたくさんのシャボン玉が…!
「何っ…!?」 慌てる男達。
ドカカカ!!男達の真ん中に何かが炸裂!
そして、そこからふわっと飛び上がったのは、
桜桃だった。
桜桃は、若侍の前にスタッと降り立った。
「…何奴…!?」
「ただの通りすがられたモンだけどさ、多勢に無勢じゃあ、
見てて割に合わねェからよ!」
「ちっ、ガキか!」 「そこをどけ!!さもなくば―」
「さもなくば?」 片手で、金剛丸をクルクル回す桜桃…そして!
「どーするってンだい!?」
金剛丸を、顔の前で構え、男達をにらみつけた。
「うっ、…貴様!?」 ひるむ男達。
「あーっ、いたいたっ♪探しましたよ、桜桃さーん!!」
そこへやってきたのは峰吉、仕方なく引き上げてゆく男達。
(峰吉は、桜桃の親父の弟子?)
「…逃げちまった!これからだってのに。」
桜桃は、残念そうに男達の後姿を見送った。
「またケンカですかい?おかみさん達も心配してますぜ!!
いつか相手を殺しちまうんじゃないかって。
れ?その足元に倒れてる色男さんは…?」
峰吉の言葉に、足元に目をやる桜桃…
若侍の美しい顔に、ちょっとドキッ!とする。

晴流屋(桜桃の家)
「…う…っ…」 目を覚ます若侍。
「お目覚めでございますか。」
突然、目の前に現れたのは、日本髪を結った骸骨?!
ずさっ!ドキドキドキ…ビビる若侍。
「ケガ人ビビらせてんじゃねーよ、親父!!」
その骸骨人形を持った親父の頭を殴る桜桃。
「…こ…ここは…!?」
「私の家ですよ、薬種屋でラッキーでしたねっ。」
若侍の問いに、ニッコリ笑って答える親父。
まだ、ガシャガシャと骸骨人形を揺らしている…
「熱もあって一日寝てたんだ。気分はどうでえ!」
桜桃が尋ねると、その若侍はハッとして言った。
「おめえ…あん時のボーズか!」
「…ボーズ!?ってあのな…」 桜桃が怒って説明しようとしたが、
「自動起き上がり布団!!」
と、急に紐を引っ張って、布団ごと若侍を起こす親父。
が…次のコマで、襖の向こうで、哀れ親父はノビていた。
「すまねーな、店の仕事を母ちゃんが引き受けてるからって、
ヘンな発明ばっかしてやがる。」 襖を閉める桜桃。
「…かたじけない!おまえは命の恩人だ、感謝するぜ!!」
若侍は、さっきの骸骨人形をガッと引き寄せて言った。
「おい、おれはこっちだ、こっちー」
「あれ?」 桜桃の顔に自分の顔を近づける若侍。
「ホントに感謝してンのか?」
「すまん!極度の近眼でな…どーやら逃げる最中、眼鏡を落としたらしい。
それでも普段は気配でわかるし、戦えるんだが…さっきは具合が―…、
そうだ、おめえ!!お照を…お照を見なかったか―!?」
再び、骸骨人形をガッとつかむ若侍。
「ちっとも気配で判ってねーじゃんか。」 ブチ…の桜桃。
「いっ…!」 若侍は、興奮したせいで傷がいたんだらしい。
「ほら見ろー深い傷じゃあねーが、油断してっと…」
そこへ入ってきた峰吉。
「桜桃さん!昨夜の場所から幾つか見つけてきましたぜ!」
峰吉は、拾ってきた眼鏡などを出した。
「おっ、御苦労だったな、峰吉!」
「あっ、おれの眼鏡!」 ぶ厚いレンズの眼鏡をかける若侍。
「…近くに女はいなかったか?」
「いや、それが―…ちぃと言いにくいんですが…実は、
川べりに、この血ィついた女物の頭巾が引っかかってて…」
峰吉は、真っ赤な布を桜桃と若侍の方へ差し出した。
「こ…これはまさかー!!」
「こりゃひでえ!全部真っ赤じゃねーか!」
その真っ赤な布をつかんで、驚く二人。
「あ!間違えた、こっちだ!―そっちは…あっしの洗たくもの(フンドシ)」
どっかん!と、空の果てまで?桜桃に吹っ飛ばされる峰吉。
「…間違いない…これはお照の…頭巾…
あいつら…あいつらお照をー!!」
血だらけの頭巾を握りしめ、そう叫ぶ若侍…
桜桃は、なぜかそんな若侍が…とても気になるらしい。
若侍は、今までのいきさつを話し始めた。
「駆け落ちー?」
「まあ…そんなもんだ。親の決めた縁談が嫌でさ、
お照が一緒に逃げようと言ってくれて…優しい女だった。」
「追手に心当たりは?」
「…………誰だってこの際どうでもいい…どうしてお照が…
くそっ!!あいつらーあいつら許せねえ…!!」
(どうやらワケありってやつか…) 桜桃は、黙って若侍を見ていた…
その時、桜桃の背中の杖が、ボワッと青く色を変えた!
「なんだ!?その棒、今、青くー」
「ああ、金剛丸か?おれの分身だよ。
今、あんたの悲しみを感じ取ったのさ!」
そこへ、いつの間にか空の果てから戻った峰吉。
「桜桃さんは、『ひけしや』なんスよ!!」
驚く若侍… 「火消?おめえが!?」
桜桃は、金剛丸を握り、ちょっと微笑んだ。
「その『火』じゃねぇよ…おれの消すのは『悲』!!
…人の悲しみを癒してやる商売だ。
しかも料金後払いっ。」
それを聞いた若侍の表情が変わる。
「(悲消屋…)―…桜桃とか言ったな!!
おれは沙門(さもん)と言うがーおぬし、今の話、本当か?
本当に…本当に『悲しみを消す』なんてこと出来るのか!?
もし…本当なら、おれの持っている悲しみ…少しでも
癒してくれるか―?」
桜桃は、ニッコリ…「――引き受けた!」

とある屋敷
「――して沙門は?」
「それが…とんだところで邪魔が入りまして…」
数人の侍と女が一人、なにやら良くない相談事の真っ最中…
「EDO(ここ)にいるってことは判ってるんだ…
必ず見つけ出して命を奪うんだよ!
申し訳ありません…頼安(よりやす)様、
今少しお待ちを―」
女の言葉に、頼安とおぼしき人物は、扇子を手にこう言った。
「…2日じゃ、2日でカタをつけい。」

晴流屋の店先
廊下を、自動座布団に乗ってやって来た桜桃の親父…
「あれ?桜桃は?」
「ああ、今しがた、例のお侍さんと出て行きましたよ。」
何気なく答える母。
「何っ?もしやデート!?ついに桜桃も色気づいたか!!」
ぽーん!と、クラッカーのようなものを破裂させると、
中から、紙吹雪と共に『鯛』が飛び出した!
…どうやら、『めでたい』を意味しているらしい…
「…まさか、お武家サマ相手じゃつりあわないってもんさ。
まあ、あのお人は桜桃のこと男だと思ってるみたいだけど―
ちゃんとすりゃあべっぴんなのに、何を思ってあんな商売始めたんだか…
やっぱり、あたしらが本当の親じゃないからねえ…」
真剣に話す母の後ろで、なぜかドボけた猫のカブリモノを
すっぽりかぶっている親父…
「うーむ、わしらに何か不満な点でもあるのだろうか!!」
― 「だとしたらあんただよ」と心の奥で思う女房であった ―

街なかの道
早足で歩く沙門と、その後からやってくる桜桃。
「おい!おい沙門、待てって!!ケガしてるってぇのにどこ行くんだ?
第一、昨夜の奴らに見つかったら…」
「好都合!お照の敵を討ってやるまで!!」
と、突然後ろから、沙門の眼鏡を取る桜桃。
「あーん、見えない見えない見えない!!
何すンだ、貴様ーっ!!」
刀を構える沙門に、桜桃は怒ってガンをとばす!
「おめーがおれの客になった以上、勝手なことされちゃ困るんだよ!」
「おめえの仕事は『悲消』だろうが!だったらおれが母上に逢うことは
邪魔できんはずだ。判るまいな…2人EDOでひっそり暮らしていたところを
突然引き離されて、別の国に連れて行かれ―
今更、父親とぬかす男が出てきて『跡を継げ』!!
…おれは人形じゃない!!
息詰まる生活を半年も続けられたのは、新入りの下女のお照がいたから…

『沙門さま、私も一人…元気をお出し下さりまし…』

その優しかったお照も、おれのためにー!!…くっ…
なのにおれだけ生き残って〜〜っ!うおおおお…」
道のド真ん中で泣き崩れる沙門。
「すげーオーバーアクション…」 ひく峰吉…
「わーった、わーったよ、おっかさんとこ行こーじゃねーか!」
ヤケになって怒鳴る桜桃…

長屋にやってくる三人。
「…ここがおめえの住んでた長屋か?
峰吉、周り気ィつけろ、ちょっと静か過ぎる。」
周りを気にする桜桃…何も気にせず、一軒の障子を開く沙門。
「母上!!…うっ!!」 沙門が、その家の中を見て言葉を失った。
「どーした!?」 慌てて中を見る桜桃!!
…しかし、ただ単に…?
「…家、間違えた!」 だけだった…
「おめえ、眼鏡あっても関係ねーんじゃねーか!?」 怒!…の桜桃。
「だってさー、長屋ってよく似てるじゃん!!」 ポリポリ…の沙門。
沙門は、次の家に入り…そして今度は本当に立ち尽くしてしまった。
「―― 母上…」
荒れた部屋…中には誰もいない。
「こりゃあ人が住まなくなって、ゆうに一月は経つな…」
その時!!
「せいっ!」 突然、何者かが桜桃の背後から斬りかかってきた!
一瞬早く、それを避けた桜桃、「貴様らー!!」
それは、先日、沙門を襲った笠をかぶった男達だった。
「この間は、よくも邪魔してくれたな小僧!!」
(小僧?) ←ムカッ!ときている桜桃の心の声。
「今、ここで2人まとめて、たたっ斬る!!」
すると、沙門が一歩前に出て言った。
「貴様ら…そうして…お照を…なんの罪もないお照を殺したのかー?」
「お照?ふふん、あの女とはもう二度と逢えぬわ―生きてはな!」
その言葉に、カッ!ときた沙門は、いきなりその男に斬りかかった!
しかし、刀は受けられ、逆に男に斬りかかられた!!
ザッ!! その刀を受けたのは、沙門をかばった桜桃の左肩だった。
「桜桃!?」 驚く沙門!!
峰吉は、フトコロから何かを出し、
「こーゆー時には先生の発明品!!煙幕花火!!」 ドン!
…確かに煙は出たが…なぜかキレイなお花もいっぱい出てきた?
さすがは、親父の発明した花火…
その煙幕花火の音は、蕎麦をすすっていた田川の旦那の耳にも届いた。
「むっ!?あの音は!!」
蕎麦を抱えて駆けつける田川の旦那。
「爆発はどこぉー!?」
「あーっ、こっちです旦那ー!!」 手を振る峰吉。
「ゲホゲホ…引け!!」 煙の中、逃げる男達。
「待て…っ、ゲホゲホ…」 沙門は、後を追おうとしたが…
「大丈夫…峰吉が後を尾ける…うっ!」 痛みを堪えて桜桃がそれを止めた。
「おい…しっかりしろ!!傷口見せてみろ!!」
眼鏡がないので、桜桃の顔に自分の顔をくっ付くくらい近づけて、
沙門が言った。…ギクッ!となる桜桃。
「えっ、いーよっ、やっ、やめ…」
「何言ってる!!大ケガだったら大変なことに―」
沙門は、無理やり桜桃の着物の肩をずるっと下げた!!
!! 一瞬カタまる沙門…そして、
「…かわいそうに…」
「へ?」
「胸のあたりにも腫物が…」
バキ、ドカドカ、べしっ、ごきゅっ!!!

一方こちらは、男達を尾けてきた峰吉。
木々に囲まれた神社に入って行く男達…
「――…また失敗したって?」
(女の声…?) 親父の発明した声音拡聞器を耳にあて、
話を盗み聞きする峰吉。
「何をやってるんだい、大の男が揃いも揃って!あまり時間がかかると、
あの方に疑いがかかる…しょーがない…
こうなったら『お照』を使うしかないようだね。
女が生きてるって知りゃあ、向こうから出向いて来るさ。」
(えー!?) 女の言葉に驚く峰吉。

晴流屋
「いててててっ!」
手当てを受けているのは桜桃…ではなく、沙門の方。
「桜桃より、沙門さんの打撲のほうがひどいねえ。」
手当てをする桜桃の母。
桜桃は、その横でブツブツ文句を言っている。
(何が腫物だ!ド近眼男!!頭から人を男だと思い込んでやんの。
…どーせおれはペチャパイだよっ…)
「じゃ、あたしは店に戻るよ。」 出て行く母。
「でも良かった、桜桃が無事で―」
さわやかな笑顔で、沙門が言った。
そのまぶしさに、思わずどき…っとする桜桃。
「…もう周りから人がいなくなるのは嫌だ―」
悲しそうに、沙門がつぶやく。
「………」 桜桃は、黙って金剛丸を握る。
「親父のとこ行けっつったのも…母上だった…
どうしてだ…何処に行っちまったんだ!!」
桜桃の持つ金剛丸が、青白く光る…
「…判るよ…その気持ち。おれ…捨て子なんだ。
この金剛丸と一緒に、桜の下で今の両親に拾われたのさ。
おれにとっちゃ、実の親を捜す唯一の手がかりだ。」
「じゃ…おめえ、まさかそれで今の商売を…!?」
「…今の両親はもちろん大好きだよ。ただ、実の親に聞きてえだけ―
おれを捨てたワケを、この力のワケを…
金剛丸がいる限り信じてるんだよ―必ず逢える。
だからよ、おめえもおっかさんのこと恨まないで信じてやんな!」
初めて見せた桜桃のやさしそうな微笑に、今度は沙門がドキッ!となる。
「…どうした?」
「え!?いやっ、お照を思い出してっ…
おめえと逆の位置にほくろがあって、色っぽかったなって…」
妙に慌てて答える沙門。
「ちっ、べっぴんで色っぽくて女らしくて!
やっぱ女ってのは、そういうほうがいいのかねえ!」
「?…んなこたねーだろ!おれなら…そーだな…例えば、
どんなに乱暴でも、うす汚れてても心のキレーな…
そう!おめえみてえな奴、可愛くて結構好き…」
ぼっ!桜桃の顔が真っ赤に!!それを見た沙門は…
「おれは男色(ホモ)の気はねーぞ!!お照がいたわけだし…
今のは例えだよ例え!!」
桜桃、ぶちぶちぶち… 「…おめえな…」
バン!!そこへ、襖を倒して飛び込んで来た峰吉!
「大ニュースでさあ、桜桃さん!!」
「どうした峰吉、奴らの居場所をつきとめたのかい!?」
「いや…それが奴らに命令してた奴、女だったんスけどねっ!!」
「女…!?」
「そんで、その女の後を尾けたら、
御大名の貴島の中屋敷に入ってったンすよ!」
それを聞いて、頭の上に倒れていた襖をぶち破り、
沙門が、すごい顔を出して言った。
「やっぱり叔父上―!?」
「…叔父上ってこたあっ!…おめえ、まさか―」
「…ああ、黙っていてすまねえ!―おれはSAGAMIの大名、
貴島の『ご落いん』ってやつさ…」 シリアスに答える沙門…
「…て、何!?」 雰囲気をぶち壊す桜桃。
「遊びで出来た外の子供!…母はもと遊女だったの!
…貴島はあまり子宝に恵まれなくて…2人の息子とも死に別れて、
そんな時、おれのことを知ったらしい…
でも、叔父上には面白くなかったんだな。」
真剣な話なのだが、なにせ襖から顔を出した状態なので、やや説得力に欠ける…
「なるほど…おめえさえいなきゃ、血筋からいって次期藩主は弟…」
「そっ、それだったら、なおさら大変っ!!
実は『お照さん』が生きてて、その屋敷に―」

夜中…
貴島の屋敷
塀を乗り越えて忍び込む桜桃…スタッ!と着地。
どさっ…と、逆さまに落ちる沙門。
「…大丈夫かよ。」
「…なんの…くそっ、叔父上の奴、お照を人質とは卑怯なっ!!」
刀をついて身体を支える沙門…ちょっと情けない。
「しかし…忍び込んだまではいいが、どーやってお照さんの居場所を…」
すると、峰吉が持っていた籠を開きながら…
「なぁに、こういう時には!先生の発明した『からくり探知犬ぽち』!
こーやってお照さんの頭巾の匂いをかがせて。」
峰吉が籠から取り出したのは、なんともおかしな顔のからくり犬だった。
「…なんか超ヤな予感すンだけど、おれ―」
桜桃のイヤな予感は…
峰吉が、ぽちっ!と、からくり犬のスイッチを押したとたん…
『バウーッ、わんわんわんわん…』
現実のものになった…
「なんだ!?」 「クセモノだ…出あえ出あえーっ!」
にわかに騒がしくなる屋敷の中。
からくり犬は、わんわん吠え続けながら、一気に匂いのする方へ走っていく。
「あんのバカ親父―!!静かにしろバカ犬―」
「二手に別れるんだ!!」
その時、バカ犬が、ある障子の前でピタッと止まった!
「――沙門…様…?」
中から姿を見せた一人の女。
「お…お照!!」 沙門が叫んだ。
「…沙…沙門様―!!」 涙ぐむお照。
「お照!!」
「よく…よく無事で―!!」
ひしと抱き合う二人。
「私は、奴らに襲われた後、捕らえられてしまったのです。
…もう怖くて…でも、沙門様がご無事であれば―と。」
それを聞いて、もう一度お照を抱きしめる沙門。
そんな二人を見ている桜桃…
(なんか…一緒に喜んでやりてェけど、
胸がチクチクするような―)
ザッ!桜桃達は、いつの間にか周りを取り囲まれてしまった!
刀を構えた奴らの後ろから、こちらに近づいてくる男…
「…これはこれは、沙門殿ではござらぬか。
まさか、そちらから出向いて下さるとはのう…」
「叔父上―!!」
「ここは、儂が兄上から自由に使うよう計らって貰うた屋敷だが、
まさか自分の真の跡継ぎの墓場になるとは、
思うてもみんかったろうて。」
扇子を顎にあて、その男は言った。
「おれは!藩主の位などいらん!!それにお照や桜桃達は関係ないんだ!
――殺すならおれだけを…」
「…どこまでお人好しなのかねえ…」
そう言って、スッと沙門の眼鏡を取り…
「若様は。」 沙門の首に短剣をつき付けるお照!
「お照…!?」 困惑する沙門。
「でかしたぞ、お照。」 頼安が言った。
「ここまで手間取ってしまって申し訳ありませぬ、頼安様。」
「お照!!どういうことだ―これは!!
まさか、峰吉が言ってた『女』ってのは―…」
「お照は、儂がつかわせた女じゃ。しかし、城の中では流石に、
うぬに対する警戒と護りがきつくてヘタに手出しは出来ぬ。」
腕組みをした頼安がそう言うと、
その後を、沙門に短剣をつき付けたお照が続ける。
「そこで、駆け落ちを装って、あんたを連れ出したのさ。」
「…うそだ!!」 ぼう然とする沙門…
「外に出てしまえばこっちのもの。『心中した』と見せかけて、
殺すこともできる。」
「うそだ!!優しかったじゃないか、あんなに―
おれを好きだと―!!」 沙門が叫ぶ!
「…あたしは…!!頼安様のために動いてるまで―…
母親の代わりになってやったんだ、感謝おし!」
冷たくそう言い放つお照。
「…!!」 沙門は、くっと唇を噛んだ。
「お照、てめえ…!!」
真っ青になった金剛丸を握りしめ、桜桃が叫んだその時、
ボン! 峰吉が、煙玉を投げつけた!
「うわっ!…目が…」
直撃を受けたお照が、目を覆う。
「沙門、こっちだ!!」
その隙に、沙門を連れて、その場から逃げる桜桃。
「ゲホゲホ…くそっ!頼安様、こちらへ!!」
煙の中、男達に誘導され、頼安が立ち去ろうとすると…
「…頼安様…ゲホゲホ…」
頼安の着物の裾に、お照がしがみつく。
「連れて行って下さい、目が…っ!!」
「知らぬわ、離せ!!」 お照を払いのける頼安。
「どうして――言うことを聞けば…ずっとおそばに…
置いて下さると…!!だから私は―!!」
「お前ごとき下女など――誰が本気で!!」
ザッ!!きゃああっ…!!
その声に、ハッとして振り返る沙門!
煙の中に、お照が倒れているのがかすかに見える。
「お照!!」
駆け寄って、お照を抱き起こす沙門。
「お照!!お照しっかり―!!」
「…わ………若……」
少し目を開け…沙門を見て、お照は…息絶えた。
「お照ーーーーっ」
お照の亡骸を抱きしめ、泣き崩れる沙門…
桜桃の金剛丸が、ますます悲しみの色を濃くした!

屋敷の門
男達に連れられて、頼安がやって来る。
「別のお屋敷へ…後のことは我々に―」
「――待ちゃあがれ!!」
塀の上を見上げる頼安達。
そこには…桜桃が金剛丸を構えて立っていた!!
「貴様は!!」
「悲消屋の桜桃!!腐った野郎を野放しにしてちゃあ、
おてんと様に申し訳たたねェんでな!!」
「ほお…どうすると言うのだ?」 余裕を見せる頼安。
「見てみな、この杖―こんなに深い青見たことあるかい!?
この色は沙門と…そしてお照の『悲しみ』だ!!
…他人の悲しみを知って…」
桜桃は、金剛丸を振り上げると!
ドウッ! 「己の罪を、思い知れ!!」
頼安達の方へ、思いっきり振り下ろした!!
不思議な青い光に包まれる頼安達。
その、あまりの眩しさと悲しさに…男達は倒れ、
頼安は、ただボー然とその場にへたり込んでしまった。
元の色に戻った金剛丸を担いで、下におりる桜桃。
「桜桃さん―」
峰吉と、お照の亡骸を抱きかかえた沙門…
「あ…これは―!!」
倒れた男達と、魂の抜け殻のような頼安を見て、驚く二人。
そんな二人に、桜桃は言った。
「この金剛丸が青くなるのは、他人の悲しみに同調してるからだ。
それを糧にしてエネルギーに変換する。
人が人を裁くことは出来ねえ―でも、人の悲しみを…痛みを知ることで、
人は変われるもんだと、おれは思う。
その『悲しみ(エネルギー)』がどれほどの衝撃になるかは、
受け取る本人自身の問題さ。
『悲しみ』も実際、他人がどうこうできることじゃあねえさ。
ただ、何かの力になってやりてえだけ…
希望ってやつを早く見つけられるようによ。
それがおれの思う『悲消』の役目…
『支えあっての人間』――だろ?」
じっと黙って聞いていた沙門の目から、一筋の涙がこぼれた。
「…判ってる。お照を…誰を…責めも恨みもしねえさ…
…あんがとよ桜桃――」
空には、おぼろな月が…やわらかい光を灯していた。

― さて それからどうなったかと申しますと
今回の事件で 貴島のお家騒動はそれから(内部で)
ごった返しましたが
なんとかお取り潰しなど究極の事態はまぬがれたようで…

桜桃の家
桜桃と沙門が、座敷で話をしている。
「あれからさー叔父上の人格がキレーさっぱりいい人に
なっちまったんだと…すげえな、おめえ!」
沙門は、すっかり感心している様子。
「あのな、おめー…立ち直ったのはいーけどよ…
なんでおれんちにいるわけ?」
「だって、親父がいいって言ったもん!
母上のこともあるし!『悲消屋』も手伝うからよ!!」
「ちっ…好きにしろ!!(とか言って嬉しかったりして…)」
膨れた顔を作りながら、桜桃は、今まで感じたことのない
不思議な気持ちに、ちょっと戸惑っていた。
「…おれに何か出来るなら…普段から金剛丸がうっすらと青いのは、
きっとおめえ自身の―…」
「ん?」
「…いや……、なあに、おめえが女でホント良かったなって!
胸もかわいーしよっ♪♪」
にっこり笑う沙門。
「!!」
真っ赤になる桜桃…
「おめ〜〜!やっぱあん時、
気付いてやがったな〜っ!」
ばきいっ!!

― 今日も 天下太平でございます


〜 ひけしや桜桃之巻 終 〜

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