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富江 アナザフェイスの最終話


富 江  
第 三 話   


とある宝石店。
背広姿の男・安田が、満面笑顔で指輪を物色する。

やがて、顔一杯に笑顔を浮かべ、商店街を駆け抜けてゆく。

行き着いた先は、とある街角。コート姿の富江が立っている。

安田「遅れてごめん。ちょっと寄り道してきたもんで」
富江「大丈夫よぉ。遅刻ったって、1分しか遅れてないじゃない」
安田「富江ちゃんとのデートは1分も無駄にしたくないんだよ。変な男にナンパされたりしなかった?」
富江「されたけどぉ、全部断った」
安田「本当に?」
富江「私が好きなのはぁ、安田さんだけだもの……」
安田「富江ちゃん……」
富江「ちょっと寄り道って、どこ行ってたのぉ?」
安田「それなんだけど、大事な話がある……」


木々に囲まれた公園の並木道を、安田と富江が歩く。

安田「綺麗な公園だね……」
富江「えぇ」
安田「座ろっか」
富江「うん」

2人がベンチに掛ける。

安田が懐から取り出したのは……婚約指輪。

富江「安田さん……!?」
安田「こんなに人を好きになったのは生まれて初めてなんだ。結婚して欲しい」
富江「……でも私たち、出逢ってからまだひと月も経ってないのよ」
安田「そんなの問題じゃない! 富江ちゃんが必要なんだ」

富江の左手を安田が取り、薬指に指輪をはめる。

安田「結婚しよう……!」

その時…… 突如、何者かが富江目掛けてナイフを突き立てる。
慌てて避ける2人。ナイフはベンチに突き刺さる。

富江「きゃあっ!?」
安田「何すんだよぉ!?」

ナイフの主は、第一話からずっと富江を追い続けていた、謎の眼帯の男である。

眼帯男「富江……!」

安田が足元の土を掴み、眼帯男の顔目掛けてあびせかける。
眼帯男が視界をふさがれた隙に、安田が富江の手を取って逃げ出す。

安田「早く!」


街中を無我夢中で2人が逃走。息を切らしつつ、どうにか、とある路地裏まで辿り着く。

安田「完璧に撒いたからもう大丈夫。怪我はない? ああいう奴を通り魔っていうんだろうね……一応、警察に連絡しとこうか」

安田が優しく手を差し伸べるが、なぜか富江が荒っぽく、その手を払いのける。
その顔には、デート中の笑顔も、襲われた際の恐怖の表情もない。厳しい視線で安田を睨みつけている。

富江「ただ逃げてそれで終わり? あいつ、いきなり私を刺そうとしたのよ! 殺そうとしたのよ!?」
安田「……!?」
富江「それなのに安田さんは、ただ逃げてそれで済ませるつもりなの?」
安田「……いや……僕はあいつのことよりも、富江ちゃんの無事だけが心配だったから」

富江が妖しげな視線を安田に絡め、手を安田の肩へ伸ばす。

富江「私のこと、愛してくれてないの……?」
安田「そんなわけないだろ……」
富江「だったら、あいつが憎いでしょう?」
安田「それは……そうだけど……」

安田の顔に、富江が笑顔で顔を近づける。

富江「じゃあ今すぐ戻って、あいつを殺して来て」
安田「……何言ってんだよ?」
富江「安田さんのぉ、気持ちを証明してみせて……」
安田「……」


とある街角。落ち着かない様子の安田が佇む。
近くの店から、富江が紙包みを手にして出てくる。

富江「私からのプレゼント」

紙包みを荒っぽく引き裂き、道端に投げ捨てる。中身は大振りのナイフ。

富江「はい」

無邪気な笑顔で富江が差し出すナイフを、安田が恐る恐る受け取る。

富江「これからはこれで私を守ってぇ……今度またあいつに遭ったらぁ、これで安田さんの気持ちを証明してみせて」
安田「……どうして、そんなにあいつに拘るの? あいつと何かあったの?」
富江「あんな通り魔知ってるわけないじゃない!!」

急に荒っぽい口調で言い返したかと思うと、また甘ったるい声で安田に語りかける。

富江「どうするのぉ……? 約束してくれなきゃ、もう安田さんとは一緒に居られないわぁ……」
安田「……わかった」

安田がナイフを鞘から抜く。刀身が銀色に光る。

安田「約束する……」
富江「安田さん……信じてるよ」

富江が両腕を安田の肩に回す……


朝。

自宅アパートから出てきた出勤姿の安田が、アパート脇の細道を歩いてゆく。
その後ろを、眼帯男が尾行する。

眼帯男「安田」

安田が振り向く。

安田「何しに来た……?」
眼帯男「話がある」
安田「二度と僕らの周りをうろつくな……」
眼帯男「聞け」
安田「うるさい、消えろ!」

安田が懐から、富江に託されたナイフを取り出し、不慣れな手つきで構える。
しかし闇雲に振り回したナイフは、男にかすりもせず、刃が宙を裂くのみ。
眼帯男はスタンガンを取り出す。
安田がナイフを手に突進。男は手馴れた手つきで安田を取り押さえると、スタンガンを突きつける。

気絶した安田を、男がどこかへと引きずっていく。


安田が目を覚ます。

廃工場とおぼしき場所。自分は柱に縄で縛り付けられている。
傍らには眼帯男が立ち、その手には安田のナイフが握られている。

安田「……やめろ……やめろ!」
眼帯男「何もしないよ。乱暴して、悪かったな」

男がナイフを鞘に収め、安田の懐に戻す。
安田は体を縛る縄をほどこうともがく。

眼帯男「それも辛抱してくれ。話を聞いてくれたら、すぐに解放する」
安田「ふざけんな……通り魔の言うことなんか信用できるかよ!」
眼帯男「通り魔か……言っとくけどな、あんたのつき合ってる女は通り魔なんか比べ物になんない化け物なんだよ!」
安田「……富江ちゃんに何か恨みでもあんのか!? ふられた腹いせのストーカーって奴かよ?」
眼帯男「一応、自己紹介しとこう。俺は太田だ」

太田と名乗った眼帯男が、煙草を口にして火をつける。

太田「昔、警察の依頼で検死解剖の仕事をしていた……」
安田「検死解剖?」

太田が大きく煙を吐き出す。

太田「2年前の話だ……その夜、1人の女が何者かに殺され、遺体が警察に収容された。遺体の持ち物から、その女の名前は『川上富江』だとわかった」

その名を聞き、安田の表情が変わる。

太田「ちょうど、当直で夜勤に出ていた俺は、すぐに遺体の状況を確認した……全身数箇所、鋭利な刃物で刺されたことによる失血死……富江は完全に死んでいた」
安田「……何わけのわかんないこと言ってんだよ!」
太田「黙って聞け!!」





回想──


検死解剖室のベッドに寝かされている富江の遺体。
胸から下は布で覆われているものの、肩口、首もとは無惨な切り傷が無数に刻まれている。
太田が解剖の準備を始める。

(太田『犯人が特定できていない場合、俺たちがまずすべきことは、遺体を調べて殺人犯の痕跡を見つけ出すことだ』)

太田がメスを手にする。
が……死んでいた筈の富江が目を覚まし、上体を起こす。
目を見張る太田。メスが床に落ちる。
妖しく笑いかける富江。

(太田『担当の同僚がたまたま席を外していたから、あの光景を目撃したのは俺1人だった。自分の目が信じられなかった。富江は、間違いなく死んでいた筈なんだ……』)

解剖室の扉が開き、真っ暗な廊下を、富江が腕で這いながらどこかへと逃げてゆく。
解剖室では太田が、血の滴る左目を押さえ、うめき声を漏らしている。

(太田『そして富江は、俺の目を刺して、忽然と姿を消してしまった……』)



安田「あんた頭おかしいんじゃないのか!?」
太田「同僚たちにもそう言われたよ。警察に、俺の報告を信じてくれる者は1人もいなかった。それどころか、俺は遺体が消えたことの責任を取らされて、クビになっちまった……『殺人事件の被害者の死体を盗んだ変質者』ってわけだ」
安田「……」
太田「『死体泥棒とは一緒に暮せない』って、女房は子供を連れて出てっちまったよ……真実を証明できない以上、俺には彼女を止められなかった。死ぬほど悔しかったよ……ま、余計な話だ……」

太田が何やら大封筒を取り出す。

太田「ともかく俺は、富江という女のことがどうしても知りたくて、独自に調べ始めたってわけだ」

大封筒から書類の束を取り出す。

太田「これは全部、殺人事件の被害者の検死報告書だ。新しいものは今年の頭、古いものは十年以上前。地域も、日本中のあちこちだ。そして、1人残らず若い女性だ」
安田「……?」
太田「いいか? 書類が全部で7組あるってことは、7人の被害者がいたってことなんだ。わかるな?」

太田の示す報告書類には、被害者とおぼしき写真が貼られている。

金網に張り付けにされた少女。
路上で血まみれになって倒れている少女。
車のトランクの中に押し込まれた少女。
どこかの街角、全身に銃弾を浴びた少女。

太田「それなのに、ここに載ってる歯形と指紋は7人とも同じもんなんだよ……そして、みな同じ名前なんだよ。なんて名前かわかるな?」


川 上 富 江


太田「富江は人間なんかじゃない……何度殺されても生き返る、化け物なんだ」
安田「……」
太田「しかも富江は生き返るごとに複数に分裂し、どんどん増殖してるらしいんだ……過去に、富江殺しがあった町に調査に行ってる最中、俺は富江と瓜二つの女を何人も目撃した。そんな化け物を野放しにしておくわけにはいかない」
安田「あんたやっぱりおかしいよ……! 何で殺しても生き返るってわかってるのに、富江ちゃんを襲ったんだよ?」
太田「俺には俺の考えがあるんだ。警察が動いてくれない以上、俺は俺のやり方で富江を滅ぼしてみせる」
安田「……ふざけんな! やっぱりお前、殺してやる!」

安田が縄をほどこうともがく。

太田「もう一つ、大事なことを教えてやる。これまでの事件で、富江を殺した加害者は、1人残らず富江に惚れた男たちなんだ……」
安田「……!?」
太田「破滅したくなければ、二度と富江に近づくな」
安田「……それはこっちの台詞だ!」
太田「ま、その内わかるさ……」

太田が紙切れに何かを書き、安田の懐に入れる。

太田「これが、俺の連絡先だ。いつでもいい……ヤバくなったら、連絡してくれ」

再び太田が、スタンガンを安田に突きつける。


安田が目を覚ましたとき──視界に青空が広がる。
そこは公園のベンチ。太田は安田が暴れないよう、気絶させた上で拘束をほどき、ここへ解放したらしい。

携帯が鳴る。

安田「はい」

相手は富江。

富江「安田さぁん? どこにいるのぉ? 1分どころか大遅刻じゃなぁい……もう私と逢いたくないのぉ?」
安田「……ごめん! すぐ行くから、待ってて。大事な話があるんだ!」


夜。路肩に停めた車の中に、安田と富江。

安田「太田の電話番号も押さえてるんだ。警察に言って、すぐに捕まえてもらおう」
富江「馬鹿じゃないの!?」

急に態度を一変、声を荒げる富江に、安田が当惑する。

富江「私との約束を忘れたの? 私は殺してって言ったはずよ」
安田「いや、だって……」
富江「結局口だけなのね……がっかりだわ」
安田「違うんだ! 富江ちゃん……」

富江が車を降りる。安田が追う。

安田「待ってよ!」
富江「どいて。もうあなたには何の興味もないの」

富江が婚約指輪を外し、道に投げ捨てる。

安田「あ……?」

安田が指輪を拾い、立ち去る富江を追う。

安田「頼むよ、待ってよ。君がいなきゃ生きていけないんだ」
富江「じゃあ死ねば?」
安田「……もう……手遅れなのか?」
富江「何度も言わせないで。さっさと消えてよ」
安田「君を幸せにできるのは……僕だけなのに」
富江「ふふっ、笑わせないで! あんたと結婚するくらいなら、犬や猫とした方がずっと幸せよ!」
安田「……」
富江「ほら、とっとと消えてなくなってよ」

富江が立ち去る。
呆然と立ち尽くす安田が、懐からナイフを取り出し、富江の後姿を見つめる……。


どこかの電話が鳴り、太田が受話器を取る。

太田「太田だ」

相手は安田。

安田「僕は……どうすればいいんだよ……」
太田「どうした?」
安田「富江ちゃんを殺しちゃったんだ……殺したくなかったのに……」
太田「……わかった。落ち着け、あんたのことは俺が責任を持って助けてやる。いいか? 落ち着いて俺の指示に従ってくれ」


安田が囚われていた廃工場に佇む太田。
安田の車がやって来る。
太田の合図で、安田が車を停め、車から降りる。

太田「富江は?」

安田が車の後部トランクを開ける。
遺体を包んだとおぼしき布包み。

太田「いつ殺した?」
安田「2時間くらい……前……」
太田「だとすると、もうしばらくは安心だな。死後2時間やそこらで再生したって前例は、まだないからな」
安田「あれって……?」

安田の視線の先には、焼却炉。

太田「そうだ。あそこに富江をぶち込んで、灰にしちまうんだ。それしか富江の再生を防ぐ方法はないと思う」

太田が布包みをほどく。
目を閉じた富江の遺体──のはずが、富江が目を開き、起き上がる。

太田「まさか……? もう生き返ったのか……!?」

安田がニヤリと笑い、懐からナイフを取り出す。

安田「違うよ……僕が富江ちゃんを殺すはずがないだろ?」
太田「……騙したのか!?」
安田「悪いね……どうしても富江ちゃんに僕の気持ちを証明してみせなきゃならないんだ」
富江「安田さん! 早くそいつの死体を私にプレゼントしてぇ!」

安田がナイフを振るう。
太田がそれを交わしつつ、スタンガンを取り出す。
もみ合いの末、スタンガンが太田の手を離れ、床に転がる。

富江「今よ! 怖がらないで、しっかり心臓を狙って」
安田「富江ちゃん……愛してるよ!」

安田がナイフを握り締めて突進。
太田が身をかわす。
勢い余って安田が柱に激突。近くにあった大型の機材が安田の脚に倒れこむ。
安田が起き上がろうとするが、脚を押さえて呻き声を上げる。

太田「折れちまったか? まぁ、富江の虜になるよりはマシだろ!」

床に転がった安田のナイフを太田が拾い、車から降りて立ち尽くす富江に向ける。

太田「今日で決着をつけてやるよ。殺されるのも、生き返るのも、もう飽きただろ?」

ナイフを手にした太田が富江へと近づいてゆく。
富江は逃げもせず、妖しげな笑みを浮かべる。
その魔性の前に、ナイフを手にした太田の手が、次第に緩んでゆく。

富江「そんなに私が怖いのぉ?」
太田「怖くなんかない」
富江「強いのねぇ……あなたみたいな強い人、好きよ……」

脚の折れた安田が、必死にもがいている。

富江「あいつ邪魔だと思わない? あなたと2人っきりになりたいわ……あいつを黙らせてきて」
太田「……ふざけるな」

富江が自ら太田へ歩み寄り、両手を彼の肩に回す。

富江「私はあなたのものよ……」
太田「やめろ……」

富江が唇を太田の顔へ近づける……

太田「やめろっ!!」

太田がナイフで富江の胴を突き刺す。

だが──富江はそのまま平然と、微動もせずに立ち尽くしている。

富江「どうしたの? もっと深くザクッと刺して」
太田「……」

太田が富江を抱き上げる。

富江「好きよ……太田さん……愛してる」

富江の魅力を振り切るように、太田が富江を焼却炉へ放り込む。
そして灯油を投げ入れ、火を焚き、扉を閉める。

脚の折れている安田が、必死に焼却炉の方へ這ってゆく。

ドン、ドンと焼却炉の扉を内側から叩く音がする。
微かに扉が開き、焦げかけた手が伸びる。

富江「ふふ……好きよ……出してぇ」
安田「富江……!」
富江「愛してるわ……」

安田が必死に手を伸ばす。
その手を富江の手が握る。
慌てて太田が、安田を焼却炉から引き離す。

焼却炉が大きく炎を上げる──

安田「富江ぇぇ──っっ!!」


長い時間の後。空高く月が昇っている。

炎のやんだ焼却炉を太田が開く。中には灰のみ。

太田「安田、見ろ!! やっぱり思った通りだ……さすがの化け物も、火葬には耐えられないってわけだ! ハッハッハッハ……!」

これまで冷静だった太田が、富江を滅ぼした喜びからか、感情を露にする。
茫然自失の安田。
太田が一掴みの灰を手にし、安田に見せ付ける。

太田「日本中に増殖した、他の富江たちも、1人残らず焼き尽くしてやる!! ハッハッハッハ……」

太田が灰を床に投げ捨てる。
すると……灰がひとりでに動き出す。まるでアメーバか何かのように……

太田「……何だ?」

突然、焼却炉の中から暴風の如く灰が吹き飛び、空中に舞い上がる。
そして無数の灰が空中に、富江の顔を描き出す。

笑い声と共に、富江の声が響く。

富江「あんたは最低の馬鹿よ! 本当に残念だったわね。殺そうと、埋めようと、どんなに小さく切り刻もうと、私は私なのよ。この小さな灰の一粒一粒が、新しい私に生まれ変わっていくの。アハハハハハ!!」

笑い声を残し、灰が一粒残らず窓から飛び去ってゆく。

太田「まさか……そんな……」

がっくりと膝をつく太田。
対照的に、安田の顔は歓喜に満ちている。

安田「富江は生きてる……富江は生きてるんだ!!」


月の照らす夜空。

富江の灰が、笑い声と共にどこかへと飛び去ってゆく……


どこかの街角、全身に銃弾を受けて倒れた富江。


石段から突き落とされ、口から血を流して倒れている富江。


河原。浴衣姿で溺れ死んでいる富江。


銃弾を受けた富江の遺体が、目を開ける。
ゆっくりと体を起こすと、どこかへと立ち去ってゆく。


これからも無数の、魔性の美少女・富江が、多くの男たちの心を狂わせてゆくのだろう──


富 江
              アナザフェイス
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