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蒼天航路(そうてんこうろ)
最終回 Beyond the Heavens
※なお、漢字の出せないところはカタカナにしてあります。

(最終回までのあらすじ)
「三国志演義」の中では「乱世の奸雄」と呼ばれ、悪役として描かれる事の多い曹操。
彼を主人公にし、正史「三国志」を準拠に従来までの群雄像にも新たな解釈を加え、魅力的に描かれた物語。
時に激しく、時に気まぐれに天下を駆け抜けていった曹操にも、ついに天寿を全うする日が来た。

(本文)
 外は元宵節の祭りをしている。文官たちが座して緊張している中、何かを書いている曹操。
 曹操の妻・卞玲瓏が傍らにいる。
卞玲瓏「元宵節のお祝いに、おめでたい詩でも詠んでくださるものと思ってましたのに。これって、遺言ではありませんか」
 曹操は口を動かしながらも筆を止めない。文官たちに緊張が走る。
卞玲瓏「死ぬのですか」
 曹操はなぜか口を大きく開ける。
卞玲瓏「死ぬのですね」
 そう言いながら匙を曹操の口に運ぶ。
卞玲瓏「大騒ぎになりますね」
曹操「騒ぐな、と書いておく」
卞玲瓏「変なお方」

死ねば、どれだけ多くの人がどれほど動揺するか
やっぱり、普通の人のことは全然わかっていないのね
うむ…… 書いているうちにだんだん

曹操「死んだ気分になってきた」
 そう言いながらも曹操の表情はどこか楽しげですらある。居並ぶ文官たちも驚きを隠せない。

なんと浮き浮きと……

まあまあ……
死後、側室の生計はどう立てろだの、女官・妓女をどう遇しろだの
よくもまあ、こまごまと…… 遺してゆく女の心配ばかり
卞玲瓏「もう少し王様らしい事を書かれたらいかがかしら」
曹操「…………」
 曹操は無言で手を出す。
文官「は」
 文官が新しい巻物を手渡す。
曹操「粥」
卞玲瓏「おかわりですか?」
曹操「死ぬのも、力がいる」
 文官たちは相変わらず緊張を隠せない。
大騒ぎか、十日くらいは騒ぐだろう
こいつら、また大仰に泣くんだろうな

 ふと気づくと、文官たちも卞玲瓏もいない。
あれ?
もしや、俺はもう死んどるのか?
 どこからか琴の音色が聞こえてくる。
いや、まだ生きとる
これは新しい曲だ
 別室で卞玲瓏が琴を奏でている。
ええ、もうずっと昔から、覚悟はできておりますよ
この41年、戦に発たれるたびに
何度も何度も、覚悟を積みあげてきましたよ
……なのに
 卞玲瓏の目にも寂しげな涙が光る。

 曹操はなおも自分の遺言を書き続ける。
うむッ、できたな

 ふと外を見ると関羽の木像が、生前の彼の威風を感じさせるように通りに運ばれていた。
この後、中華の各地に関羽の廟が造られた
やがて 関羽は関帝と称されて、中国民衆の信仰を一身に受けるに至る
1800年を経た今も、世界の各地に関羽はいる

 関羽の像を作り上げた工人(祭静)も、顔中に玉のような汗を滴らせながらその表情は誇らしげである。曹操はその光景を眺めつつ、
死んだ後まで、畏れ敬われ続けるのは天をゆく者だ
地をゆく曹操のこわさは、百日ほどで忘れ去られる
百年も経てば、名さえきれいさっぱり消えてなくなるだろう
清清するな

 場面は変わり、馬に乗っている曹操。眼前にはどこかの勢力の姿が。
曹操「どういうことだ賈ク(曹操の軍師の一人)!劉備じゃないぞ!あれは」
賈ク「そうですとも!ここは国境!敵は北方の異民族でござる!」
曹操「そうか!馬賊か!ならば黄髭(曹操の子・曹彰のあだ名)だ!」
 曹彰が単身駆け抜けていく。
曹彰「がはあ」
 馬賊たちを斬り伏せていく曹彰。
曹操「おおッ、また腕を上げたな!」
 しかし曹彰は曹操の目の前に現れ、首と胴を斬り飛ばす。
お・お お
 首を刎ねられながらも仰天する曹操。
死んだ

 ふと気が付くと光が差し込んでいる庭先だった。どうやらさっきのは夢だったらしい。辺りを見回すと夏侯惇(かこうとん。曹操の腹心の猛将)が立っている。
曹操「惇、死んだのかおまえも」
夏侯惇「なに馬鹿なことを言っとる?こんな所でうたたねしとったら風邪ひくぞ」
極楽浄土というやつかと思ったが……
曹操「首も胴も飛んでいた」
いや……、俺は地獄にしか行けんか
 夏侯惇も曹操の横に座る。
夏侯惇「遺書なんぞ書くから、そんな夢を見るんだ!」
 曹操、夏侯惇に杯を渡す。
曹操「ん」
夏侯惇「お、おう」
 夏侯惇の杯に酒を注ぐ。
曹操「おまえの末娘、別嬪だな」
 酒を吹き出す夏侯惇。
曹操「嫁にくれ。可愛がるぞ」
夏侯惇「ば……遺書を書くやつがほざくな!」
 こうした気の置けなさも「不臣の礼」を取るほどの関係ゆえか。
曹操「鶴だ」
 ふと見ると庭に鶴が舞い降りている。そして音色も聞こえてくる。
夏侯惇「いいな。奥方の箜篌(くご)も久しぶりだ」
曹操「梅の香」
夏侯惇「うむ、もうぼつぼつ咲いとるな。今年はちと早いか」
曹操「あたたかだな、惇」
夏侯惇「なにをいうか、まだ寒……」
 ふと振り向くと、曹操は静かに息をひきとっていた……

建安25年(220年) 正月 庚子の日
曹操 洛陽で死没 齢66
 曹操の死に嘆き悲しむ多くの者たち。
違令にいう
天下は いまだ安定を見ぬゆえ葬儀は古式に習うな!
埋葬が終わり次第服喪をやめよ!
駐屯地にいる将兵は その幕営を離れてはならぬ!
各官は休むことなくおのおの その職務に励め!
俺の遺骸には平服を着せ 金玉珍宝の類は墓に入れるなよ!

この薄葬は それまでの儒家的厚葬をくつがえす
中国喪葬史上 画期的な変革であった
自らの死をもってなお 曹操は曹操を貫いた

 「長老」と呼ばれる亀が、転がりながら曹操の遺骸の近くにやってくる。
間に合わんかった!
逝ったか 孟徳(曹操の字)
関羽は神となり 劉備は物語となる
しかし 孟徳よ
おぬしは 乱世の奸雄のままだが 人の世は 曹孟徳を残す
百年たとうが千年たとうが おぬしを忘れ去ることはない

 青州兵(黄巾賊の残党。曹操に討伐され帰順し、後に曹操軍の主力兵として活躍した)達が去って行こうとしている。
文官A「青州兵が城を出てゆくぞ!」
文官B「止めんか!葬儀はまだ終わっとらん!」
文官C「いや、これは殿との契約だそうだ」
文官A「契約?」

曹操に知られた人たち
自分は曹操に知られているのだという おっかない認識
曹操の死は その消滅である
 曹操の死を嘆き血を吐く許チョ(曹操の護衛を務めた猛将)、頭巾を取る夏侯惇。

この数年のうちに 次々と人が他界する
 219〜223年までの間に死んでいった武将たちの姿。
魏 夏侯惇 程イク 張遼 于禁 曹仁 曹彰 賈ク 張既
呉 呂蒙 凌統 甘寧 韓当
蜀 法正 黄忠 張飛 馬超
そして
223年 劉玄徳
 夷陵での大敗戦の心痛で憤る劉備、それを抑える諸葛亮ら配下も全員泣いている。

 暗転の後、空に駆け上る龍の姿。
??「おい………」
 あの後、死んだ曹操に向かって夏侯惇が呼びかけている。
夏侯惇「孟徳?」
 曹操は振り向くが、魂となった彼は馬に乗り天へ駆けてゆく。
夏侯惇「おい!孟徳!」
 曹操の魂は遥かな空を駆けてゆく。
はるか西の彼方で おびただしい数の人間が移動している
此処彼処で人が 住んでいた地を狭く感じ始めたのか
大地を駆け 大海を渡り
人間はさらに遼遠に夢を求め 出会い 戦い 交わるのか
 ふと気が付くと曹操は真っ白な世界にいた。
どこだ ここは
中華は もう見えん
ならばよし
 曹操、不敵に微笑む。
 彼の姿は若き日のそれに変わっていた。
水晶(曹操が若い頃恋した西域の娘。「蒼天航路」オリジナルキャラ)を探しにいくか
この蒼き天の向こうへ

Beyond the Heavens

蒼天航路・完

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