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地獄少女の最終回


【前回までのあらすじ】
閻魔あいが四百年前に地獄少女となった理由、因縁の少年・仙太郎。
あいを追い続けていたルポライター・柴田一と娘のつぐみは、実はその仙太郎の子孫だった。
怒りに我を忘れたあいは、自分自身のために能力を使ってはいけないという掟にそむき、あいの故郷・六道郷を訪れていた柴田たちを襲う。
かろうじて三藁たちがそれを防いだことで柴田たちは無事に済んだものの、あいは禁裏を犯したことで自ら地獄へと流されてゆく……


地獄へと続く三途の川。
セーラー服姿の閻魔あいが木船の上で眠り、流されて行く。

あいの肩にとまっている人面蜘蛛。

人面蜘蛛「あい、オ前ハ禁ヲ犯シタ……閉ザスト誓ッタ心ノ扉ヲ開ケテシマッタノダ。オ前ニハモウコノ仕事ヲ任セルコトハデキナイ。私ト共ニ地獄ヘ帰ルノダ。ソシテ……罪ノ戒メヲ受ケヨ」


あいの赤い瞳が開かれる。

あい「まだ駄目。地獄へは戻れない……」
人面蜘蛛「ソレハ許サレナイ。サァ、帰ルノダ」

船が鳥居をくぐる寸前、あいが身を起こす。

あい「駄目……まだ終わってない……!」
人面蜘蛛「あい、行カセヌ!」

人面蜘蛛が船の舳先に飛び移り、糸を放ってあいを締め上げる。
あいはその糸を引きちぎると、光球と化して空の彼方へ飛び去る。


六道郷の桜の滝。輪入道たち三藁が佇んでいる。
夕暮れの空に、光球となったあいが出現する。

骨女「お嬢……! 無事だったのかい!」
一目連「どこへ行くんだ?」
輪入道「復讐だ」
骨女・一目連「復讐!?」
輪入道「お嬢は今も強い怨みに支配されている……」

光球となったあいが、何処かへと飛び去っていく。

骨女「お嬢……」
輪入道「ん!? どうやら……出番らしいぜ」

輪入道があいに引き寄せられるかのように、光球となって飛び去る。

一目連「お、おい!?」
骨女「輪入道!?」

一目連と骨女も、光球と化して飛び去り、後を追う。

3人が去った後、桜の樹の枝に人面蜘蛛が現れる。

人面蜘蛛「ヤハリ行クノカ……繰リ返スノカ、あい?」


か り ぬ い


夕暮れの七童寺。

境内に並ぶ地蔵たちを、柴田一とつぐみの父娘が見つめている。

つぐみ「なんで仙太郎さんは、あいを助けようとしなかったの……?」
柴田「それは……」
つぐみ「一ちゃんにはわかるんでしょ? そう言ったもんね……話して……私、聞きたい」

つぐみが父の方を見やると、柴田の姿は忽然と消えている。


いつしか、つぐみは夕暮れの踏み切りの前に立っている。
遮断棒が降りており、向こう側にあいが立っている。

つぐみ「地獄少女……!?」
あい「聞きたいんでしょ」
つぐみ「え……?」
あい「あなたのお父さんのこと、教えてあげる」

電車が近づいてくる。

つぐみ「一ちゃんはどこ!? 一ちゃんを返して!」

目の前を電車が通り、視界が塞がれる。
電車が通り過ぎた後──つぐみの目の前に立っているのはあいではなく、亡き母・あゆみ。

つぐみ「お母……さん?」


突如、場所が自宅アパート前に変わる。
夜空から滴る雨粒。玄関で、幾分か若い柴田とあゆみが言い争っている。
つぐみの目の前で、過去の光景が映し出されているようである。

柴田「つぐみは渡さない……!」
つぐみ「え?」
柴田「お前のような女……顔も見たくない!」
あゆみ「やり直したいの!」
柴田「一度裏切った人間を信用できるか!」
あゆみ「……ごめんなさい……ごめんなさい、許して」
柴田「ふざけるな! お前はおれだけじゃない、つぐみも裏切ったんだ……あの男のところへ行け! 二度と俺たちの前に姿を見せるな!」

あゆみが涙を拭う。

つぐみ「お母さん……」

柴田「消えろっ!!」

その一喝に耐えかねたあゆみが、玄関前に停めた車に乗り、走り去る。
柴田が背を向けたまま、雨に打たれ続ける。

つぐみ「一ちゃん……」


急ブレーキの音、そして衝撃音。


また場所が変わる。あゆみの車が電柱に衝突している。
扉がひしゃげ、血まみれの腕がはみ出している。

雨の中、柴田とつぐみが呆然とそれを見つめる。

つぐみ「お母さん……!?」
柴田「違う……」
つぐみ「!?」

柴田「違う……俺の、俺の……せいじゃない」


突如、あゆみの周囲が真っ暗な空間となる。
つぐみの隣に、あいが現れる。

あい「悪いお父さんね。自分のせいなのに、それを認めようとしないなんて」

(柴田『俺のせいじゃない』)

あい「お父さんが許してあげていれば、お母さんは死なずに済んだのに。助けることができたのにね。お母さんがいなくて、寂しかったでしょ? 辛かったでしょ?」

あいがつぐみの目の前に、藁人形を差し出す。

つぐみ「!?」
あい「私があなたのお父さんを地獄へ流してあげる」
つぐみ「……!」
あい「さぁ、受け取りなさい」
つぐみ「嫌……嫌だ……いらなぁい!!」


気がつくと、そこは夕暮れの自宅アパート前。
受け取りを拒んだはずの藁人形が、つぐみの手に握られている。
どこからともなく、あいの声が響く。

あい「あとは、あなたが決めることよ……」


夕陽の照らす、あいの自宅。
骨女、一目連、柴田が佇んでいる。

柴田「四百年……!?」
一目連「あぁ。お嬢が仕事を始めてそのくらい経つ」
骨女「罰としてやらなきゃいけなかったんだよ……お嬢は」
柴田「罰……」

前回で柴田が垣間見た、四百年前にあいが故郷の六道郷を焼き滅ぼした光景が、柴田の脳裏に甦る。

柴田「地獄で与えられた罰か……」
骨女「お嬢は頑張ってきた……長い年月、時代を越えて人の生み出す怨みの果てを見つめてきたんだ……逃げたくても逃げられない……怨みって奴が存在する限りね」
一目連「気が遠くなるような時間をかけて、お嬢は罪を洗い流してきた。自分の怨みを忘れ、心を閉ざして」
骨女「それをあんたたち親子は、一瞬にして振り出しに戻しちまったのさ」
一目連「先祖がお嬢の怨みの相手だったなんて……あんたらも驚いたろ? 最悪のえにしだよなぁ」
柴田「しかし、なぜこんな話を? 見張ってろと命令されたんじゃなかったのか?」
骨女「正直、もうどうしていいのか……」
一目連「あ〜ぁ、俺たちゃ無力だよ」

障子の外では相変わらず、あいの祖母が糸車を紡いでいる。

祖母「あんた」
一目連「!?」
祖母「ねぇ、あんた」
一目連「お嬢にしか、口きいたことなかったのに!?」
骨女「お前さんのことみたいだよ」
柴田「え!?」
祖母「ここから出してやるよ。その代わり……」
柴田「代わりに……?」
祖母「やってほしいことがあるんだよ……」


柴田家。
藁人形は居間のテーブルに置かれ、つぐみはダイニングの椅子に掛けている。

つぐみ「お母さん……」

あゆみの車の事故の惨状が、脳裏を過ぎる。

あい「流せばいいの」
つぐみ「!?」

いつしか、あいが居間に立っている。

あい「怨んでいる相手は、地獄へ流せばいい。ずっと、怨んでいるんでしょ?」
つぐみ「あんなの嘘よ……あなたが作った嘘の世界よ! 本当じゃない!!」
あい「あのとき何があったか知らなくても、あなたは心の中で、ずっとお父さんのことを怨んでいる」
つぐみ「違う! そんなこと思ってない!」
あい「お母さんが死んだのは、お父さんのせいだと思っている」
つぐみ「思ってない!!」

(柴田『俺のせいじゃない』)

つぐみ「ひどいよ……なんで……なんでそんなひどいこと言うの……?」

あいが玄関のドアを開け、部屋を去る。

つぐみ「待って! 一ちゃんを返して! 待って、地獄少女!」

あいを追って、つぐみが玄関のドアを開ける。
ドア一杯に、巨大なあいの赤い瞳が覗いている。

あい「よく考えてみるのよ……つぐみ」
つぐみ「嫌ああぁぁ──っっ!!」


既に時計は午前1時を回っている。
再び、あゆみの車の事故の惨状が、つぐみの脳裏を過ぎる。

(柴田『俺のせいじゃない』)

つぐみ「お母さん……」

(あい『あなたは心の中で、ずっとお父さんのことを怨んでいる』)

つぐみ「違う……!」

突然、壁に掛かった時計の針が、凄い勢いで逆回転を始める。

つぐみ「な、何!? 今度は……?」

気がつくと、死んだ筈の母・あゆみが、やつれた様子で居間のテーブルに突っ伏している。
テーブルの上には菓子袋。

その背後、あいがベランダに立っている。

あい「あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を解けばいい」

あゆみが菓子袋から菓子を鷲づかみにし、力ない目つきでつぐみを見つめる。

あゆみ「つぐみ……」
つぐみ「お母さん……?」

あい「糸を解けば、私と正式に契約を交わしたことになる。怨みの相手は、速やかに地獄に流されるわ。但し、怨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を支払ってもらう」

あゆみが菓子を差し出す。

あゆみ「ほら、つぐみの大好きなお菓子よ……」
つぐみ「やめて……」

つぐみの目から涙が溢れ出す。

あい「人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、あなたの魂も地獄へ堕ちる」

あゆみの手から菓子がポロポロと零れ落ちる。
その顔が苦痛に歪み、額から血が次々に流れ出す。

あゆみ「あ……あ……」
あい「極楽浄土へは行けず、あなたの魂は痛みと苦しみを味わいながら、永遠に彷徨うことになるわ」
つぐみ「お願い、やめて……助けて……一ちゃん!」

(柴田『俺のせいじゃない』)

あゆみ「つぐみ……痛い……痛いよ……」
つぐみ「やめてぇぇ──っ!!」

つぐみが両手で目を覆ってしゃがみこむ。
あゆみの姿が消える。

テーブルの向かいに、あいが座っている。

あい「大好きなお父さんが、あなたからお母さんを奪った。辛いでしょう、つぐみ? 苦しいでしょう? 心が二つに引き裂かれて」
つぐみ「……」
あい「助けてあげる。楽になれるわ。糸を引いて、心を解き放って」

あいが藁人形を差し出す。
つぐみ、目に涙を浮かべつつ、怯えたように首を横に振る。

あいがつぐみの手を取り、その掌の上に藁人形を乗せる。

あい「もう苦しまないで。つぐみの力になりたいの」

あいの赤い瞳の視線が、つぐみを見つめる。
数々の幻影に翻弄された末、視線に魅入られたかのように、つぐみの手が、藁人形の糸へと伸びてゆく……


柴田「つぐみぃぃ──っっ!!」

我に返るつぐみ。
玄関のドアを開け、柴田が部屋に飛び込んで来る。

柴田「つぐみに……何をさせようとした!? 答えろ、閻魔あい!!」
あい「……」
一目連「お嬢」

窓の外に、骨女と一目連の2人が立っている。

骨女「もうやめとくれよ、お嬢! こんなことしたって……」
あい「黙れ」

あいの放った霊力の攻撃が、骨女と一目連を吹き飛ばす。

柴田「つぐみ、逃げるんだ」

柴田がつぐみを抱き起こそうとするが、つぐみはその手を払いのける。

柴田「どうした、つぐみ!?」
つぐみ「お母さん、可哀想……」
柴田「え……?
つぐみ「可哀想……」
柴田「つぐみ……?」
あい「そうよ。この人が許してあげさえすれば、お母さんは死なずに済んだ。お母さんがつぐみのそばにいて、寂しい思いなんかしなくてよかったの」
柴田「やめろ……お前には関係ない!」
あい「本当に、そう?」


再び、場所があゆみの車の事故現場となる。

柴田「こ、こんな……!?」
あい「可哀想なお母さん。全部あの人のせいよ」

柴田が呆然と事故車を見つめる。
つぐみの耳元へ、あいが囁く。

あい「あなたが裁くのよ」

つぐみが藁人形を手に、柴田のもとへ歩み寄る。

柴田「違う……違う……俺が……」
つぐみ「……!」


柴田「俺が死ねばよかったんだ」


雨で濡れた道路に、柴田が崩れ落ちる。

柴田「信じてた、あいつを……許せなくて、腹が立って、どうしようもなくて……」

柴田の目から涙が溢れる。

柴田「つぐみ……ごめん! 俺のせいだ……お母さんが死んだのは、全部俺の……許してくれ!」
あい「今さら謝っても遅いわ。起こってしまったことは、もう取り返しがつかない」
柴田「わかってる! わかってる……俺が馬鹿だった……」
あい「後悔なんて意味ないわ。失ったものはもう戻らない」

つぐみが両手で抱きしめている藁人形を、あいが見やる。

あい「糸を解きなさい。私が怨みを晴らしてあげる」
柴田「あゆみ……」
つぐみ「!?」
柴田「愛してた……お前の笑顔が大好きだった……だから頑張って働いた。でも、そのせいでお前は寂しい思いをして……優しさが欲しくて、誓いを……それを俺は許しをしなかった。それどころかいっそ……死んじまえばいいって……まさか……それが本当になるなんて……俺、受け止め切れなくて……」

その言葉を耳にしたあいの脳裏に、四百年前、自分を救うと言いながら救えなかった仙太郎の姿が過ぎる。

柴田「俺は、大切な人たちに迷惑ばかりかけて、傷つけて……俺が悪いんだ。つぐみも辛かったろう……寂しかったろう……」
あい「さぁ、糸を解きなさい」
柴田「つぐみ……やってくれ」

つぐみが藁人形から片手を放す。

あい「!?」
つぐみ「バカ……何言ってんの? バカァ!」

つぐみが涙をこぼしつつ、柴田の頬を平手で打つ。

柴田「あ……?」
つぐみ「私、辛いなんて思ったことなかったもん! 一ちゃんがいて楽しかったもん! 私、一ちゃんのこと大好きだから、だから楽しかったもん!」
柴田「つぐみ……」
つぐみ「何でそんなこと言うの? 一ちゃんは楽しくなかったの? 一緒に笑ったの、嘘だったの? ご飯食べたり、テレビ見たり、お買物行ったり……」

柴田の頭を、つぐみが抱きしめる。

つぐみ「お母さんいなくて寂しいときもあったけど、一ちゃんが……お父さんがいてくれたから私、大丈夫だったんだよ! 辛くなかったんだよ! お父さんは……私といて辛かったの? 楽しくなかったの?」
柴田「つぐみ……」
つぐみ「ねぇ……」
柴田「あぁ……楽しかった……! お前といるだけで、俺は……幸せな気持ちになれた……」
つぐみ「本当?」
柴田「本当だ……!」
つぐみ「そっか……良かった……」

雨の中、涙をこぼしつつ、父娘が抱き合う。


場所が六道郷の桜の滝に変わる。

満開の桜の樹から、花びらが舞い散る。

あいの脳裏に、四百年前の光景が甦る。
村人たちに、物の怪のように忌み嫌われていた自分。
そんな彼女を唯一守ってくれた少年、仙太郎。
あいを守ると言いつつも守りきれなかった、その仙太郎への怨みから、あいは地獄少女となった。
しかし、仙太郎と遊んでいた日々、その毎日の楽しさもまた、事実だった……

(仙太郎『あいは、あいだ』)


つぐみ「これ、いらない」

つぐみがあいに、藁人形を差し出す。

つぐみ「好きだったんでしょう? 仙太郎さんのこと。あの人も、ずっとあなたのことが大好きだった……だから、ずっと後悔してた……それで、あのお寺を……」


あいが桜の樹を見上げ、両手を広げる。
その目から涙が流れ落ちる。
無数の花びらが舞い散る。仙太郎の想いが、あいに応えるように……。


次の瞬間、そこは夕暮れの七童寺。

つぐみ「ここは……?」
柴田「もとの……七童寺?」

地面に転がった藁人形が、輪入道の姿に戻る。
隣には一目連と骨女も佇んでいる。


あいが七童寺を見つめる。掌を差し出すと、その上に青い炎が灯る。

一目連「お嬢!?」

あいの放った炎が七童寺が直撃、寺が燃え上がる。

あいが涙を流しつつ、炎上する七童寺を後にする。
仙太郎が建てた寺を焼くことで、彼との因縁と想い出を断ち切るかのように……

柴田「あい……」


骨女「お嬢……」
あい「行くよ。さぁ」
一目連「あぁ……」
輪入道「あい、お嬢」

あいに続く輪入道。 一目連と骨女も、微笑みつつ頷き合い、彼らに続く。


牛車の姿となった輪入道が、夕焼けの空の彼方へと飛び去って行く。


桜の滝。
桜の枝に止まっていた人面蜘蛛が、姿を消す。


つぐみ「どうしてお寺を……?」
柴田「閻魔あいは……」
つぐみ「?」
柴田「いや……何でもない」

つぐみの頭を撫でる柴田。

柴田「ありがとう、つぐみ」

つぐみの顔に、ようやく笑顔が戻る。

つぐみ「帰ろ」
柴田「あぁ」
つぐみ「もう、私を一人ぼっちにしないでね」
柴田「あぁ、約束する……」


ある夜の、雨の降りしきる都会。

路地裏。血まみれの猫の死体。
その傍らに、レイプ後のように服装の乱れた女性が泣き顔で座り込み、藁人形を握り締めている。

彼女を見つめる地獄少女、閻魔あい。


あい「あとは、あなたが決めることよ……」


地獄少女・閻魔あいの使命は続く。

人の世に、怨みがある限り……


骨女「終わりよければ何とやら。傷も塞がりゃ、それっきりさ」
一目連「でも気がつきゃ、新しい傷でまた同じように苦しんでる」
輪入道「結局、終わりなんてものぁねぇのさ。人間は、つくづく哀れな生き物だ。なぁ、お嬢」

あい「新しい傷は、前よりも……」


ツヅキマス……





(終)
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