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地獄少女
三鼎
(
みつがなえ
)
の最終回
【前回までのあらすじ】 地獄流しの光景を見させられ続けていた少女・御景ゆずき。彼女は幼い頃、家族ともども理不尽な迫害を受けた末に、すでに死んでいた。その事実を受け入れ、ゆずきは新たな地獄少女となる。だがゆずきは、罪のある者だけを地獄に流すと言い放つ。一目連たちは地獄少女の掟に背くゆずきのもとから去り、輪入道だけが残る。そして最初の標的は、ゆずきの親友・秋恵を地獄に流した真山梓だった。
輪入道「タクシー運転手が酔っ払いとケンカんなって、重傷を負った。悪いのは酔っ払いだったが、その男が町の有力者の息子だったことから、警察もグルんなって事件は隠蔽された」
ゆずき「辻乃橋の一人息子よ。この町に、辻乃橋家に逆らえる者はいない」
輪入道「タクシー運転手の娘・真山梓は、辻乃橋の息子を憎んだ。だが、息子は親の力で外国へ逃げちまった」
ゆずき「それで代りに警察を憎んだ」
輪入道「事件の隠蔽を指示した責任者は、賽河原警察署長」
ゆずき「秋恵のお父さん…… そして真山梓は、秋恵のお父さんを苦しめるために、秋恵を地獄へ流した」
ボロボロに荒れ果てた、ゆずきのかつての自宅の団地。
その一室。新たな地獄少女となったゆずき、輪入道、そしてゆずきに仕える案内人となった秋恵がいる。
輪入道「あの
娘
(
こ
)
を流した女が、最初のターゲットとはなぁ…… 因果なもんだ」
ゆずき「いいえ、最初にふさわしいターゲットだわ。依頼人は……」
ゆずきの見入るパソコンの画面には「高杉憲久」の表示。
輪入道「高杉……」
ゆずき「秋恵のお父さんよ」
輪入道「なるほど……」
ゆずき「秋絵のお父さんは、もう私のことを覚えてないのね」
輪入道「あぁ、そのはずだ」
ゆずき「行きましょう」
魂 の 軌 跡
夜。賽河原神社の鳥居を見つめる、柴田つぐみ。
骨女「行くのかい?」
振り向くと、骨女と一目連がいる。
つぐみ「地獄少女になったんでしょ? あの娘……」
一目連「あぁ」
つぐみ「そう……」
骨女「救いたかったのかい? だから来たんだろう? この町に」
つぐみ「私には、そんなことできないわ……」
一目連「じゃ、どうして来たんだ?」
つぐみ「さぁ……? 見届けたかったのかも」
骨女「強がりはおよしよ…… 相変らず気の強い娘だね」
一目連「ゆずきはあんたを頼ってた。なんとかできたんじゃないか?」
つぐみ「今さらそんなことを聞いてどうするの? もう終わったのよ。私にも、わからないわ。あの娘は死んだ後も、憧れた中学生になって、現世に居続けた…… 何とかしてあげたかった…… でも、私の中の何かが邪魔をした」」
骨女「
一
(
はじめ
)
ちゃんかい?」
つぐみ「……」
つぐみが去って行く。
つぐみ「さようなら。もう会うことはないと思う……」
高杉憲久の自宅。
やつれた様子の高杉が、真っ暗な自室でデスクに向かっている。
家政婦の春子が部屋を訪れる。
春子「旦那様……」
高杉「春子さん? まだ起きていたのか」
春子「大丈夫ですか?」
高杉「すまない……」
春子「お茶、お持ちしましょうか?」
高杉「いや、いい。休んでくれ」
春子が灯りをつけようとする。
高杉「このままでいいよ」
春子「では……」
春子が去る。
突如、部屋の中にゆずきと輪入道が現れる。
ゆずき「高杉さん……」
高杉「地獄……少女?」
ゆずき「はい…… そうです」
高杉「来てくれたのか……!? 頼む! 怨みを晴らしてくれ!」
ゆずき「輪入道さん」
輪入道「あいよ」
輪入道が消え、藁人形となって高杉の手の中におさまる。
ゆずき「あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を解いてください。糸を解けば、私と正式に契約を交わしたことになり、怨みの相手は速やかに地獄へ流されます。ただし、怨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を支払ってもらいます」
高杉「代償……?」
ゆずき「人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、あなたの魂も地獄へ墜ちるのです。死んだ後の話ですけど」
高杉「地獄か…… ふふ、秋絵がいなくなってからの暮しに比べれば辛くもないさ。秋絵がいなくなったことが信じられなかった。たった一人の娘…… 私のすべてだった! 真山梓が殺したんじゃないかと調べたが、何も出てこない。『じゃあ、秋絵はまだどこかで生きているんじゃないか?』そう思って捜して捜して、結局仕事も辞めて、でも見つからなくて…… 藁をもすがる思いで噂話まで調べた末に……」
机の上には、柴田一が地獄少女について書いた本がある。
高杉「地獄通信を知ったんだ。そして思い出した…… 真山梓の胸元に、地獄の紋章があったのを。あの女が秋恵を地獄に流した。秋恵は何もしていないのに! 悪いのは私なのに! 流すなら私を流せばいいのに……! 法律は裁いてくれない。だったら私が……秋恵と同じ思いをさせてやる! 秋恵の無念を、苦しみを思い知らせてやる!」
ゆずきの脳裏を過ぎる、母の死の光景。
ゆずき「そうです。あなたが裁くんです! 秋恵のためにも、あの女を!」
高杉が立ち上がる。
ゆずき「どこへ?」
高杉「見届けてやる。あの女が地獄へ流される瞬間を、この目で見届けてやる!」
ゆずき「えぇ…… それがいいですね」
賽河原中学の校庭。
きくりが山童をせかし、背のゼンマイを巻かせている。
きくり「遅いぞ! 早く巻け、山童!」
山童「はい、姫」
きくり「う〜ん……」
山童「どうしました、姫?」
きくり「ん──、なんか痒い……」
山童「大丈夫ですか?」
きくり「うぐぐぅっ……」
きくりが眉間をかきむしる。
眉間が縦一文字に割れ、第3の目が光る。
きくりの首が地面に転がり、人面蜘蛛となって這い出す。
山童「姫……!?」
真山梓の自宅アパート。
高杉が窓を覗き、梓の様子を目にして顔色が変わる。
小さな公園の片隅。
高杉がベンチに座り込み、うつむいている。ゆずきがそばにいる。
ゆずき「どうしたんですか? ……高杉さん?」
高杉「これ、返すよ」
高杉が藁人形を差し出す。
ゆずき「……どういうことですか?」
高杉「私にはできない……」
ゆずき「どうして……? あの女はあなたの娘を地獄へ流したんですよ!? 何もしていない秋恵を!」
高杉「憎いよ。許せない……」
ゆずき「だったら、なぜ!?」
高杉「……どうせ彼女は地獄へ墜ちる」
ゆずき「え……?」
高杉「報いは受けるんだ……」
高杉が去る。藁人形が輪入道の姿に戻る。
輪入道「何があったか知らねぇが、仕方ねぇな…… さぁ、帰ろう」
ゆずき「私が流すわ」
輪入道「何!?」
ゆずき「高杉さんの代りに私が流す」
輪入道「言ってる意味がわかってるのか!?」
ゆずき「行きましょう」
輪入道「おい!? ……お」
ゆずき「あ……」
消滅したはずの閻魔あいが現れる。
ゆずき「あい……」
輪入道「お嬢!?」
あい「ゆずき…… それは許されないわ」
ゆずき「どいて!」
あい「地獄少女の勤めにも、ルールはあるのよ」
ゆずき「私は依頼を受けた! だからあの女を流す!」
あい「契約は結ばれていないわ」
ゆずき「契約が何よ。あの女は罪もない秋恵を流したのよ! 信じた人に裏切られて、可哀想な秋恵……」
あい「これは仕事よ」
ゆずき「私には私のルールがある! どいて!」
ゆずきの手から黒い炎が放たれ、あいが吹っ飛ぶ。
輪入道「お嬢!?」
ゆずき「罪もなく流された人の怨みを、私は晴らすの。私にはその悔しさがわかるから」
ゆずきが立ち去り、夜の闇の中に消える。
輪入道「大丈夫かい、お嬢?」
あい「……みんなを」
真山梓の家。梓は机に突っ伏して眠っている。
背後に、ゆずきが現れる。
ゆずき「真山梓…… 罪を償うときが来たわ。あなたは覚えていなくても、私は忘れない……」
ゆずきが梓の肩に触れ、妖しく笑う。
ゆずき「イッペン、死ンデミル?」
梓が振り向き、その姿が秋恵に変わる。
ゆずき「あ…… 秋恵!?」
秋恵の目の中から、人面蜘蛛が這い出す。
周囲が闇の世界と化す。
ゆずきの目の前、虚空に浮かんでいる人面蜘蛛と、そばに寄り添う秋恵。
人面蜘蛛「ワカッテイルナ?」
ゆずき「えぇ。真山梓は流されて当然の人間よ」
人面蜘蛛「オ前ニ人ヲ裁ク権利ハ与エテイナイ。依頼ヲ受ケ契約シ、遂行スル。ソレダケダ」
ゆずき「私は納得できないわ。」
人面蜘蛛「地獄少女ニ心ハイラヌ」
ゆずきが人面蜘蛛目がけて黒い炎を放つが、目に見えない力に阻まれる。
人面蜘蛛が糸を放ち、ゆずきを縛り上げる。
秋恵が無表情に糸を手繰り、手に力をこめる。
ゆずき「う…… うぅっ……!」
人面蜘蛛「オ前ニハ地獄ニ墜チテモラウ」
突如、人面蜘蛛たちを衝撃が襲う。
彼らを阻んだのは、山童。一目連がゆずきを抱き上げる。
一目連「もらって行くぜ!」
人面蜘蛛「貴様!?」
輪入道の牛車が、あいと骨女を乗せて駆けつける。
骨女「早く乗りな!」
一目連「あぁ!」
山童「はい!」
人面蜘蛛「何ノツモリダ、あい!?」
輪入道が飛び去る。
賽河原神社の見下ろす川。
川面に立つ、あいとゆずき。周りには無数の灯籠が流れている。
ゆずき「どうして……? こんなことしたら、あなたまで!?」
あい「……」
ゆずき「なぜ黙ってるの!?」
周囲の景色が、ゆずきの幼い頃の自室と化す。
ぬいぐるみと並んで眠っている、幼いゆずき。
幼いゆずきが、かすかに目を開き、震える手を差し出す。
ゆずきも手を差し伸べる。
あい「誰も来なかった。あなたは一人ぼっちだった」
ゆずき「そう。誰も……助けてくれなかった」
あい「人は弱いわ。どんなときでも自分を守ろうとする── だから見て見ぬふりをする」
ゆずき「……何のこと?」
ゆずきがかつて見せられていた、数々の地獄通信の依頼者たち。
地獄流しを止めようとしたゆずきは、どうしても止めることができず、いつしか見て見ぬふりをするようになっていた。
ゆずき「あ、あれは違う! 止めたくても止められなかったのよ! 私にはどうしようもなかった! だから……」
あい「仕方なかった──」
ゆずき「え……?」
あいが、幼いゆずきの頬に触れる。
あい「ゆずき……」
あいの瞳に涙が溜まり、雫が幼いゆずきの顔に落ちている。
ゆずき「地獄……少女……?」
ゆずきの目にも、涙が滲む。
周囲が再び、神社のそばの川となる。
あい「秋恵のお父さんは糸を解かなかった。なぜだと思う? ご覧なさい」
標的の梓が、自室で寝たきりの父を看護する光景。
幼い日のゆずきが母を看病していたときの様子がだぶる。
ゆずきが川面にしゃがみこみ、泣き崩れ、とめどなく涙があふれ続ける。
気づくと、鳥居の向こうに秋恵が立っている。
秋恵「捜したよ。ゆずき」
ゆずき「……!」
秋恵「あなたは掟に背いた。地獄の裁きを受けるの」
ゆずき「あなたは秋恵じゃない…… 私の大好きな秋恵は、地獄へ墜ちちゃった……」
秋恵「……」
ゆずき「消えて! お願い、消えて!」
秋恵の姿が消え、鳥居から人面蜘蛛がぶら下がってくる。
人面蜘蛛「ゆずき」
あい「裁きは私が受けるわ」
ゆずき「え……!?」
人面蜘蛛「人ノ世ニ怨ミガ消エヌ限リ、オ前ハ永遠ニ仕事ヲ続ケルコトニナル。モウ二度ト解放サレルコトハナイ── ソレデモ良イノダナ? あい」
人面蜘蛛の目が光り、あいの体を光が包み込む。
川面に咲き乱れる、青い彼岸花。
ゆずきの体が、足先から徐々に消えていく。
ゆずき「あ……!? 嫌!?」
あい「大丈夫──」
怯えるゆずきを、あいが優しく抱く。
あい「ゆずき……」
ゆずき「あい…… どうして、あなたは……」
言いかけるゆずきの口を、あいの唇が塞ぐ。
ゆずきの中に、あいの記憶が次々に流れ込んでくる。
幼馴染みの仙太郎との思い出。
理不尽な迫害を受け、生きながらにして埋められ、そして人々に抱いた深い怨み。
あい「あなたは…… 私なのよ」
ゆずき「あい……」
見詰め合う、あいとゆずき。
ゆずきの目に涙が浮かび、かすかに微笑む。
ゆずき「あいには彼氏がいたんだね…… それだけちょっぴり、羨ましいな……」
ゆずきの足が、体が消え、首だけが残る。
ゆずき「ありがとう……」
あい「ゆずき……」
そして、ゆずきの首も消え去る。
あいが川面に1人立ち尽くす。
川を一面埋め尽くしていた青い彼岸花が消えていく。
神社への石段を登る。鳥居の下には、輪入道、骨女、一目連、山童、きくり。
輪入道「お嬢……」
骨女「バカだよ、あんたって娘は……」
一目連「ホントだ。せっかく楽になれたっていうのに……」
きくり「バカあい! 次はきくりでいいじゃないかぁ!」
骨女がきくりをポカリと叩く。
きくり「痛! ムッキー! 何でだぁ!」
きくりも負けじと、山童を蹴りつける。
山童「何でですか、姫!?」
あい「行くよ」
一同「おぅ」「はい」
輪入道の牛車が、一同を乗せて飛び去って行く。
桜の花が咲き誇る。
ゆずきの住んでいた団地は、解体作業が始まっている。
梓の部屋。位牌と遺骨が置かれている。
空港。外国からの旅客機が降り立つ。
1人の青年客の前に、喪服姿の梓が現れる。
梓「辻乃橋巧さんですね?」
青年「誰?」
ドスッ、という音。
同時に、梓の姿が跡形もなく消え去る。
青年の胸に刺さっているナイフ。血が滲み、青年が崩れ落ちる。
彼の後ろにいる、高杉の家政婦・春子。その手には赤い糸が垂れている。
周囲の人々から叫び声があがる。
大騒ぎに陥った群集の中を、閻魔あいが1人、どこかへと去って行く……。
(終)