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るろうに剣心ー明治剣客浪漫譚ー
最終幕〜新たなる世代へ〜



夏…―、神谷道場の周りには、蝉の鳴き声が響いている。
「チィーーーーッス!」
蒸し暑いその日、 道場の門を開けたのは、師範代の明神弥彦だ。
「師範代、明神弥彦入り……。」
「ぴぎぃぇぇぇぇぇ!!」
弥彦が道場敷地内に入ろうとした瞬間、どこからともなく子供の泣き声がした。…剣路だ。剣路とは、薫と剣心の子供である。
剣路は 道場の門の上で、大きな口を開けて泣いていた。
「ぶびぇぇぇぇぇ!!えええええむん〜!!!」
弥彦はふぅ…とため息をついた。
「なんだ、剣路か。お前また昇ったはいいけど、怖くて降りられなくなったのかよ。」
そういって弥彦は、剣路を降ろしてやった。
「ったく 姿形は小振りの剣心なくせして中身はとんだバカだなお前……。」
剣路はやっと降りられた事に安心したのか、ほぇ〜とした笑みをこぼした。
「神谷道場の跡取がこれじゃ、先が……。」
弥彦がこの台詞↑を言い終わる前に、弥彦の頭に下駄がガゴォっ!と飛んできた。
「コラァっ!!また家のコいじめて!!怒るよもう!!」
そう威勢良く道場から出てきた女性…薫。その横には、にっこりと微笑む剣心の姿があった。
「誰がいじめた!?よくみろっ!むしろ助けてやったんだぞ!!」
「あらそう?」
薫はさらっと流した。
「おーよしよし、怖かったでしょごめんね?」
剣路は 大好きな母親に抱きついて、にっこりと笑った。弥彦は…ぶつぶつ文句を垂れている。
「暑い中 呼び出してすまぬな、弥彦。」
剣心は 弥彦にゆくっりと微笑みかけた。


道場の中、壁には門下生の名前がずらーっと並んでいる。師範代の名は、弥彦のほかに、『塚山由太郎』の名が、門下生の中には、『新市小三郎』の名前があった。
「いいってコトよそれより何のようだ?また新しい出稽古の依頼なら勘弁な。いくらなんでも一人でこれ以上は……。」
弥彦がそういったとき、剣心が刀つばをカチンと鳴らして言った。
「構えろ、弥彦…。一本勝負。いいな。」
剣心の突然の言葉に弥彦は目の前が真っ白になった。
そんな 顔面蒼白の弥彦に、薫が声をかけた。
「弥彦、今日は何の日かあなた忘れてるでしょう?あなたの15歳の誕生日。聞いたことあるでしょ。昔の武士は15歳で一人前の大人として扱われるって話…。」
弥彦はその時、昔 左之助に『元服』について聞いたことがあるのを思い出した。
そう…剣心は、弥彦が一人前になったかどうか、試そうとしているのだった。
しかし弥彦は、このことを分かってはいても、剣心の剣気、威圧に、恐怖感を覚えていた。
〔飛天御剣流はもう殆ど撃てなくなったと言っても、かつて伝説とまで謳われた最強の剣客―――……〕
「臆するな。」
「!」
そんな怯えていた弥彦に、剣心は声をかけた。
「お前が剣の道を志してからこれまで…、お前の人生に顕れた全ての闘いを思い出せ。その目で見た闘い…、その耳で聞いた闘い…、そして自らの腕で
繰り広げた戦い…。それら全ての闘いの中でお前の感じた全てを、渾身の一撃に込めて撃てばそれでいい―――。」
弥彦は、今までの全ての敵や仲間を思い出した―――……。
そして、決意した。
「よしッ!!」
弥彦はそう言って、威勢良く木刀を握り締めた。剣心はそれを見て、薫に合図を頼んだ。薫はすっと右手を掲げた…。

「始め!!」



――…剣路は幼いその目で、二人の男が剣を交えるところを見た。それが剣路の目にどう映ったのかは分からない。
 弥彦の木刀は剣心の肩を、剣心の逆刃刀は弥彦の脇腹を捕らえた。
「あ…相打ち……?」
薫がそう言った瞬間、弥彦の膝ががくっと折れた。
「へへ…やっぱかなわねぇか……。」
弥彦は 剣心に笑いかけた。
「そうだな…、だがいい一撃だった…。」
剣心も弥彦に笑いかけた。
「立てるか?」
「ああ、なんとか…。」
薫がちらりと剣心を見る。それをみて剣心は、コクリと頷いた。
そして、剣心は、自分の腰にかけていた刀を弥彦に差し出した。
「弥彦。元服の祝いだ。受け取れ!!」
弥彦は驚愕の顔を隠すことが出来なかった。
「な…、ちょっ、ちょっと待った。いくらなんでもそれは受け取れねぇよ!第一俺、負けたじゃねぇか!」
そんな弥彦に剣心は微笑みかけた。
「最初から勝ち負けを見るつもりはござらんよ。お主の渾身の一撃に、魂がしかと有るかそれを見て、そして決めたこと。」
剣心は逆刃刀を さらに前にと押し出した。
「逆刃刀を お主に託す。」
弥彦は ゆっくりと手を伸ばし、それを受け取った。――…それは、弥彦の手に、ずっしりとのしかかった。
「暫くは お主に重くのしかかって扱いずらいと思うが、後は お主自身の力で、自分の思うように逆刃刀を使いこなせるようになれ。そしていつか、拙者を超えるでござるよ。」
弥彦はきりっとした笑顔を作り、威勢良く返事をした。
「ああ!」


弥彦が神谷道場の門を出て行った後、薫と剣心、そして剣路は、しばらく弥彦の背中を見守っていた。
「これで一区切りね…。」
「ああ。」
薫は剣心の方へ歩み寄った。
「15年共にした刀を譲って、やっぱり寂しい…?」
「そうでござるな…けど、嬉しい気持ちの方がうわまっているから、思ったよりは平気かな。」
薫はすっと剣心の十字傷に手を触れた。
「この間、会津に遊びに行った時、恵さんに聞いたの………。何かしらの強い想いの篭った刀傷って、その思いが晴れない限り、決して消えることは無いって―――……。十字傷……、だいぶ薄くなったね――……。」
剣心はにっこりと微笑んだ。
「ああ。けれど多分このまま一生消えるコトはないでござるよ。飛天御剣流はもう殆ど使えない…、逆刃刀も手放した…。だがこれでもう、闘えなくなったわけじゃない。まだ闘いの人生を完遂していない。拙者はこれからもずっと、不殺の信念の元で、闘い続けるでござるよ。」
「うん、そうだね…。」―でも……―――

「剣心。」
「おろ?」
――…とりあえず、お疲れ様。…――

そう言って薫は 剣路の手を使い、剣心の腕をぽんと叩いた…――。



                      END

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