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ラーゼフォンの最終回


遥「ララ……ララララ……ララ……ララララ……」

紫東遥と恵の姉妹が空を見上げる。
遥がハミングで「カトゥンの定め」を奏でている。

遥「神名くんが好きだった歌……私も好きだった……」

両手で顔を覆い、遥が声を震わせる。

遥「行ってしまった……また失くしてしまった……今度こそ本当に……」
恵「強くなって!」
遥「!?」
恵「強くなってよ」
遥「恵……?」
恵「大切なものを失くしたからって、諦めないで。そんなの……そんなの、私の追いかけてた紫東遥じゃない!」
遥「……」
恵「お願い……失くしたものは探せばいい、また取り戻せばいいんだよ。何度でも、何度でも……」
遥「……うん……わかった」

遥が駆け出す。

恵「お姉ちゃん!」

遥が恵を振り返る。
恵が笑顔でサムズアップ。
遥が笑顔を返し、また背を向けて駆け出す。

姉を見送る恵の頬を、静かに涙が伝う……。


最終楽章

遥か久遠の彼方

Time Enough For Love


荒野に横たわっている神名綾人が目覚める。

「僕は……死んだのかな……また……生まれたのかな……ここ……どこなんだろう……わかんないや」

どこからか、歌声が響く。
綾人が身を起こし、歌声の方を見やる。
地下鉄・万世橋駅の入り口。

綾人「歌……?」

地下鉄のホームへと降りてゆく綾人。
ホーム。グランドピアノを如月久遠が弾いている。

綾人「何してるの、君……? 君を知ってる気がする……でも……ねぇ、君、誰? 僕のこと、知らない?」

返事は返らない。

綾人「誰も僕を知らない……僕は誰も知らない……」
久遠「そうやって……」
綾人「!?」
久遠「そうやってあなたは知ろうとしない……見えない振りして知ろうとしない……いつまでそうしてるつもり? 困った子ね……」


上空。

綾人と久遠が一体化した、2体の真聖ラーゼフォン。
無抵抗の綾人目掛け、久遠が歌声と共に攻撃を放つ。


教会に佇むヘレナ・バーベム。

ヘレナ「前奏曲プレリュードね……思ってたよりも悪くない」

金属音が響く。
ヘレナが振り向くと、如月樹が銃を向けている。

樹「僕たちは罰を受けるべきだ。そうでしょう」
ヘレナ「わからないわ……」
樹「わかっているはずですよ。これは人のすべきことじゃない」
ヘレナ「愛してるわ……樹」
樹「ヘレナ……」

ドスッ、という音と共に樹の顔が苦痛に歪む。
その背にナイフを突き刺している七森小夜子。

樹「そうか……君か……」

小夜子の目に涙が溢れている。
樹が銃を落とし、倒れる。

小夜子「樹さん! ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい!」
樹「い……いいんだ……君で……良かった……怖かったんだ……受け入れるのが……」
小夜子「お願い……もう……」
樹「も……もし……やり直せるのなら……」
小夜子「あなたが好き! 大好きっ!」

樹の目に映る小夜子の姿に、久遠の顔がだぶる。

樹「やっと……青い鳥を……見つけたよ……」
小夜子「樹!?」

樹が事切れる。
彼の体に顔を埋め、小夜子が泣きじゃくる。

ヘレナ「わからないものだ。愛するようプログラムはしたが……これは予定外の行動だ」
小夜子「……? 嘘よ……嘘よ……嘘よ、嘘よ、嘘よぉっ!!」
ヘレナ「覚えてないのか? 私だよ、バージョン7.34」
小夜子「!!……知らない……あんたなんて知らない……私は、私はぁ!」
ヘレナ「偽りの記憶を捨て、真実に目を向けなさい……」
小夜子「知らない! そんなもの知らない……!」
ヘレナ「知りたくないだけだよ」

ヘレナの声がエルンスト・フォン・バーベム卿の男の声に変わる。
錯乱した小夜子が、床に落ちていた樹の銃を拾い上げる。


小高い丘で、空を見上げている亘理士郎。
その手に、功刀仁から託されていた鳥篭。
籠の扉を開け、功刀の飼っていた小鳥・ミチルが空に解き放たれる。


ヒラニプラ。

麻弥「もう……この手であの子を導いてやれない。姉さんに委ねるしかないなんて……私の綾人を」

スクリーンに映っている空。
赤い光が空を横切る。

麻弥「はっ! あれは……」


ラーゼフォンのもとを目指すVTOL機。
操縦席では、遥が操縦桿を握っている。


綾人の幻想の世界。

久遠「もう出てきなさい……自分の作った鳥篭から……知ってもいいの、知ろうとしていいのよ……」

駅のベンチに掛ける綾人、久遠。
壁面で、翼を広げた鳥の絵が綾人を見つめている。

綾人「わかってる、わかってるさ……僕はいつも逃げてきた。知ることが怖くて、周りから……自分から逃げてきたんだ。嫌いだったんだ……そんな自分が。今となっては誰かもわからない、こんな自分が……」
久遠「受け入れなさい……」
綾人「え!?」

久遠が綾人の前に立ち、綾人を抱く。

久遠「自分を……他人を……周りを……世界を感じて……そして受け入れるの……」
綾人「僕が……?」
久遠「そう……あなたが、あなた自身を、そして私を、周りのすべてを……勇気を持って」

赤と青の電車がホームに入る。

綾人「もう逃げないよ……逃げたくない」
久遠「あなたにその気持ちがあるのなら……」
綾人「でも……どうしたらいいんだ?」
久遠「大丈夫」
綾人「え?」
久遠「私に任せて……」
綾人「わかった」
久遠「その代わり……」
綾人「え?」
久遠「優しくしてね」
綾人「……うん」


上空。
綾人のラーゼフォンが歌声を張り上げる。

雲間から遥のVTOLが飛び出し、綾人と久遠の間に割って入る。
笑顔の遥が綾人目掛けて手を伸ばす

ラーゼフォンの歌声の前に、遥機が粉々に砕け散る……。


綾人の幻想の世界。

綾人と久遠が電車に乗り込む。
ふと、綾人が振り返る。
ホームに遥の姿。
しかし扉が閉じて視界が塞がれ、電車が動き出す。

綾人「今、誰かいなかった?」
久遠「失くした想いを取り戻すために……忘れた音を探す、そのために……あなたに、真実を見せてあげる」
綾人「それ……前にも誰かに言われた気がする」


教会。
ヘレナの肉体を得たバーベム卿が外に出る。

「いやぁ、あなたの歩く後には人死にが多いですなぁ」

弐神譲二である。

バーベム「フッ、憶えておきたまえ。それが歴史というものだよ。弐神くん」
弐神「メトセラか……教えてくれませんか、バーベム卿。一体……体を乗り継いでまで、あなたがやりたかったことって、何ですか?」
バーベム「この娘は喜んでこの体を捧げてくれたよ」
弐神「へへっ、そりゃどうも。で、ヴァーミリオンもシステムの一部だったってわけですか」
バーベム「あれもDも、すべて保険だよ。さして役には立たなかったがね……私はただ、行き着く先を見てみたいだけなのだよ、弐神君。ラーゼフォン・システムは、MUの世界に私があったとき、私が作り上げたものだ。当然だろう?」
弐神「何百年前の話です? 何千年かなぁ」
バーベム「何万年だったかな。それだけ待ったのだよ。カトゥンの時代が終わるとき、ラーゼフォン・システムがこの世界に現れる約束の日。2012年12月28日を」
弐神「ヘッ、麻弥カレンダーの終わる日か。そのゲームで、世界はどう変わるんですかね」
バーベム「ヨロテオトルへ至ったあの2人次第だよ。私はただ、システムを作っただけだ」
弐神「まるで神様のような言い草ですな」
バーベム「その通りだよ」
弐神「ん?」
バーベム「この世界は私のシステムで今、動いている。その行き着く先を見届けるのは、創造主の特権というもの、だろう?」


青い壁に包まれた空間。
遥が横たわっている。
目の前に神名麻弥。

遥「おばさま……ここは?」
麻耶「あなたがいなければ良かった」
遥「え?」
麻耶「あなたがいなければ、あの子はここまで苦しまずに済んだのよ。あなたが外の世界を見せなければ」
遥「違います! 私はただ……」
麻弥「あの子を愛してたのは私だけで良かったの」
遥「え……?」
麻弥「あの子に苦しみを与えたのは私の責任なの。あの子を作り出してしまった私のね」

麻弥の足元に、壊された箱庭のブロック玩具。

麻弥「だから……私はあの子にすべてを与えるつもりだった。あの子の定めを支えてあげられるのは、私しかいないはずだったから。なのに……あの子は自分の世界を見つけてしまった」
遥「……」
麻弥「あなたがいる世界を……あなたとの世界を……」

青い鳥が舞う。
その舞った先、完成した箱庭の玩具が。

麻弥「私はもうあの子と苦しみを分かち合うことができない。それをあの子が望まなかったから。悔しいけれど、あの子が望んだの。消したはずの遠い思い出……」

学校を象った箱庭である。

麻弥「さっさと行きなさい」
遥「え……!?」
麻弥「そんなにあの子と一緒に苦しみたいんだったら、一緒に苦しんであげて。それができるのはあなただけよ……遥ちゃん」

周囲を囲んでいた青い壁がカーテンのように落ち、夕陽に照らされた空が広がる。

麻弥「息子を頼みます……」
遥「……おばさま……私……」

麻弥が遥の背後を指差す。
遥が振り向いた先には、かつて自分と綾人が通っていた中学校が。

麻弥「急ぎなさい」
遥「おばさま!」

遥が麻弥のほうを振り向くが、既に麻弥の姿はない。

遥「ありがとう……行ってきます!」

校舎へと遥が駆け出す。


綾人の世界。
綾人と久遠が地下鉄出入口から外に出る。

綾人「え……!?」

周囲の景色は皆、水の中に沈んでいる。
電話が鳴る。
綾人が音の方を向くと、久遠が公衆電話の受話器を取っている。

久遠「あなたによ」

受話器を受け取る綾人。

綾人「もしもし……?」
恵「私よ……あのさ、あのね……この気持ち、何だろ」

久遠の傍らにテレビが置かれている。
画面の中で、恵が語りかける。

恵「私、あなたに伝えたい。私の気持ちを……あなたが、大好きです!」
綾人「恵……」

風鈴の音。

綾人「!!」

画面に朝比奈浩子の姿が映る。

朝比奈「伝えたい……伝えたかった……あなたに、知って欲しかった! 本当の私を……大好きだよ!」
綾人「朝……比奈……」
エルフィ「お前はムーリアンだ」

画面にエルフィ・ハディヤットが映っている。

エルフィ「だが、お前は戦友だ。かけがえのない仲間だ」
綾人「エルフィ……さん」
八雲「僕も君と同じだったんだ」
綾人「!?」

八雲総一が映る。

八雲「普通に接してくれる人がいたから……僕は人と繋がっていると感じられたんだ。君にもいるだろ?」
綾人「いないよ……そんな人」
八雲「気づいてないだけだよ」
綾人「え!?」

画面に一瞬、遥の姿が映り、テレビが切れる。

久遠「怖がらないで。人々の想いに耳を傾けて……」
綾人「……うん……」

画面に、これまで綾人が体験した様々な景色が映る。
そして、遥の姿が。

岬に跪く遥の姿。

遥「逢いたい……あなたに逢いたい……」
綾人「遥ぁっ!!」

再び電話が鳴る。
久遠が受話器を取る。

樹「僕たちはこの日のために生を受けた。でも選ばれるのはいつも兄さんだ。愛して欲しかった」


綾人のラーゼフォンが大地に叩きつけられる。
久遠のラーゼフォンがつかみ掛かる。
歌声が響く。
天空目掛けて黒い翼が伸びる。


夕陽に照らされた教室。
綾人の視界の中、ロングヘアの少女がピアノを弾いている。
14歳の遥である。
14歳の綾人が現れ、遥の元に歩み寄る。

綾人「そうか、そうだった……僕は、君とここで……」

綾人の様子を見守っている久遠。
青い鳥が舞い、久遠の肩に止まる。
隣に樹が現れ、久遠が樹に微笑みかける。

久遠「私も……受け入れなくちゃいけなかったんだよね……受け入れます。あなたたちを、等しく……」

樹と久遠が見詰め合う。
青い鳥が舞い、ピアノの上に止まる。
ピアノの前で、綾人と遥が見詰め合う。

久遠「失くしたものが見つかったのね……」
綾人「ようやく取り戻した。僕自身を。そして……君を!」
遥「神名くん……」
久遠「良かったわね……綾人」

14歳の綾人と14歳の遥が抱き合い、キスを交わす。


「寛容と調和と融合と、そして、光は無限の歓喜に包まれ、かくして世は音に満たされる……」


綾人のラーゼフォンの拳が、久遠のラーゼフォンの腕を掴む。
歌声が響く。
ラーゼフォンの翼が砕け、替わって巨大な光の翼が伸びる。
狂乱の如く光が乱舞し、次々に世界を包み込んでゆく。


バーベム「素晴らしい……これが、私の見たかったものだ……! 私が作ったものが世界を創り上げてゆく……!!」
弐神「そうですか……じゃあさぞかし満足でしょう」

弐神が懐から銃を取り出す。


銃声。


2体のラーゼフォンがひとつとなり、光と化し、歌声と共に世界を包み込む。


亘理が天を仰ぐ。

金湖月、恵、六道翔吾が、それぞれの想いを胸に天を仰ぐ。


地球全体がラーゼフォンの光に包まれ、そして地球自体が巨大な卵と化す。


殻が割れる音──


C O D A

Dandelion Girl


「そっちも元気にしてる? はいはい、メグのその声聞けばわかるわよ」

どこかの住宅。
女性の声が響く。

「……流石に、そっちほど暑くないけどねぇ。クーラー使いたいけど、ほら、うち赤ちゃんいるじゃない? あんまり使いたくないのよね〜」

ベビーサークルで、赤毛の赤ん坊が無邪気に寝ている。

「え? 久遠? 久遠も元気よぉ。元気すぎて困っちゃうくらい」

台所で、女性が電話をとっている。この声の主である。

「えぇ〜!? なぁに、また来る気なのぉ!? ……何よぉ、その『お義兄にいさん独り占め』ってぇ」

夫らしき男性が、油絵を描いている。

「仕方ないでしょう、この間は学会だったんだから。パパはもうすぐ助教授になるんだし」

机の上に、結婚式の写真、赤ん坊を抱いた女性の写真。
送り主に「鳥飼守 浩子」と書かれた手紙。

「もう、うるさいわねぇ……で? いつこっち来るの?」


男性が絵筆を置き、満足そうにキャンバスを眺める。

「できたのね」
「ん?」

背後の妻の声に気づき、振り向く。
妻が優しく微笑みかける。

「長かったわね……」
「あぁ、長かった──」
「おめでとう」

赤ん坊が目覚め、はしゃぎ出す。

「あ、ほら、あの子も喜んでる」

妻が夫の肩を抱く。


「ねぇ……」
「なんだい?」
「この子……誰なの?」
「知ってるくせに……」
「もう一度……聞かせて……」

「この子はね……」


岬に立つ少女の絵──


いつしか絵の風景が、現実となる。


黄色いワンピースの少女が岬に立ち、海を眺めている。
長い黒髪、スカーフ、スカートが風になびく。


1人の少年が砂浜の岩場に腰掛け、その少女の姿を絵に描いている。

「あ!」

絵に夢中だった少年が顔を上げると、いつの間にか少女がこちらを振り向き、微笑みかけている。

「あ……ごめん! 邪魔するつもりはなかったんだ。君がその……あんまり、絵になってたもんだから」

少年が照れ笑いして頭をかく。

「絵? 見せて!」
「え!? あ、うん……」

少女が嬉しそうに少年のもとに駆け寄り、スケッチブックを覗き込む。

「へぇ……うまいのね!」
「君、ここの人?」
「東京から来たの」
「僕も東京から。親父が遺跡調査でこの島に。それの手伝い」
「叔父もそうよ」

「あ、もしかして……六道さんの姪御さんて、君?」
「えぇ……」


「あ、ごめん。僕、綾人。神名綾人です」


「私、美嶋。美嶋 遥です」











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