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ニルスのふしぎな旅の最終回


さようなら
アッカ


ニルスの友達・オーサとマッツの姉弟は、消息不明だった父ハンスと再会し、ニルスの家を訪ねていた。

ハンス「それではこれで、失礼致します」
ニルスの父「いやどうぞ、また寄って下さい。ハンスさん」
オーサ「おばさん、さよなら。ニルスによろしく言ってね」
ニルスの母「えぇ、ありがとう。ニルスったらどこまで遊びに行ったんでしょうねぇ、困った子だわ」
ハンス「さぁオーサにマッツ、行こうじゃないか」
オーサ「さぁ、行こ」
マッツ「うん」

ニルスの家を去りつつ、マッツがオーサに耳打ちする。

マッツ「姉ちゃん、ニルスはこの家にいるようだね?」
オーサ「そうね……やっぱり、ラプランドで会った妖精はニルスじゃなかったのね」
マッツ「でも、よく似てたなぁ……」
ハンス「ほらほら、2人とも早く乗りなさい」
オーサ姉弟「はい!」

ハンスの馬車に姉弟が乗る。

ハンス「ほら。さぁ、行くぞ!」
オーサ姉弟「さようなら!」
ニルスの両親「さようなら……」

馬車が出る。

ニルスの父「あの家族もやっと幸せになったんだなぁ……」
ニルスの母「そうね……うちはいつになったら……」
ニルスの父「母さん……!」

鳥の声。父が屋根を見上げる。

ニルスの父「母さん、来てご覧」

母が屋根を見上げると、コウノトリのエメリックが飛んできて、屋根の上に降りる。

ニルスの母「まぁ……コウノトリが帰って来た」
ニルスの父「馬小屋の板切れに書かれていた文字と言い、母さん、これはきっと何かいいことがある前触れだよ」
ニルスの母「だといいんですけど……」


馬小屋では、ニルスとキャロットがオーサたちの様子を眺めていた。

ニルス「いいなぁ……オーサとマッツは……キャロット、行こうか」
キャロット「ニルス……」
馬「ニルス、どうしても行ってしまうのかい? 折角帰ってきたっていうのに」
ニルス「しょうがないさ。モルテンのためだもん。それに、こんな小さな姿、お父さんやお母さんに見せられないよ……」
馬「これからまた寒くなるよ? 渡り鳥なんかと一緒の生活じゃあ、辛くないかい?」
キャロット「うん、辛い……」
ニルス「でもさ、楽しいことだってあるさ! みんな愉快な仲間たちばかりだもの」
キャロット「うん、あるあるある!」
馬「夜はどうすんだい? 野宿じゃ寒いだろう……?」
キャロット「うん、寒いや……」
ニルス「……キャロット。お前はここに残ってもいいんだぜ」
キャロット「えぇ! そそ、そんなぁ?」
ニルス「お前ならこの馬小屋でだって暮せるし、お父さんお母さんに見つかったって、どうってことないじゃないか。俺は行くよ。アッカ隊長が待ってるんだ」

馬小屋を去ろうとするニルス。

キャロット「ニルスゥ! 違うよ、違うよ! 僕と君の仲じゃないか! そうだ……雲は行き水は流れる、所詮男は旅人なんだ……うん、僕って詩人だなぁ……」

キャロットも後を追う。
そのとき、馬小屋の窓から見えるのは、モルテン一家が飛来する姿。

ニルス「モルテン!?」


ニルスの家の前に、モルテンたちが舞い降りる。

モルテン「イヤッホゥ! ははっ、着いた着いたぁ! とうとう俺は帰って来たぞ! さぁみんな、並んだ並んだ! 見てくれ! ここが、ここが俺の故郷なんだぁ! ほほぉ〜池もある! この土の匂い! いいなぁ……懐かしいなぁ!」

大喜びのモルテンとは対照的に、妻のダンフィンや、ニルセンを始めとする子雁たちはなぜか静まり返っている。

モルテン「どうしたんだぁ、みんな? 父ちゃんの故郷を見て、嬉しくないのか?」
子雁たち「だってぇ」「ねぇ……」
ニルセン「父ちゃん、俺たちこれからここで暮すのかよ?」
モルテン「当ったり前だろぉ? その件についちゃよぉく話し合ったじゃないかぁ!」
ニルセン「そりゃあまぁ、父ちゃんやニルスが育った家だから期待はしてなかったけどよ、汚ったねぇ家だなぁ」
子雁たち「幻滅──!」
モルテン「カーッ、何を言うか! いいか、お前たち? 外見で物の値打ち決めちゃあいけないよ? ニルスのお父さんやお母さんは、本当に優しい人たちなんだ。ダンフィン、君まで子供たちと同じ考えなのかい?」
ダンフィン「違うのよモルテン。私はただ、人間が住んでいる家に近づくのが恐いのよ」
モルテン「ははっ、そっか。それなら大丈夫だよ。この家には気のいい動物たちが沢山いるんだ。ほら、池には俺の仲間たちが……」

池には何もいない。

モルテン「庭にゃあ、雄鶏や雌鶏……が?」

庭にも何もいない。

ニルセン「どこにいるのぉ?」
子雁たち「いないよねぇ……」
モルテン「おかしいなぁ……みんなどこへ行っちまったんだ?」

ニルスが家を去って以来、家は不幸続きで、多くの動物たちが消えてしまったことをモルテンは知らない。
そして、ニルスにかけられた魔法が解けるには、代償としてモルテンが晩餐とならなければならないことも知らない……。

ニルス「そうだモルテン、帰れ、帰るんだ!」
キャロット「帰れ、帰れ!」

モルテンのもとへ雄鶏がやって来る。

雄鶏「おぉい、モルテンじゃないか!?」
モルテン「あいやぁ、鶏の父っつぁん! うわぁ、元気だったぁ?」
雄鶏「こりゃあ驚いたぁ! お前、いつ帰ってきたんだよ? 何かこう、逞しくなったなぁ! えぇ、おい? お? 相変らずロープを付けてんのか。あのニルスの奴がいけないんだ! あーっ! あのいたずら小僧、どこへ隠れちまったんだろう!?」
モルテン「え!? ニルスはもう帰って来てんのか?」
雄鶏「あぁ、朝方な。とっちめてやろうとしたんだが、ニルス! 出て来ぉい! ……まぁいいや。それよりモルテン、ラプランドの話をしてくれよ、な? ……ん?」

雄鶏がダンフィンたちに気づく。

雄鶏「モルテン、あれは、あれは!?」
モルテン「ははっ、父っつぁん、紹介しよう。俺ラプランドで結婚したんだよ」
雄鶏「結婚? ひえーっ、結婚っ!? ひえーっ!」
モルテン「父っつさん、へへっ、俺の女房のダンフィンなんだよ」
ダンフィン「はじめまして」
雄鶏「ひぇーっ、驚き!」
モルテン「それに、俺の子供たちだ」

そこへ老犬もやって来る。

老犬「モルテン……モルテンじゃないか? おぉ、やっぱりガチョウのモルテンだ」
モルテン「あいやぁ、しばらくしばらく! はっはっは……誰だっけ?」

ずっこける老犬。

キャロット「ニルス、このままじゃモルテンはこの家に居座っちゃうぜ。本当のことを教えてやった方がいいんじゃないのかな」
ニルス「そんなこと言えるもんか! あいつの身にもなってみろよ。意地を通して、ラプランドまで行ってきたんだ……長い旅で疲れてるんだよ」
キャロット「長い旅で疲れてんのはモルテンだけじゃないよ? それにいくらニルスがこの家を出て行ったって、モルテンが殺されちまったら同じだろ?」
ニルス「……」
キャロット「旅を続けんならモルテンと一緒に行こうよ! グスタのデコボコ頭なんか乗りたくないよ、僕は!」


一方、アッカ隊長たち雁の群れ。

グスタ「ヒェークション! 誰だ、誰だい! 俺の噂こいてやがんのは……」
ラッセ「風邪ひいたんでねぇの? すぐ冬だもんなぁ。独身には堪えんでしょうねぇ」
グスタ「ケーッ! 余計なお世話でござりますです! きっとどっかで可愛い雌雁が俺の噂してんだよ! 『あら、ラプランドでお見かけしたグスタ伯爵って素敵だわん、まだ独身かしら』」

風が吹きすさぶ。

グスタ「乗らねぇなぁ……」

静まり返っている雁たち。

グスタ「あ〜あ、あいつらがいなくなるってぇと、こうも寂しくなるもんかなぁ……」

じっと立ち尽くしているアッカ隊長。

グスタ「嫌だねぇ〜」


ニルスの家。
モルテンの子雁たちが賑やかに騒いでいる。

モルテン「静かに、静かに! さぁ、今日からお前たちの仲間になる、この家の動物たちを紹介してやるぞ。まぁみんなまずい面してっけど、付き合ってみればいい奴だってことがわかるから! な、父っつぁん?」
雄鶏「モルテン、そ、それがなぁ……」

キャロット「ニルスゥ、早く早く! 早くしないとモルテンたち、こっちへ来ちゃうじゃないか!」
ニルス「よぉし……全部モルテンに話してやる! おぉい!」
キャロット「おぉい!」

ニルスがモルテン目掛けて駆け出そうとしたとき、家の窓が開き、母が顔を出す。 慌ててニルスが物陰に姿を隠す。

ニルスの母「あら……?」

家の庭へやって来るモルテンたち。

ニルスの母「あなた、ちょっと来て」
ニルスの父「どうしたんだ、母さん」
ニルスの母「ほら、あそこに」
ニルスの父「こりゃあ驚いた! ありゃ確かにガチョウのモルテン!」
ニルスの母「灰色雁まで一緒ですわ」
ニルスの父「本当に今日は不思議なことが、次から次へと起こる日だなぁ……出てったものがみんな戻って来る!」
ニルスの母「ニルスも帰って来てくれるといいんですけど……」

ニルス「母さん……」


両親が外に出てくる。

ニルスの父「でもね母さん。私はちょっぴり安心したよ」
ニルスの母「何がですの?」
ニルスの父「何ね、私はニルスがモルテンを盗んで家出したとばかり思っていたんだ。でも、あのモルテンの様子じゃ、違っていたようだ」
ニルスの母「まぁ……」

キャロット「あ、ニルス、モルテンが!」
ニルス「あ……!」

両親がモルテンたちのもとへ。

モルテン「や、やぁ〜! ほら、ここへやって来るのがニルスのお父さんとお母さんだ! みんな、挨拶するんだぞ!」

ニルス「モル……」


コウノトリのエメリックの傍らには、ニルスに魔法をかけた老妖精が佇んでいる。

エメリック「うーん……妖精の爺さん、何とかならぬのでござるか?」
妖精「何事も運命じゃ。どうにもならぬ」


ニルスの父「モルテン……よぉく帰ってきたなぁ……」
ニルスの母「可愛い奥さんまで連れて……これみんな、お前の子供たちかい?」

ニルセンたちがガァガァと鳴く。

ニルスの母「フフ。まぁ、見てくださいな、あなた。この子モルテンにそっくり!」
ニルスの父「さぁおいで。お前たちの家へ、案内してやろう。しばらく、牛小屋へでも入れておくかい、母さん」
ニルスの母「そうですわね」
ニルスの父「そのうち、立派な小屋でも作ってやろう」

ニルスの父がモルテンを、母がダンフィンを抱き、牛小屋へ運んで行く。
子雁たちが後に続く。

キャロット「ねぇねぇ、モルテン大丈夫みたいじゃない?」
ニルス「うーん、だったらいいんだけど……」

エメリック「何事も起きないようでござるのぉ」
妖精「いやいや、安心するのは早いぞ、エメリック。ニルスに魔法をかけた時から、今日の運命は決まってたのじゃ。そりゃわしの力ではどうにもならぬ成り行きなのじゃ。魔法の世界の約束でな……」


ニルスの父「そうだ! 確か明日は、聖マルタン祭……カーターさんが、雄のガチョウのいいのを欲しがっていたっけ」
ニルスの母「えぇ、お祭りの日はガチョウを食べるのが習わしですから……」
ニルスの父「……」
ニルスの母「あなた! まさか、まさかモルテンを!?」
ニルスの父「仕方ないじゃないか……今うちは、たとえ僅かでもお金が欲しい。蒸し焼きにして、カーターさんに買ってもらおう」
ニルスの母「……よりによって、聖マルタン祭の前日に帰って来るなんて……」

ニルス「な、何だって!?」
キャロット「ニルス、ど、どうしたんだよ、ニルス?」
ニルス「モルテンが殺される!!」
キャロット「えーっ、やっぱりぃ!?」

ニルスの父は、ダンフィンたちを牛小屋へ入れて扉を閉じ、モルテンを抱いたまま自宅へ戻る。

モルテン「違う、違う! 俺も小屋へ入れてくれよ!」
ニルセン「父ちゃぁん! どうしたんだよぉ!」
ダンフィン「あなたぁ! モルテン!」
モルテン「どういうわけだぁ! なぜ俺たちを別々にするんだぁ!? ダンフィン! 坊や! 坊やぁ!」
ダンフィン「モルテン、モルテン!」
ニルセンたち「父ちゃぁん!」

モルテンたちの言葉は、人間であるニルスの両親に通じるはずもない。
ニルスが牛小屋へ駆け寄る。

ニルス「ダンフィン、ダンフィン!」
ダンフィン「その声はニルスね? 教えて! これは一体どういうことなの!? あなたのお父さんやお母さんは、モルテンをどうしようっていうの!?」
ニルス「そ、それは……」
ニルセン「やいニルス、ひどいじゃないか! あんまりじゃないかぁ! 父ちゃんはなぁ、ニルスのパパやママは優しいから、だから一緒に暮そうって、僕たちをここへ連れて来たんだぞ! それが何だ! 僕たちをここへ閉じ込めて、父ちゃんに何をしようっていうんだ!? 説明しろよニルス!!」

自宅からモルテンの声が響く。

モルテン「わーっ、何するんだぁ! 助けてくれぇ!」
ニルセンたち「父ちゃぁん!」
ダンフィン「あなた! モルテン!」
モルテン「ダンフィ──ン! ニルス──!」
ニルス「やめろ……やめろぉぉ──っっ!!」
キャロット「あ、ニルスゥ!」

たまりかねたニルスが、自宅へ駆け出す。

妖精「あぁ、いかん! ニルス、行っちゃいかん!」

ニルス「お父さん、お母さぁん! お願いだよ! お願いだから、モルテンを、モルテンを殺さないで! 殺さないでぇ──っ!!」


玄関に駆け寄ったニルスが、小さな体のまま、必死にドアを叩く。

ニルス「お父さん、お母さぁん! モルテンを殺さないで! お父さぁ──ん!!」
モルテン「助けてくれぇ! 嫌だ、嫌だぁ!!」
ニルス「開けろぉ! ここを開けてくれよぉ!!」

ニルスが帽子に付いているホイッスルを必死で吹き鳴らす。


台所では、ニルスの父がモルテンをしめようとしている。

ニルスの母「あなた、玄関に誰か来てるようですよ」
ニルス「開けてよぉ! モルテンを……助けてよぉ……」

母が玄関へ向かう。
そして、ドアが開かれる……

ニルスの母「どなた……?」

ドアが開いた瞬間、光が満ち──家へ駆け込むニルス。
その姿は何と、魔法が解け、元の大きさへと戻っている。

ニルス「モルテ──ン!!」
ニルスの母「まぁ……!?」

母がニルスを追っていくと、台所でニルスが泣きじゃくりながらモルテンを抱きしめている。

ニルスの母「ニルス……!?」
ニルス「うぅっ……殺さないでぇ! モ……モルテンを助けてよぉ……!」
ニルスの母「ニルス! お前、まぁ……」
ニルス「お母さん、モルテンを助けて! お父さん、モルテンを殺さないでぇ!!」
ニルスの父「ニルス……!?」
ニルスの母「ニルス……よく帰って来てくれたわね……!」
ニルスの父「今まで、どうしていたんだい?」

ふと、我に返ったニルスが、自分の体を見つめる。

ニルスの母「どうしたの、ニルス?」
ニルス「あ……体が……? 俺の体……?」
ニルスの父「おかしな奴だなぁ……体がどうかしたのか?」
ニルス「元に戻ってる……? 魔法が解けたんだ!」
ニルスの父「えぇっ……?」
ニルスの母「ニルス……!」
ニルス「お母さぁん!!」

母の胸に飛び込むニルス。

ニルスの母「ニルス……よく無事で……!」
ニルス「お母さん!」
ニルスの父「母さん、私が言った通りじゃないか。今日はいいことが続く日だって」
ニルスの母「えぇ……こんないいことはありませんわ!」
ニルス「あっ、そうだ! お父さんお母さん、モルテンを殺さないで! ね、ね、いいでしょ!?」
ニルスの母「あなた……」
ニルスの父「あぁ。いいとも、ニルス。モルテンを外へ出してやりなさい」
ニルス「良かったぁ……さぁ、モルテン、おいで。ダンフィンや、子供たちが待ってるよ」

ニルスがモルテンを抱き上げ、玄関を出る。

ニルスの父「母さん……ニルスは、どこか変わったと思わないか?」
ニルスの母「えぇ……前より何か、逞しくなったみたいですわね……」


玄関を出たニルスを見て、妖精が驚く。

妖精「や! や、や、や!?」
エメリック「あ、なるほど。こういう仕掛けだったのでござるか。もう〜気を持たせて、憎い、憎いよ爺さん!」
妖精「ち、違う、エメリック! ふぅ〜む……?」


ニルスがモルテンを牛小屋の前に降ろすと、首にかかっていたロープを解く。

ニルス「ごめんよモルテン……長い間、このロープが邪魔だっただろう?」

モルテンはガァガァと鳴くのみ。

ニルス「あ……そっか……魔法が解けたら、お前たちとはもう話すことができないのか……」

そこへ、キャロットもやって来る。キャロットも元の大きさだ。

ニルス「キャロット! お前も魔法が解けたんだね」

ニルスが手を差し伸べると、キャロットが手から腕を駆け登って肩に止まる。

ニルス「さぁモルテン、みんなに会わせてやるぞ」

ニルスが牛小屋の扉を開ける。
モルテン一家が無事、再会を遂げる。

妖精「そうか、そうか、ふむふむ」
エメリック「何が『そうかそうかふむふむ』でござるか?」
妖精「いや何、エメリック。わしの魔法を解いたのは、あのニルス自身の心だったってことさ」

ニルスがモルテンたちを、池へと案内してゆく。

妖精「自然や動物を本当に愛するようになったニルスの心の成長が、魔法を解く力となったのじゃよ。はぁ〜、やれやれと」
エメリック「どこへ行くのでござるか?」
妖精「ん? もう何も言うな! わしゃ疲れた。この家の隅っこで休ませてもらうよ。何しろ、人間の幸せを守るのが、わしの力なんでな」

妖精が姿を消す……


池で泳ぐモルテンたちと、ニルスが戯れる。

ニルス「ほら。ははっ!」

その様子を窓から、ニルスの両親が眺めている。

ニルスの母「あなた、見て下さいな。動物を苛めてばかりいたニルスが、ほら、あんなに!」
ニルスの父「半年以上も、外で何をしていたのかわからないが、きっとニルスにとっては、いい経験だったに違いないよ。母さん、あの子がどこで何をしていたのかは、聞くのはやめておこう。今の私たちには、あの子が立派に成長して帰って来た……それだけで充分なんだから」

ニルス「ほぅら!」

ニルスがニルセンを抱き上げる。
ニルセンがふざけて、ニルスの顔をくちばしで突く。

ニルス「よ、よせよぉ。ははっ!」


夜。 両親がニルスの部屋を覗く。

ニルスの父「ニルスは寝たかい?」
ニルスの母「えぇ、ぐっすり。ほら……」

ニルスがベッドに就き、ぐっすり眠っている。胴の上ではキャロットも寝ている。

ニルスの父「おやすみ……」


ニルスが寝返りを打つ。
転がり落ちて目を覚ましたキャロットが、布団の中に潜り込み、また寝に入る。


ニルスの夢の中。

空を旅する雁の群れ。大自然の中の動物たち、植物たちの姿──
アッカ隊長の声が響く。

アッカ「いいですか、ニルス。これだけは忘れないで。この空も、あの森も、湖も、人間だけのものではありません。私たち鳥や動物、そして草や木や花、この地上で生きているみんなのものであることを……ニルス、忘れないでね」


ふと、ニルスが目を覚ます。

ニルス「はっ……アッカ隊長!?」

どこからともなく、アッカ隊長の声が響く。

アッカ「ニルス……明日の朝、この先の岬へ戻っておいで。待っていますよ」


翌朝。まだ朝もやも明け切らない内、ニルスが家を出る。
モルテンたちは池のほとりで、まだ眠っている。

ニルス「モルテン、俺……アッカ隊長に会ってくるよ!」

駆け出すニルス。


やがて、岬の先。
アッカ隊長たち、雁の群が翼を休めている。
喜んで駆け寄るニルス。

ニルス「おぉ──い! アッカ隊長──っ!!」

元の大きさに戻ったニルスに驚いたか、雁たちが一斉に、空の彼方へと飛び去ってしまう。

ニルス「あ? おい、アッカ隊長! 俺だよ、ニルスだよ! グンナー! イングリットー!」

ニルスが帽子のホイッスルを吹き鳴らして手を振るが、雁たちは姿を消したままである。

ニルス「そうか……みんな、俺が元の通り大きくなったんで、わからないんだ……」


ニルス1人が残された岬に、無情に波の音だけが響く……。


しかし──やがて、アッカ隊長を先導に雁たちが舞い戻って来る。

ニルス「アッカ隊長!」

雁たちがニルスのもとに舞い降りる。

ニルス「俺だよ、ニルスだよ」

ニルスが歩み寄る。他の雁たちは後ずさりするが、アッカ隊長は微動だにせず、じっとニルスを見上げている。

ニルス「約束通りやって来たんだよ。どうしたの? 俺がわからないの? ……そうだよね。もう言葉が通じないんだもんね……」

アッカ隊長が自ら、ニルスに歩み寄る。
もはや言葉が通じず、そのくちばしからは、クークーという鳴き声が漏れるのみ。

ニルス「アッカ隊長……」

ニルスが悲しげにアッカ隊長を抱きしめる。
やがて、笑顔を作って話し始める。

ニルス「みんな元気だよ! モルテンは無事だし、ダンフィンと仲良くやってるさ。キャロットも、元の大きさになれたんだ。妖精の魔法が解けたんだよ! でも、俺はもう、みんなと話すことができなくなっちまった……一緒に旅をすることもね……お別れを言いに来たんだ。アッカ隊長……」

水平線から日が昇る。
副隊長のグンナーの一喝で、雁たちが一斉に飛び立つ。渡り鳥である雁たちの、旅立ちの時が来たのだ。
アッカ隊長も名残惜しそうにニルスの方を振り向きつつ、飛び去る。

雁たちがニルスとの別れを惜しむように、ニルスの頭上をしばし旋回し、やがて飛び去る。

ニルス「約束するよ! 俺はこの大地を大切にするってことをさぁ!!」

雁たちの群が、朝の空を舞う。

ニルス「春になったらまた来てご覧! 畑は緑で綺麗だぁ!!」

雁たちが海の彼方へと飛んでゆく。
ニルスの目に涙が滲む。

ニルス「野原にはね、花が一杯咲いてさ……きっと君たちだって満足するよ!」

涙を拭い、大きく手を振るニルス。

ニルス「おおぉぉ──い!! ラプランドへ行ったらゴルゴによろしくね──っ!! みんなーっ! 今までありがとぉ──っっ!!」

雁たちの群に向けて、必死に叫び突けるニルス。

ニルス「俺たち、いつまでも友達だよなぁ──っ! 仲間だよねぇ──っ!!」


雁の群が、水平線の彼方へと姿を消す。

アッカ隊長たちの旅立ちを見送るニルスの顔に、ようやく笑顔が浮かぶ。


朝焼けの中、アッカ隊長率いる雁たちの群が、海の向こうの外国を目指して飛び去ってゆく──


(終)
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