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モンスター 最終章「本当の怪物」



「私は、彼を愛した……………
 彼は、あの男に殺された……
 それは、あの男の実験だった……
 私は、あの男を決して許さない……」
広い平原、大きな木の下のベンチに座り、女性はぽつぽつとテンマに話をしていた。
「私が死んでも……私の中でどんどん大きくなっていく子供達が………
 必ずあの男に罰を下す……………」
女性は相変わらず俯いていた。

女性は自分の手を見つめ、そのまま話を再開した。
「手をはなさないで………………手を………」
女性をテンマが見つめる。
女性の手は震えていた。
「本当の怪物は………………誰……?」
ふと、女性がテンマに尋ねた。
「あの子達は………生きているのね……?」
「ええ……元気です………」


「ハッハッハッハッ……」
ニナは走っていた。焦りの表情が見て取れる。
息も荒いようだった。


テンマの答えを聞くと、女性は涙を流した。
「よかった………」
しばらく間をあけて、女性は続けた。
「思い出したの…………」
「何をですか………?」
「二度と思い出せないかもしれない……
 今……言わなきゃ……
 あの子達に、名前をつけていたの………………」
女性は俯いていた顔をあげた。
「あの子達の名前はね………」


―――ハイデルベルグ大学法学部
「ハァ ハァ ハァ」
「あいかわらずの遅刻常習犯だな。約束の時間に10分遅れだ」
息を荒げ、部屋に入ってきたニナを男が仏頂面で迎えた。
「ハァ ハァ すみません、クロネッカー教授………」
「ふん、まあいいだろう。今日はなんのために呼び出されたのか、わかっているだろうね?」
「……!」
「君の卒業論文に関してだ」
ニナは不安げな顔をした。
「前に出たまえ」
「は…はい」
ニナはおずおずと指示に従った。
「君にいろいろあったのは知っている。休学中の遅れをとりもどすのも、大変な苦労だったろう」
「でも、それは……成績の言い訳にはなりませんし……」
「そのとおりだ」
クロネッカーは相変わらずの仏頂面でそう答えた。
「ところで、君の論文だが……」
ニナの表情は硬いままだった。
「トップだ」
信じられない、という顔をニナはした。
「これは、私が教えたこれまでの学生の中で、最も優れた論文だ」
クロネッカーは手に持っていたニナの論文から目を離し、ニナ本人に向けた。
「よくがんばったな。私は君を誇りに思う」
「あ………」
ニナの目に涙が溜まった。
「ありがとうございま………」
「君の志望は!?」
「!!」
ニナの言葉を途中で切り、クロネッカーは尋ねた。
「はい……弁護士です」
「ふむ……君によって多くの人が救われることを祈る。さがってよろしい」
「はい」
ニナの目から涙がこぼれた。
ニナは部屋を出ようとドアの前に立った。
「ただし……!」
「!!」
ニナは振り返り、クロネッカーを見た。
「法廷で遅刻は許されないよ。フロイライン・ニナ・フォルトナー」
クロネッカーは微笑んでいた。
「はい!!」

ルルルルル
ニナの携帯電話がなった。
「はい、もしもし……あ、ディーター?」
「卒業どうだった?だめでも僕がついているよ」
「あら、たのもしい。今度会った時なぐさめてもらおうかな」
「もったいぶったって、声でわかるよ。やったんだね、おめでとう!!」
「すぐにってわけにはいかないんだ。アルバイトあるし…友達との予定もけっこうつまってるし……」
「なに言ってんだよ!テンマ帰ってくるんだよ!」
ニナはキョトンとした。
「さっき電話があったんだ。でもまた、すぐにMSF(国境なき医師団)で外国行っちゃうんだってさ」
「いつ!?」
「明日には帰るって。だから、ニナも早く………」
ニナは駆け出した。
「あ…ニナ、明日の予定なんだけどさ……………」
「ごめん、ちょっと行けなくなった!!」
道で出会った友人に謝罪しつつニナは駆けていた。
「テンマ………テンマに会える……テンマ………」

―――バイエルン州立警察病院
カツ カツ
「あ、こんにちは」
「ご苦労様です」
テンマは廊下ですれ違った看護師に挨拶し、ある病室に入った。

……ヨハンの病室だった。
ベッドに寝ているヨハンを見、パイプいすに腰掛けた。
座ったままテンマはヨハンに語りかけた。
「あれからずっと、眠り続けているね………聞こえるかい?」
ヨハンはピクリとも動かない。
「君のお母さんと話をした………君を愛していた……………
 君の本当の名前を聞いた………君には名前があった………」
時間が流れた。
目を覚まさぬヨハンの腕には点滴のために注射針が装着してあった。
カーテンをしているため、窓からはやわらかい光が入ってきていた。

テンマの目の前に、ベッドから起き上がったヨハンの姿があった。
その目はテンマを見据えていた。
ドッ ドッ
心臓が高鳴る。
「Dr.テンマ……あなただけに聞いてほしいことがある」
ドッ ドッ
テンマは目をそらせない。
「あの時…………あの怪物が僕の前に現れた…………」


「やめてェェ!!この子達に手を出さないで!!」
「やだああ!!」
男達がヨハンとニナを連れて行こうとしていた。
まだ子供だった二人は母親に抱きかかえられていた。
「近よらないで!!」
「これは実験だ。どちらかを残して、どちらかを連れていく」
母親の表情が固まった。
「これは実験だ」
男が言った。
「さあ、どちらを連れて行く…?」
母の両手にはニナと、女装したヨハンがつかまっていた。
「はなさないで………………」
「はなさないで………………」
「はなさないで………………」
「母さん……」
「手を……はなさないで……………」
「母さん……」
懇願する子供たちの声を聞きながら、母親の顔には冷静さが戻っていた。
「こっち………いえ………こっち」
そう言うと、右手につかまっていたニナが差し出された。
「やだあああ!!」


「母さんは僕を助けようとしたの………?僕と妹を間違えたの?どっち……?」
テンマの額に汗が浮かぶ。
「いらなかったのは、どっち……?」


「は……!!」
気が付くとテンマはパイプいすで眠っていたようだった。
ヨハンはベッドに横たわっている。
先ほどのヨハンはテンマが見た夢だったのだろうか……?

「そろそろ行くよ………」
テンマはしばらく無言でヨハンを見た後、病室を去った。
病室を出る際、テンマはヨハンを見た。
ヨハンは相変わらず横たわっているだけだった。



モンスター おわり

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