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最終話 「黒執事」



霧深い水面を進む一艘の小舟。
乗っているハンナは、目を閉じたシエルを膝枕して静かに歌を歌っている。長いオールで舟を進ませるのはセバスチャンとクロード。


―薔薇迷宮の回想―
迷宮にそびえる時計台の中、セバスチャンとクロードに対峙するハンナ。その腕には意識のないシエルを抱えている。
ハンナ「だんな様は、シエル・ファントムハイヴの身体を支配したまま私と契約した。哀れシエル・ファントムハイヴの魂、もはや表に出ることは叶わない。だんな様の魂が、契約により解放されるまでは」
微笑むハンナの左目の包帯に火が起こり、焼け落ちる。開いた瞳にはアロイスとの契約印が浮かぶ。
セバスチャン「その契約内容は……アロイス・トランシーの願いとは?」
ハンナ「私とだんな様の秘密です」
クロード「フン、調子に乗っている」
ハンナ「ただ、これだけはお伝えしておきましょう。だんな様の願いには、貴方たちどちらかが悪魔としての生を終えることが含まれている」
両手でクロードとセバスチャンそれぞれの頬を撫でるハンナ。
ハンナ「どちらかが勝利し、そして私とだんな様の契約が成立した暁に、だんな様からシエル・ファントムハイヴの魂は解放される。その後は……」
クロード「ハンナ、貴殿を縊り殺せば」
ハンナの唇が笑みの形に歪む。
ハンナ「私のはらわたは高貴な青に輝き……シエル・ファントムハイヴは生き返る」


暗い空の下、『死の島』に降り立ったセバスチャンたち。
クロード「悪魔のサンクチュアリであるこの死の島……。怒りに任せ、随分と派手に壊したようだ、セバスチャン・ミカエリス」
横目でセバスチャンを見て嘲笑するクロード。
セバスチャンは表情を変えず、「ハンナさん、ここに私たちを連れてきたということは……」
石造りのベンチにシエルの身体を横たえ、ハンナが言う。「ここであなた方が行うのは、正式なる悪魔の決闘」


暗闇に浮かぶ空間。シエルとアロイスが背中合わせに座っている。
シエル「馬鹿らしい。何が悪魔の決闘だ」
アロイス「フフ、笑っちゃうよね。いい歳ぶっこいた男が必死にさ」
シエル「アロイス?」
どこか吹っ切れたようなアロイス。神妙な顔で、「……願いが叶ったらオレ、きっちり死んで、ハンナに魂を食べてもらうよ。そしたら、この身体は返すから」
シエル「この身体、か」
アロイス「……悪いことしたよシエル。でも、セバスチャンにもクロードにも愛されてるんだから、贅沢すぎの罰だよ」
シエル「愛? 気色が悪い」
アロイス「え?」
シエル「お前はセバスチャンを分かっていない。アイツが契約の内容を知ってしまったときに、どう動くか」


『死の島』地下空洞。鉱物の結晶が不気味に輝いている。
口を使って白手袋を外すセバスチャン。
片手でハンナを抱きかかえ、その口を開かせるクロード。
セバスチャンはハンナの唇に軽く触れると、そのまま口に腕を突き込み、魔剣レーヴァテインを抜き取る。
目に涙を浮かべえづくハンナ。
ハンナ「う、ぐうぅ……っ、ごぼっ」
口から長剣を抜き去られ、息を切らせながらもクロードの手を払いのけるハンナ。
口元を拭って立ち上がり、セバスチャンから剣を受け取る。
ハンナ「……全ての攻撃は悪魔にとって致命傷にはならない。ですが、悪魔の剣によってつけられた傷だけは、二度と癒えることなく……そして」
洞窟の天井に剣を投げ突き立てる。
ハンナ「悪魔の剣にて貫かれたその魂は、完全なる終わりを迎える」
ハンナを間に対峙するセバスチャンとクロード。
ハンナ「いざ」
クロード「一つの剣を用いて」
セバスチャン「一つの魂を巡る戦いを」
右手を掲げるハンナ。それを合図に2人が動き出す。
クロード「坊ちゃんの魂に歯をめり込ませるのは私!」
先に剣へと手を伸ばすセバスチャン。クロードは歯噛みすると蜘蛛の糸で剣を絡め取る。
セバスチャン「!」
剣を手にし、構えるクロード。
クロード「鋭く、深く! めりめり……めりめりと!」
その気迫のままセバスチャンに斬りかかるクロード。
紙一重のところで猛攻をかわすセバスチャン。
セバスチャン「このように狭いところでは思うように動けませんので」
余裕の笑みを浮かべ、セバスチャンが剣に手をかける。
クロード「くっ」
高みから舞い降り、奪った剣を深々と地面に突き立てるセバスチャン。「この死の島ごと、めりめりさせていただきましょう!」
地響きを立て、岩の地面に亀裂が入っていく。
クロード「何!」
洞窟の岩壁が崩れていく。
ハンナ「だんな様!」
シエルの身体を抱きかかえ、岩壁を足場に跳躍して地上へ脱出するハンナ。
クロード「セバスチャン・ミカエリス……!」
にらみ合い、ぶつかり合う2人。


荒れる波。戦いの余波で島の形そのものが崩れていく。
地上で攻防を続ける2人。
セバスチャン「くっ!」
クロードの一撃で、セバスチャンの手から剣が落ち、深い崖下に吸い込まれていく。
セバスチャン「その剣は――」
クロード「その魂は!」
崖下に剣を追い、手を伸ばす2人、同時に叫ぶ。
「――私の物!!」


暗い空から水滴が落ちてくる。
ハンナ「雨……ですね」


シエル「僕の復讐は既に完了している。僕の残りの命は、アイツに魂を食らわせる、それだけのためにあった」
アロイス「それが、オレとハンナが交わした契約のおかげで台無しになった」
シエル「哀れな悪魔だ。何も知らず戦い、何も知らないまま、たとえ勝利したとしても――」


崖下で激しい攻防が続く。互いの瞳が悪魔の赤色に輝く。
剣を奪うことに成功したセバスチャン。
クロードの足場が崩れる。
クロード「!」
小さく笑って剣を振りかぶるセバスチャン。


シエル「その暁に手にする物は……」


クロード「ぐああ!」
セバスチャンが相手の胸に剣を突き立てる。
空を仰ぐハンナの、髪で隠れた左目から涙が流れる。


薄く笑みを浮かべるセバスチャン。「これでもう、坊ちゃんをめりめりすることはできませんね」
クロード「坊、ちゃんの……魂……」
眉をひそめるセバスチャン。
虫の息で呟くクロード。
クロード「坊……ちゃんの……、甘やかな魂を巡って迎えるこの死は……、腐り落ちる際に尚……芳醇な香りを放つ……」
セバスチャン「坊ちゃんの魂? 笑わせる」
クロードを見下ろし、酷薄な笑みを浮かべるセバスチャン。
セバスチャン「あなたはアロイス・トランシーの魂により翻弄され、彼の思惑によって死ぬ」
2人を見つめる大きな鴉。
セバスチャン「あなたは最後まであの少年の支配下にあったのですよ」
クロード「……アロイス……トランシー……? ぐ、ゴボっ」
大量の血を吐くクロード。
静かに見つめるセバスチャン。
クロード「……眼鏡を」
セバスチャン「え?」
クロード「……スペアが、胸元に……」
そっと胸ポケットの眼鏡をかけさせてやるセバスチャン。
クロード「悪魔という……長い長い怠惰な生に……彼が波紋を作り出したのならば……、アロイス・トランシーの魂も……めりめりする価値の、あるものだったのかも、しれ……ない……な」
セバスチャン「これほどの致命傷を受けて、よくぞここまで舌が回りますね」
クロード「ああ……しかし、そろそろ終末のときがやってきたようだ」
セバスチャン「では、最期の言葉を」
クロード「ああ」
眼鏡のブリッジを中指でクイっと上げるクロード。
クロード「……情熱を不実に、偽りを真実に、野良犬を伯爵に、……それが……、の、しつ、じ……」
目を閉じ事切れるクロード。
静かに見つめ、立ち上がるセバスチャン。鴉が飛び立つ。
セバスチャン「最期は誰の執事として消えたのですか、クロードさん」


弾かれたように顔を上げるアロイス。「クロード!!」
シエル「終わったな」
目を閉じ、静かに開くアロイス。
アロイス「ああ、終わった」
切ないような、爽やかなような、小さな笑みを浮かべる。
シエル、背後を振り返り「満足か?」
アロイス「どうだろう……もう、よく分からない。でも……」
シエル「でも?」
アロイス「もう……よく分からないままで、いいや」
笑みを刻むアロイスの唇。白い光に包まれていく。
光が消えるのを見届けたシエル。一人になり、立ち上がる。
シエル「さあセバスチャン、真実はすぐ目の前だ。全てを知って、お前はどう動く」


海に面した崖の上。セバスチャンの前で、ハンナがシエルを抱きかかえている。
ハンナ「しあわせが……訪れました」
感極まったような切ない笑顔のハンナ。腕の中で眠るシエルを見つめる。
ハンナ「ああ……! だんな様。クロードが、あなたを認めた――……!」
セバスチャン「ハンナさん」
ハンナはセバスチャンを振り返り、「これで私とだんな様の契約は成立しました。あとは私を殺せばいい。あなたの坊ちゃんは、その肉体を取り戻すでしょう。ですが……」
悲しげな表情のハンナ。その足元の崖が崩れていく。
ハンナ「肉体が戻ったところで、シエル・ファントムハイヴは、あなたにとって死人も同然なのです」
セバスチャン「!?」
ハンナ「私たちのしあわせは、これで完結する。シエル・ファントムハイヴは……」
言い終える前に、足元が大きく崩れる。シエルを抱いたまま海に投げ出されるハンナ。セバスチャンは手を伸ばすが届かない。穏やかな表情のハンナの唇が動き、真実を伝える。目を見開くセバスチャン。
髪をなびかせ落ち行く2人。大きな音を立て波間に飲まれる。セバスチャンはすぐさま海に自らの身を投じる。


薔薇迷宮・時計台の回想。
シエルの身体を乗っ取ったアロイスがハンナに聞き返す。「……契約?」
ハンナ「何を願いますか? だんな様。――クロードの愛……手足をもぎ、無理矢理従属させてもいい」
外の迷宮から地響きが聞こえてくる。セバスチャンとクロードだ。
アロイス「あいつらが近付いてくる……」
ハンナ「ええ、シエル・ファントムハイヴの魂を追い求めて」
シエルの姿をしたアロイスが、哀しみに瞳を陰らせる。
アロイス「――決まった。お前との契約でオレが願うのは……あいつらが、シエルの魂を手に入れられないように」
ハンナ「殺しますか?」冷酷な瞳が紅く輝く。
アロイス「いや、それじゃあダメだ……」
アロイス「クロードの愛がすぐそこに見えているのに、手に入れることが出来なかったオレのように」


暗い海中に沈み行くシエルを追うセバスチャン。
セバスチャン(――私にとって、坊ちゃんは死人も同然――その言葉の意味するもの……――)


ヨロヨロと崖を伝い降りるハンナ。
ハンナ(――ジム・マッケン……ルカ・マッケン……、クロード・フォースタス、ハンナ・アナフェローズ……――)
崖の底に横たわるクロードの亡骸。ハンナは歩み寄ると、その胸から剣を抜きさってやり、冷たくなった頬に手を添える。切ない笑顔でクロードを見つめる。
ハンナ「私たち4人の愛は……永遠の彼岸に辿り着く……」
崩壊に向かう死の島。
高みから、ハンナとクロードのいる谷底に向かって次々に岩が落ちてくる。
クロードに寄り添って横たわるハンナ。クロードの胸に頬を寄せ、そっと目を閉じる。
ジム(――ルカ、やっと会えたね、ルカ――)
ルカ(――お兄!――)
ハンナとクロードの上空から海水がなだれ込んで来る。谷底が飲み込まれる。
ジム(――これからはずっと一緒だ! ハンナも、クロードもいるよ!――)
ルカ(――うん! もう寂しくない!――)
ジム(――そうだ、もう寂しくないよ――)
ジム(――全員、全部、しあわせだ!――)
島が崩れ、全域が次々海に飲まれていく。
やがて、暗い海原に、小さな島は完全に埋没する。


セバスチャン(――坊ちゃん……坊ちゃん!――)
海底に吸い込まれていくシエルを追うセバスチャン。
セバスチャン(――悪魔である私が、執事に堕ちてまで坊ちゃんに仕えた、その日々――)
セバスチャン「お待たせいたしました、坊ちゃん」
過日の、ファントムハイヴ邸のダイニング。白いテーブルクロスの上に並ぶ豪奢な料理の数々。
一口食べて手の止まったシエル。横目でセバスチャンを睨み付ける。「正気か?」
セバスチャン「と、言いますと?」
セバスチャンの顔面に料理の乗った皿を投げつけるシエル。
無表情のまま、髪から顎先まで料理まみれになるセバスチャン。
シエル「見た目だけは器用に真似をしたようだがな、色が付いているだけでほとんど味がしない」
動じない執事に厳しく言い放つシエル。
セバスチャン「申し訳ありません、すぐに新しいものを」
シエル「お前は僕と契約を交わした。執事ならば執事らしく、職務を全うしろ」
微笑んで胸に手を当てるセバスチャン。「御意」
退室するセバスチャンを睨み付け吐き捨てるシエル。「悪魔が」

水底に沈み行くシエルに両手を伸ばすセバスチャン。(――そう、私は悪魔。人間の餌の味など理解できるはずもない――)
シエルの片腕を捕まえ、頭を引き寄せる。
セバスチャン(――私が理解できるのは、人間の魂の味だけ――)
意識を取り戻したシエルの目がゆっくりと開く。
その瞳は血のような赤に輝いている。
それを認めた瞬間、厳しい表情に変わったセバスチャンの腕が、一撃の下シエルの身体を貫いた。
シエルの胸と口から鮮血が吹き出す。
赤い血が水の中を昇っていく。


朝日に包まれるファントムハイヴ邸。柔らかなベッドに身を沈ませ寝息を立てているシエル。
セバスチャン「おはようございます、坊ちゃん」
カーテンが開けられ、まぶしさに目を覚ますシエル。伸びをして、サイドテーブルに置いた眼帯に手を伸ばす。その爪は漆黒に彩られている。
セバスチャンは朝の紅茶の用意をし、砂時計の天地を返す。
シエルの白い寝巻きを脱がせ、黒を基調にした服を身に付けさせていく。最後に黒いリボンタイを蝶の形に結ぶと、セバスチャンを見下ろすシエルの瞳が赤く染まった。
シエル「もっときつく結んでみるか?」
セバスチャン「……いえ」
ワゴンに置かれた砂時計の砂が落ちきる。セバスチャンはティーポットを掲げ、「本日の紅茶はニュームーンドロップをご用意しました」
ティーカップに重ねられたストレナーにポットの口を傾ける。しかし何も注がれはしなかった。砂糖壷もミルクピッチャーも空のまま整然とワゴンに並べられている。
シエル「今日の予定は?」
セバスチャン「ございません」
シエル「フン」
空のティーカップを受け取ったシエル、小さく笑みを浮かべ「いい香りだ」
カップに口をつけるシエルを表情のない目で見るセバスチャン。
黒いブーツを履かせているとノックの音がする。
シエル「入れ」
メイリン「ぼ、坊ちゃん、エリザベス様がいらっしゃいましただが……」
シエル「そうか」
シエルはセバスチャンにティーカップを渡すとベッドから降りる。
メイリン「坊ちゃん」
シエル「今日の予定は僕が決める」
部屋を後にするシエル。
サイドテーブルに置かれたままの2つの指輪。
険しい表情のセバスチャン。

屋敷のバックヤード。
セバスチャン「あなた方は坊ちゃんの給仕を。くれぐれもエリザベス様に失礼のないよう」
フィニアン「セバスチャンさん、どこに行くんですか?」
セバスチャン「私は用事を済ませてきます」
バルドロイ「用事って、セバスチャンよお」

玄関から駆け込んでくるエリザベス。「シーーエーール!!」
両手を広げるとそのままシエルに飛びつく。
シエル「っ、苦しい」
エリザベス「会いたかったー! もうずーっとシエル不足でえ」
頬を膨らませていたが、シエルの格好を見てぱっと身体を離す。
エリザベス「あー、ヤダあ、何そのお洋服! 可愛くなあい! こんな地味なのシエルに似合わないわ!」
黒いシャツに黒いタイ。シエルは自分の格好を見下ろし、「そうだな……着替えようか、あの日のように」
微笑むシエルに目をみはるエリザベス。
エリザベス「え、あの日のようにって……シエル、もしかして……」
シエル「踊っていただけますか、レディ」
シエルが手を差し伸べる。涙を溢れさせ、笑みを返すエリザベス。「喜んで!」


蓄音機の音楽に合わせ、ホールでワルツのステップを踏む2人。
合わせた手に目を止めるエリザベス。「ねえ、シエル、指輪どうしちゃったの」
一瞬だけ紅く染まるシエルの瞳。
何かを秘めたようなその笑みから、目の離せないエリザベス。
流れる音楽の調子が徐々に狂っていき、不協和音を奏で始める。
不安が増してゆくような空気に、エリザベスが眉をひそめる。
エリザベス「……何だか、嫌な音」
シエル「蓄音機が壊れたか」
エリザベス「ねえ……」
シエル「どうした?」
エリザベス「……ううん」


薄い靄の立ち込める劉の館。
聞こえてくる足音に煙管を下ろす劉と、その膝から顔を上げる藍猫。
劉「やあ執事くんじゃないか、久しぶり」
セバスチャン「どうも、ご健勝のこと何よりです」
劉「ああ、君が私を見逃してくれたおかげでね。まあその分空々しい演技にも付き合ってあげたんだからトントンだよね」
セバスチャン「ええ、感謝しております。これはそのお礼にと」
瞬間、藍猫の蹴りが空を裂きセバスチャンの頭を狙う、が寸でのところで止まる。
劉「ランマオ」
たしなめられ大人しく脚を下ろす藍猫。
セバスチャンがリボンのかけられた箱を差し出す。「しばらく坊ちゃんがロンドンを離れますので、ご挨拶にと」
劉は眉を下げ、「そう、寂しくなるね」
セバスチャン「そして言伝が」
軽く咳払いをするとシエルの口調を真似、「お前のことを殺してやろうかと思ったが面倒になった。好きに生きるといい。ただし僕の目に触れないところで」
劉「へえ、記憶が戻ったんだ」藍猫の頭を撫でながら、「それはおめでたいねえ藍猫。で、ロンドンを出てどこに? ……ん?」
劉が顔を上げると既にセバスチャンの姿は消えていた。

白いリボンのかけられた黒い箱を手渡しに、皆の元を訪れるセバスチャン。
アグニの受け取った箱をひったくり、激昂してセバスチャンに突き返そうとするソーマ。アグニになだめられるが、涙を浮かべて別れに反対している。黙って礼をするセバスチャン。

黒い棺で眠っているところをノックで起こされた葬儀屋。
起き上がってみるが誰もおらず、別の棺桶を開けてみるとセバスチャンからの贈り物が。

路地裏でシネマティックレコードを見つめている職務中のウィリアムとロナルド。
グレルはつまらなそうに欠伸をし、ふとセバスチャンの気配を感じ振り返るが、そこにはテーブルに用意された3人分のティーセットと、黒い箱があるのみ。


ファントムハイヴ邸の前に馬車が停まっている。
旅支度を済ませたシエル。「遅いぞセバスチャン」
胸に手を当て礼をするセバスチャン。「申し訳ありません、すぐに」
半泣きのフィニアン。「坊ちゃん、ほ、本当に行っちゃうんですか」
シエルは馬車に乗り込みながら屋敷を見上げる。
シエル「この屋敷は好きにしろ。お前たちで使うなり、それこそ焼いてしまってもいい」
バルドロイ「そ……そんなことできねえ!」馬車に駆け寄る3人。
シエル「どうしてだ」
フィニアン「だって! ここには坊ちゃんとの思い出が!」
小さく笑うシエル。「思い出になどなにも意味がない。僕が証明しただろう」
メイリン「そんな、坊ちゃん!」
表情のないセバスチャンの目。

日も陰り、去り行く馬車をじっと見つめている3人。泣いているフィニアン。
穏やかな表情の、家令・田中が現れる。その胸には今までセバスチャンが付けていた執事長のピン。諦めたような瞳になる3人。


ゆっくりと山道を進む馬車。
シエル「――あいつらの契約が完了したとき、お前がどう動くかと楽しみにしていたが。なかなかに笑えたぞセバスチャン。僕を手にかけようとするとはな」
不適な笑みを浮かべるシエル。
どこか暗い表情のセバスチャン。
セバスチャン「――復讐が完了した際には魂をいただける、だからこそ私は執事としてあなたにお仕えしてきた」
シエル「だが僕はこうして生きている」
セバスチャン「ええ、生きています。人間ではなく――悪魔として」
血のような赤色をしているシエルの瞳。
セバスチャン「あの日、アロイス・トランシーはハンナ・アナフェローズと契約した」

髪をなびかせ海に落ちていくハンナから発せられた言葉。
ハンナ「シエル・ファントムハイヴは、だんな様との契約により悪魔として蘇る」

セバスチャン「だからこそ私は……」

『死の島』が沈んだ海の回想。小舟に泳ぎ着いたセバスチャンとシエル。
シエル「いきなりご挨拶だな」
自分の胸を撫でるシエル。セバスチャンに貫かれた傷は既に消え失せている。
シエル「悪魔として目覚める前に殺してしまおうと?」
セバスチャン「いえ。本当に悪魔としてお目覚めになられたのか、きちんと確かめておかねばと思いまして」
シエル「なるほど、状況の正確な把握か」
真っ赤な瞳でセバスチャンを見下ろすシエル。口の端を上げ、
シエル「執事として正しい選択だ」


セバスチャン「私は永遠にあなたの魂を食らうことはできない」
シエル「そう、そして僕はあの薔薇迷宮でお前に命令した」
黒い眼帯を外すシエル。
赤い瞳に浮かぶ契約印。
シエル「お前は、永遠に僕の執事だと」
セバスチャン「――ええ、その命令にイエスと答えた以上……」
左手の白手袋を外すセバスチャン。手の甲の契約印を掲げる。
セバスチャン「魂を食らえなくとも――私はあくまで、悪魔の執事ですから」


セバスチャンからの贈り物を開けているソーマとアグニ。
箱の中には、濃紺のクッションに乗せられ、リボンを結ばれた一本のキャンディ。
そしてクラシックな黒薔薇模様のカード。
その白地に黒い文字が浮かび上がってくる。

  The memory of Ciel Phantomhive
  Who died at Aug,26th,1889
  AGED 13 YEARS.


暗闇の中、淡く光るような白薔薇が咲き乱れる園。
白い花びらと黒い葉が、風にあおられ脆くも舞い散る中、シエルを抱きかかえたセバスチャンが静かに歩を進める。
セバスチャン「どこへ行きましょうか」
シエル「どこでも構わない。どうせ行き着くのは、人間にも悪魔にも誰にも平等な、その場所」
園を進み、遥かな断崖に辿り着く。
セバスチャンの首に腕を回したシエル。目を閉じ風に吹かれる。
シエル「いい気分だ……。長い呪縛から、解き放たれたような」
セバスチャン「ええ、その代わりに、私が永遠の呪縛を手に入れた」
眼を開け、セバスチャンを見据えるシエル。
シエル「お前は僕の執事」
セバスチャン「私はあなたの執事――永遠に」
シエル「これから先もお前の答えはただ一つ。分かっているな」
薔薇を散らし、跳躍する。
セバスチャン「イエス、マイロード」


the end

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