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この醜くも美しい世界 第12話 我が心の歌



「今すぐ俺を殺さないなら、もう一度好きだと言え! ヒカリ!」
「そんな…ずるい…」
ためらうヒカリの唇を、タケルは強引に奪った。

  ―――二人にとっては、むしろここからが出発点なのかもね。
  ま、思い残す事の無いように、あなた達に残された時間はあまりにも少ないんだから。
  永遠に癒されない、心の傷を刻みあうのも、決して悪い事とは思わないけどね。
  さて、色々遠回りもしてきたけど、長くて短いこのお話も、今日が最後!
  今まで見てくれて、ありがとう。

タケルとヒカリを包んだ光が、高く高く昇る。
光の中、タケルはヒカリを見つめる。
ヒカリは、タケルから目を逸らし、恥ずかしそうに唇に触れた。
「ごめんな、ヒカリ」
ヒカリは視線を上げた。
「そりゃあ、俺だって怖かったんだ。あんな出会いかたして、誰かに心の中を見透かされているみたいで」
ヒカリは再び視線をおろした。
「ヒカリは、俺の理想そのものだったから、なおさら…」
「今更そんな事…しかたないですよ…だけど、私に心をくれたのはタケルさんなんだから…ちゃんと責任は取ってください」
薄い桃色だったヒカリの髪と瞳が、いつものオレンジ色のものに戻っていく。
「せ…責任?」
「私も守りたい、この世界を…壊したくなんかない」
「ああ」


最終話 我が心の歌


アイオニオスが咆哮していた。
木から、大地から、全てのものから赤い蝶が飛び立っていた。
その後ろでは、リョウとアカリが呆然と立ち尽くしているだけだった。
「ダメ! すぐにやめなさい!」
「アカリ様…! あなたは一体…!?」
「私はこの世界の存続を望む意思です。お願い! もうこの世界を壊さないで!」
「そうか…そういうことか…ですがアカリ様、私には与えられた役割を果たすことしか出来ないのです」
アイオニオスの後ろ、山から大きな泥うねりが現れ、アスファルトを破壊した。
「こうなったら、力ずくでとめていただくほかありませんなぁ!」
浮いていく大きな土砂の塊にアイオニオスが乗り、去っていく。
「とぉぉぉりゃあああ!」
上から、誰かが飛び、アイオニオスに乗りかかった。
「な…! ジェニファー様、何を…」
「決まってるでしょう? 毒を食らわば皿までってね」

タケルとヒカリを包んだ光が、地上に戻ってきた。
光に触れると、赤い蝶は崩れ去っていった。
「いけない! タケルさん、離れて!」
「なんで? ヒカリ…」

「何なのよ、この赤い蝶? あら?」
ジェニファーの指に止まった蝶は、瞬く間に砕け、赤い燐粉の様なものが、指に残っただけだった。
「それは、もともと形の無いものに与えられた、仮の姿に過ぎません」

「え!?」
「この世にまだ生まれていなくて、これから生まれるかも分からない命の欠片、そういうものをこの世界に振りまくには、そのための入れ物が必要なんです」

「我々にとって重要なのは、常に未来なのです。役割を果たすなり、失うなりしたものが消え行くのは、物事の必然」

「古い殻を脱ぎ捨て、新しい体を得るように」

「そりゃまた随分シンプルな話ねぇ」

「俺達はもう古いのか? 古いものは捨て去っても構わないのか!?」
「何か選ぶと言う事は、他の何かを捨てるという事でもあるのです。私の役目はそれでも前に進む道を選ぶ事。タケルさんには分かりませんか?」
「俺が?」
ヒカリはタケルを見つめる。
「そりゃあ、俺はおじさんの店をもっと大きくしたいと思った。もっといいバイクに乗りたいと思った。ヒカリを守る事のできる男になりたいと思った… それが、同じだって言うのか?」
「いけませんか? だけど、私ももう知ってしまいました。
 人として心を持って、まだ知らない事も多いけど、ううん、だからこそ、今の私にとってこの世界はなくてはならないものになったんです。
 初めて出逢ったときも、私達がタケルさんやリョウさんを見つけたんじゃありません、タケルさんたちが私達を見つけたんです。
 この世にあるはずが無いものを、あるようにしたのはあなたたちの方なんです」
「そんな…! 俺やリョウにそんな特別な力…」
「ううん、力じゃないの、私はあの時、あなたの心の中の全てを見ました。そう、心。
 人の持つ、願いを形にしようとする想い… ダケルさんは変化を願って、リョウさんは安定を願った。
 それだけの違い……」

「行くの…?」
リョウが訊ねた。
「うん、行かなくちゃ。私、お姉ちゃんだけに、辛い思いさせられない」
「行ったら…もう戻れない…」
リョウに、アカリが抱きついた。
「今が…私の役目を果たすときなのに、ずっとこのときを待っていたはずなのに、ここを離れたくない。
 リョウや、紀美や、みんなと一緒にいたい……」
「一緒に行こう」
リョウがアカリの肩に手を乗せた。
「あ…」
「俺が、ついていくよ。だから安心して」
アカリは不思議そうにリョウを見つめ、そして微笑んだ。
「ありがとう。でもそれはウソ」
「アカリ…?」
「私を選んで、この世界を捨てるなんてできない。リョウは優しいから、そうでしょ?」
「…そう、愛しているはずのものを捨てたら、俺は、俺達を捨てた両親と同じになる。だけど…
 俺がこの世界を選んだら、アカリは…」
「大丈夫、私には、お姉ちゃんがいるから」
アカリの足元が、円状に輝いた。
「リョウを連れて行ったら、紀美や、みんな悲しむもの。
 でもね、リョウのこと一番すきなのは、私。リョウが私に名前をくれたから。
 ねぇ、自分に名前をつけてくれた人、嫌いになれるはずないでしょ?」
「アカリ…」
リョウはアカリに唇を近づけた。
「ダメ」
アカリはリョウの唇を押さえた。
「リョウは家族だから」
リョウは微笑んで、アカリの額にキスをした。
「いいね! 家族って…」

「大絶滅の原因なんて、どうせ誰も知らないんだから、いったもん勝ちってのは分かるんだけどさー」
大地から現れた奇妙な怪物に、アイオニオスが取り込まれた。
正確には取り込ませた、と言うべきか。
怪物の頭部に、ジェニファーがあぐらをかいている。
「こんなもん一体、どう説明つけんのよぉ」
大地が裂け、赤い何かが柱のように立った。
最寄の街では皆が慌てている。
「何だあれは!? あいつは…?」
「あれは、アナスタシス。次の世界を作る、命の欠片を生み出そうとしているんです」
「お姉ちゃんとタケルさんは下がって!」
青白い光、アカリが現れた。
「アカリちゃん!?」
「この子たちを止めるのは、私の役目!」
「お願いです、それは私にさせてください」
「お姉ちゃん……」
「アカリちゃんは、私とタケルさんに力を下さい」
「じゃあ、一緒に。ほら、クオン」
「クーォ!」
アカリはクオンにキスをした。
すると、クオンはリボンの様なものに変わり、槍のような形になった。
「クオンは滅びの扉を閉じる鍵! お願い、道をあけて!」
「てやぁぁぁ!」「あああぁぁああ!」
(俺は、ヒカリを守る! ヒカリの愛した、この世界を守る!)
クオンが、アナスタシスの額に、ネジのように打ち込まれた。
それと同時に、アナスタシスの崩壊が始まった。
「勝負あったか…」
ジェニファーが呟いた。
「あぁっ!」
「うわっ!」
大爆発が起きた。
飛ばされたヒカリの帽子を、タケルが掴んだ。
二人は、見つめあった。

「アカリっ!」
リョウは叫んだ。
「あ…タケル…」
ぼろぼろになったマリは、力なくタケルの名を呼んだ。
「マリさん」
不意に、マリの背後から声が聞こえた。
「えっ」
そこにいたのは、半透明のヒカリだった。
「ヒカリ…タケルはどこ…?」
「こっちへ…ついて来てください」
「え、あ…」
ヒカリの向かう方へ、マリは駆け出した。
「どこへ…? どこへ行くの? そこにタケルがいるの?」
(こっちへ来て、そして願ってください)
「何を!? 何を願えばいいの!?」
「あ!」
「「マリ!」」
橋を駆けていたマリを、一丁と澄恵が見つけ、さけんだ。
「あ! いた!」
「ちょっとー、どこ行くの?」
浴香や桜子、大治郎や晋一もいた。
「タケルがみつかったのかも!」

「リョウくん!」
クレーターの側に、リョウは立っていた。
「タケルはどこ? ヒカリがここだって…」
「タケルは多分…」
リョウは星空を見上げ、それ以上言葉を紡がなかった。
「嘘…嘘よそんなの…」
「けど、ヒカリはここだって言ったんだね?」
「うん、願えって…でも、何を願えばいいの?」
マリの目には涙が浮かんでいた。
「決まってるじゃないか、ほら、みんなも来た」
「お兄ちゃーん!」
「紀美! どうして…」
「怖かったよ! アカリがずっとそばにいてくれなかったら、怖くて死にそうだったんだから!」
紀美はリョウに抱きついた。
「アカリが…!」
「え、だって、あれ、アカリは…? 今まで、ずっと一緒だったのに…」

「ここは、どこだ…? 俺は、一体…」
「さあ、行きましょう、お姉ちゃん」
「ええ」
「行くって、どこへ…?」
「それは、まだ分かりません。だけど、この子達には新しい住処が必要ですし」
「それに、還る体はもうなくなってしまったから…」
「そうか、じゃあ俺も…」
「それはダメですよ、下でみんな、タケルさんが帰るのを待っています」
「けど、俺だって、もう…」
「大丈夫、今度は、私の心がタケルさんに体をあげるんです。タケルさんにもらった、私の心が…」
「だけど、もう少し…もう少しだけ…!」

「俺はまだ、ヒカリに何もしてやれてないんだ!
 …冬に雪、春に桜、こんなの当たり前だよな」
「私は嬉しいです。こんなに素敵なものが、当たり前で」
「ホント言うと、俺にはこの世界が、そんなにいいものかどうかもまだよくわからないんだ。
 だけど、そういうことじゃないのかも知れない。俺は、明るくて優しいヒカリが好きだったけど、そうじゃないヒカリだって、やっぱり、ヒカリには違いないんだから。
 俺の、あの力だってそうだ。変わりたいってだけで、どうしていいか分からない、俺を」
「私、連れて行って欲しいところがあるんです、何処だと思いますか?」
「ヒカリの行きたいところ…?」

「本当にいいのか? こんなところで」
「はい、帰るところがあるっていうの、私、初めてでしたから」
ヒカリの行きたいところ、それは、西野家、タケルの住んでいるところだった。
外からバイクのエンジンの音が聞こえた。二人で外を見る。
「待ってくださーい!」
「ヒカリ…?」
外を駆けていったのは、他でもない、ヒカリだった。
「あ、俺のバイク…!」
「気をつけてくださいね」
「ああ、分かってるよ」
「行ってらっしゃ〜い」
そのヒカリの背中には赤ん坊がいた。
「ぷっ。これも当たり前のこと?」
タケルの隣のヒカリが聞いた。
「お、おう…」
「ふふ、ふふふふ…」
外で手を振っていたヒカリが消えた。
「俺は、結局、ヒカリに大したこと何もしてやれなかった。ヒカリをしっかり捕まえて、幸せにしてやりたいって、そう思ったのに」
「器用じゃないから、タケルさんも私も。でも、今はそんなことない。今なら分かるんです。私は、タケルさんが好きだって。
 そういう自分を信じられるって、タケルさんは?」
「…! 俺も、ヒカリが大好きだ」
「こうなる事は、何もかも、初めから決まっていたのかも知れませんね。何もかも、みんな。
 私は、いつかまた戻ってきます。ここへ、いつになるか分からないけど、必ず」
「行くのか、ヒカリ?」
「大丈夫、もうさびしいなんて言わないから、そのかわり、タケル。私をずっと見ていて」
「ヒカリ!」

「う…あ…?」
タケルは目を開いた。
「タケル…」
そこには、マリ達クラスメイトがいた。
「タケル、本当にタケルなの?」
「驚いたよ! いきなり空と地面がいっぺんに光ったと思ったら、タケルが倒れてるんだから!」
「ホント! てっきり三人目が降りてきたのかと思ったのになぁ〜」
「ばぁか… ああ、そうか、帰ってきたんだな、俺」
「タケル、分かる? 私のこと…分かる?」
「っへへ、マリって、こんなブスだったっけ?」
「そういうこと言うな!」
桜子がタケルの頬をつねった。
「もぉ、心配してたんだから…」
「私はあんたの方が心配だよ」
浴香がマリに言った。

「ね、タケルくんどうしちゃったの? 裸だし…」
「紀美。紀美は父さんや母さんに会いたい?」
「え? どうしたの、いきなり…」
「会いたい?」
「何、変な事言ってんのよ、だって、死んじゃったものは仕方ないじゃない」
「それは嘘、父さんも母さんも、本当はどこかにいるんだ」
「え!? なんで? なんで!?」
リョウはしゃがみ、紀美の目線に自分の目線を合わせた。
「ごめんな、紀美。あきらめてたんだ、探したって、仕方ないと思ってた。だったら…」
紀美の両手がリョウの両頬をはたいた。
「なんで!? 何でそんな大事な事隠してたのよー! そんなの会いたいに決まってるじゃぁん! うわぁぁあん」
「アカリにも同じ事言われたんだ…本当、馬鹿な兄貴だな…」
リョウはアカリを抱きしめ、頭をなでた。

「結局ホントだったのかなー」
「何が?」
「ヒカリやアカリが宇宙から来たっての」
「うん、訳有りの家出少女じゃなかったのかな」
「ヒカリは淋しくないの? アカリとたった二人っきりで…」

「ぶあーっくしゅ! あら?」
アイオニオスの腕に抱かれ、ジェニファーがクシャミをした。
「お気づきですか? ジェニファー様」
「クォ?」
クオンも一緒のようだ。
「どうしたの、この状況? ケダモノ!」
「無事元に戻って、感謝してもらいたいくらいです! まったく、人間とはなんとも不思議な生き物だ…」
「簡単よ、自分のことは自分で決めたいの、それだけよ。ねぇ、これでもうおしまいなの?」
「あるいは、これが新しい時代の出発点なのかも知れません。我々が手を下すことなく、あなた方自身が、未来を試すのです」
「そりゃあ、ちょっと買いかぶりすぎじゃあない?」
「さぁ、そりゃあ私には分かりません、ですが、次に目覚める頃には、あるいは結果は出ているでしょう」
「ふーん。ねぇ、あんただって本当は持ってるんじゃないの? 心ってもんを。あっ」
「ふふっ さあ、どうだろうね」
「ああっ!」
アイオニオスは、クオンとともに、砂となり、消えた。
ジェニファーの手には、大きな水晶のような結晶と、小さな結晶が残っていた。



「タケルくん、おはよう!」
「お、紀美。ご機嫌だな。なんかいいことあったのか?」
「うん! これから、お父さんとお母さん、探しに行くんだ!」
「は?」
「当てはないけどね」
「リョウ!」
「でも、どこかにいるなら、探していればいつかは会えるってね」
「気の長い話だな」
「こらー! 置いてくぞー馬鹿兄貴ー!」
紀美の声がした。
「そしたら、おやつ分けてあげないよー」
「わっずるい!」
「あれでも、随分泣かれたんだ、アカリがいなくなって」
「見つかるといいな」
「うん」
リョウは紀美の手をとり、歩いていった。
「今日は何処まで行こうか」
「えー? お兄ちゃんが決めてよ」

「いってきまーす」
「マリ、遅刻するぞ。乗ってけよ!」
「結構です、ちょっと、そのバイクお店のじゃない!」
肩まであった髪を、マリはばっさりと切ってしまっていた。
「おじさんには許可もらってるよ」
「とにかく私はいい、乗りません。先行って」
「分かったよ」
「返すときはガソリン入れとくのよ! そう簡単に、何でも元に戻るわけないんだからー!」
「戻ってる戻ってるー」
「意地っぱりだねぇ〜」
桜子と浴香だった。
「まったく!」
不機嫌そうに歩いていくマリを、一丁と澄恵が見ていた。
「なあ、マリのあれ…本気なのかな?」
「さあ? もう何年かしたらすっかり忘れてたりしてね」
「そ、そういうもんなのかぁ!? それはそれで…」

「おはよう」
「よっ」
委員長のまゆだった。
「ヒカリさんは? これ渡したいんだけど…」
まゆが差し出したのは、封筒だった。
封筒の中には、あの校舎が全壊した日にみんなで撮った写真が入っていた。

「そっかぁー、ね、竹本くん。ヒカリさん、戻ってくる?」
「ああ、ヒカリは戻ってくるよ、いつか」
「おはようタケル、今日も良く見えるねー」
リョウは空を見上げた。
まゆは顔を赤らめ、目をそらした。
「ああ」

  ―――あの日から、空には一つ、星が増えた。
  気が付けば、真昼にも見えるその星を探している。
  その星が輝く限り、俺がヒカリを忘れる事は、ないだろう。
  永遠に手の届く事のない、その輝きがある限り。


この醜くも美しい世界 終

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