クレセントノイズ
第30翼(第一部最終回)「夏への扉」
(最終回に至るまでのあらすじ)
主人公・羽崎拓は幼い頃から「人の心の音を聴く」能力のために人とどこか距離を置きがちの少年だった。そんな彼はある時、クラスメイトの五十嵐凛、先輩の高野響と出会う。
しかしその夜、拓は響が白いコートを着た「振夜の来訪者」・如月蘭と戦っているのを目撃する。そして次の晩、拓も蘭に襲われるが凛と響が駆けつける。そしてその時、自分の中に眠る力…「琴咒(ノイズ)」が覚醒する。
そして響から人間の負の欲望を命と引き換えにかなえる「振夜の来訪者」と戦っている事、響も凛もそれと戦う「玲微名の一族」であることを知らされる。
拓は自分と同じ力を持つ、響たちと行動を共にすることとなり、「玲微名の一族」の一人・神楽弥生、そして蘭も仲間に加わり「振夜の来訪者」と戦っていた。
その中で、来訪者の一人・ベレトから来訪者達の使う力「奏咒(ヴォイス)」と拓たちの使う「琴咒」が同質のものである、と聞かされ、真実を知る為に再び「玲微名の一族」の隠れ里へと向かう。
そこで長・壬生沙里から「玲微名の一族」がかつて「迷宮(ラビリンス)」から離反して地上階に住み着いた「振夜の来訪者」の魂が転生した存在だと、響は聞かされることになる。
折りしも「迷宮」を支配する「素晴らしき7人」の一人・ウリエルが地上を来訪する。響と蘭は「王国(マルクト)結界」を張り、凛たちの介入を避けるが拓は単身、響たちと共に戦うため先回りしていた。
ウリエルの強大な力の前に全滅寸前になるが、来訪者・タルシュシュが身を挺して庇い、また「王国結界」を撃ち破り沙里・凛・弥生が加勢することになる。
沙里は自らの「邪眼」の力を用いて「慈悲黒門(ケセドホール)」を開き、ウリエルを強制的に「迷宮」に押し戻そうとする。拓たちは自分たちの「琴咒」の力で応戦するが、ウリエルの反撃で凛が倒されてしまう。
(登場人物紹介)
羽崎拓…主人公。幼い頃から人の心の音を聴く能力を持っていたため人を遠ざけるような生活をしてきたが、響たちとの出会いが彼を変えていく。地水風火の4属性に当てはまらない「光」の琴咒を使う。
五十嵐凛…拓のクラスメートで委員長。響とは幼なじみに当たる。拓に対して好意を抱いているが、当の拓が鈍感な為あまりそのアプローチは実を結んでいない。「水」の琴咒を使う。
高野響…拓たちの先輩で校内きっての有名人。成績優秀スポーツ万能だが、昔は荒れた生活を送っていた。どこかつかみ所のない性格。「地」の琴咒を使う。
神楽弥生…「玲微名の一族」の一員で神楽三姉妹の次女。感情をあまり表に出さず、つかみ所がない性格。「火」の琴咒を使う。
如月蘭…元は「振夜の来訪者」であるが、響とは4年前の事件以来奇妙な因縁があり、その為仲間に加わる。「風」の琴咒を使う。
羽崎希璃伽…拓の姉。14歳の時に心を閉ざし、幼児退行を起こす。潜在的に強力な琴咒の力を持っているようだが…
壬生沙里…「玲微名の一族」の長。「邪眼」と呼ばれる力の使い手である以外、全てが謎に包まれた人。
(本文)
ウリエルの強力な攻撃の前に凛が倒される。しかし蘭、拓を一喝する。
蘭「…構うなっ!意識を乱すな…琴咒(ノイズ)の放出に集中するんだ。慈悲黒門(ケセドホール)が閉じる前に奴を迷宮(ラビリンス)に送り返す以外…俺達に勝機は見出せない」
拓「でもっ…」
弥生「…その人の言う通りよ!あの娘なら大丈夫…大丈夫っ!!」
弥生は凛の無事を信じるような確信のある表情を見せる。
拓「神楽さん…」
響「大丈夫だよ…拓くん。これくらいのことで凛がやられてたまるもんかっ!」
響も同様に、凛の無事を信じるような確信のある表情を見せる。
拓「響先輩…」
響「さあ…オレ達の持てる能力(ちから)を全部使い果たして、奴にご退場いただこう。そしてみんなで帰ろう…オレ達の本当の居場所へ。バカやって落ち込んだり、他愛もないことで笑いあうあの日常へ」
拓「…はいっ!!」
響・弥生・蘭・拓のそれぞれの琴咒がウリエルを攻撃し続ける。
ウリエル「クックックッ、何とも健気な攻撃だ。が…まもなく慈悲黒門は閉じる」
見ると、黒い眼を模した慈悲黒門も閉じつつある。
ウリエル「それまでただの人間である大切な仲間の身体が保つかな、…ラグ(来訪者達の間での蘭の呼び名。天使のラグエルからきているのだろう)よ?」
蘭、単独で奏咒を発動させようとする。
響「…蘭っ!?」
沙里「…やめたまえ」
慈悲黒門の維持に力を使っていた沙里が語りかけてくる。
沙里「君はすでにこの丘一体に王国(マルクト)結界を築いて能力を消耗している。完全な迷宮の住人の身体を持たない君が、ここで再び最大級の奏咒を発動させれば身体組織が崩壊するやもしれん。」
蘭「…ではどうする、どうやって奴を撃退する?みな能力を消耗しきっている。このままでは奴の言う通り全滅するだけだぞ?」
沙里「…いや、まだ一人だけ能力を消耗していない者がいる」
蘭、拓の方を振り向く。
沙里「地水火風…いずれにも属さない、無限の可能性を秘めた琴咒の能力の持ち主が!」
妙だな…攻め手が一人減ったというのに、奴らの攻撃の威力が衰えぬ?
ウリエル、拓の方を注視する。
何だ…あの輝きは…
まだ、得体の知れぬ余力を残している奴がいる!?
ウリエル「賢しいぞ…人間ども―――っ!!」
ウリエル、響たちの攻撃をはね返す。それと共に響・蘭・弥生も倒される。
ウリエルは自己の勝利を確信したような嘲笑を見せるが、その表情は途端に凍てつく。
そう、沙里と共に、拓も攻撃を受けることなく立ち上がり続けていたのだ。
我の攻撃が…無力化されただとっ!?
響(拓くんから伝わる琴咒の振動が増大していく?オレと蘭…沙里ですら能力を使い果たしかけているのに!?)
その時、拓の背中から輝く羽根が出現する。
蘭(これはっ…)
光輝く…12枚の黄金色(こんじき)の羽根!!
拓の背中に現れた黄金色の羽根に、ウリエルも動揺している。
ウリエル「小僧…貴様は一体…」
沙里「熾纏司(セラフィム)ウリエルよ、まもなく時が満ちる…汝の世界へ帰るがいい」
ウリエル「減らず口を!何の時が満ちるというのだ…貴様の築いた慈悲黒門が閉じる時か?それともその維持に耐えられず貴様の身体が砕け散る時か!?」
沙里「私は慈悲黒門の維持だけに努めていたのではない」
ウリエル「…何?」
沙里「人間の可聴振動範囲数を超えた超高周波領域である心の音色――琴咒!その能力は我々一族の始祖の故郷の満ち欠けに深く関わっている」
これまで曇っていた空から雲の切れ間が見え始める。
ウリエル「貴様ら堕纏司(だてんし)一族の故郷だと?それは…」
沙里「そう、汝ら纏司(てんし)が住まう天上の迷宮…月(レヴィナー)!!」
そして雲の切れ間から見えた月は、いつの間にか三日月に近い新月になっていた。
沙里「この地上階においてその名を玲瓏に…微かに残す一族、それが我々玲微名の一族だ」
ウリエル、振り返って新月となった月を見る。
ウリエル「バカな…今宵は満月だったはず?」
沙里「我は月を見る者…その秘密を以って地上へ堕纏せし者!満月から地球が受けるよりも80倍も強い地球の照り返しを月面が受ける新月…その上限の三日月の夜、我らが行使する琴咒は最大の音色を奏でる」
ウリエル「貴様が満月を新月に変えたと…貴様が月の進行を司ったというのか!?そうか貴様は…貴様の正体はっ!!」
沙里の後ろにいた拓から、強力な力があふれ出てくる気配が。
沙里「では熾纏司ウリエルよ!この地上に光を掲げる者――我ら玲微名の一族の朝(あした)の子の能力を以って丁重にお帰りいただこう!!」
ウリエル「小僧――――っ!!」
ウリエル、拓に襲いかかろうとする。
沙里「この地上は人間の住む世界だ。汝が住むべき天上の世界へ帰れ…纏司よっ!」
拓「うわあああああっ…」
しかし拓の光の琴咒が、ウリエルを閉じかけていた慈悲黒門へと押し戻していく。
ウリエル、何が起こっているのかわからないほどに強力な力を目の当たりにするが、それもつかの間、慈悲黒門に吸い込まれ消えていく。
何とか立ち上がった凛・響・弥生・蘭もその光景を静かに見つめていた。
そして慈悲黒門もウリエルを押し戻した事により閉じ、そして夜空に消えていく。
戦いは終わり、荒く息をつく拓。
沙里「見事だ…羽崎くん。見せてもらったよ、君の無限の可能性…光の琴咒、三日月の琴咒(クレセントノイズ)を」
拓「僕―――…無我夢中で…」
そこに皐月(弥生の姉)が現れる。
皐月「みんな…おつかれさま」
凛「皐月さん!」
皐月、沙里に上着をかけながら、
皐月「さあ、お屋敷に戻りましょう。もう年は越してしまったけど、おそばも用意してあるわよ」
ふと見ると、夜明けが近づいてきている。
凛「ホントだ…空が白んできてる。もう夜明けなんだ」
響「…どうせならここで初日の出でも見ていきますか?」
凛「そうね…みんな能力を使い果たしてヘロヘロだし、体力が回復するまでここで休んで待つのもいいかも」
皐月、連れてきたモモりん(弥生が飼っているモモンガ)を弥生に渡す。
皐月「じゃあ弥生ちゃん…私と沙里様は先に帰っているわね」
皐月、皆の方を振り向き、
皐月「あったかいお風呂とお食事を用意しておくわ」
皐月、沙里と共に去っていく。
響「やれやれ…とんだ年越しになっちまったな」
拓は響たちから離れ、単身空けてゆく空に浮かぶ三日月を見ている。
響「拓くん…気になるかい?沙里が言ってた振夜の来訪者の本拠地のこと」
凛「当たり前でしょ!ホント…今回の帰省は洒落にならない事実の連続だわ」
弥生「お月さまに住んでるのがウサギさんだけじゃなくてショック?」
蘭「案ずるな…振夜の来訪者が住む迷宮は位相空間にある。今見上げている、この次元世界の月にあるわけではない」
響「…別次元の月に住んでいる纏司さん、オレら玲微名の一族はその末裔…か。何だかピンとこないな」
響「実際…この地上階のために闘うとか、そういう大義名分は一介の高校生のオレらのポケットに入れるには、ちょっとばかし大きすぎるよな」
響「だからといって振夜の来訪者が好き勝手に人間に魅入るのを、知らんぷりってのもつまらない。お互い―――ゆずれない想いってヤツを胸に、あがいてもがいて、切り拓いていくしかないよな…自分が望む、自分らしい未来ってやつを」
拓、皆の方を振り返り、迷いのない笑顔を見せる。
拓「…はい」
突如、弥生がひとりごちる。
弥生「地は楽なる安らぎを与え…水は喜びを包み癒す。火は深淵なる怒りを逆巻き…風はその哀しみを運ぶ。では光は…光はこの世界に何をもたらしてくれるのかしら?」
弥生のその言葉に答えるように、屋敷に戻ろうとする沙里もひとりごちる。
沙里「光は未来を切り拓き…この世界に希望をもたらす」
皐月「沙里様?」
皐月、沙里の独白に戸惑うも、微笑み返す。
皐月「よく…ご無事で…」
沙里「…何とかね。しかし私自身、手の内をすべて見せてしまった。遅かれ早かれ、彼らは私の正体に気づくだろう。今後ますます…人間を狙った彼らの地上階への来訪は増えるだろうな」
皐月「…この地上階はどうなってゆくのでしょうか?」
沙里「それは―――我々人間にはわかるまい。我々が住むこの世界は、人間の小賢しい知恵や纏司の高慢な思い上がりなど遥かに越えた、この世界自身の律動で、連綿とその音色を奏でているように私には思える」
皐月「響くん達…辛いでしょうね」
沙里「さて―――…それはどうかな?彼らはあるがままに運命を受け入れるほどか弱くもなければ…自分の境遇を呪って心の悲嘆な旋律に酔いしれる詩人でもないだろう?あがき、もがき、苦しみながら切り拓いていくさ。自分たちの未来を」
数日後。物語の始まりとなった埼京高校(拓たちが通う学校)の裏山にて。拓と希璃伽がそこにいる。
希璃伽「新年会楽しみだねー、たーくん」
拓「うん…そうだね姉さん」
希璃伽「でもでもぉ、どーして学校で待ち合わせするのー?あのマンションでパーティーするんでしょ?後何日かしたら3学期が始まって毎日通うのにぃ、お洋服もみんな響(ひー)くんに言われて制服で集合なんだよねー?」
拓「…色々あったんだ。クリスマスからお正月まで本当に色々あったんだ。だから…響先輩は確認しておきたかったんじゃないかな。僕達の日常と…居場所を」
希璃伽「そっかぁ…響くんは学校が好きなんだぁ」
拓、希璃伽の横顔を見つめながら、沙里とのやりとりを回想する。
沙里(羽崎くん…くれぐれもお姉さんを大切にしてあげたまえ)
拓(…え?)
沙里(君のお姉さんは熾色(しきいろ)の―――炎の6枚羽根を以って来訪者を撃退したという。もし君と、君のお姉さんの魂が、過去においても兄弟の絆で結ばれているのであれば、君の…君のお姉さんはまぎれもなく…)
凛の声に現実に戻る。
凛「羽崎くーん…希璃伽さ――ん!」
凛、響、弥生、蘭が姿を見せる。
拓「…行こう姉さん」
希璃伽「うんっ」
拓と希璃伽、響たちの元に歩き出していく。
大丈夫…これから先どんな苦しみや哀しみが待ち受けていたとしても
僕達は決して、独りぼっちじゃない
拓、振り返って昼空に浮かぶ三日月を見ている。
白昼に浮かぶ月…優しさを湛えたほの白い光…
時に安らぎを…時に狂気を奏でる、この地上の監視者
大丈夫――
それでも月は地上にいるものすべてに、平等に光を与えてくれる
そう―― 大丈夫
自らの手で心を塞いで、閉ざしてしまわない限り…
誰もがいつか、いつかきっと
自分を包んでくれる、優しい音たちにめぐり逢えるのだから
拓たちが響たちの元に駆け寄ったところで幕。
(クレセントノイズ 第一部 完)