戻る TOPへ

花の慶次−雲のかなたに−
第百六十七話 風流の巻
 
※隆慶一郎の「一夢庵風流記」を原作としていますが、少年漫画誌連載ということで不適切な表現が削除されていたり、原作にあった朝鮮出兵のエピソードが琉球への旅というオリジナルの展開に変わっていたりします。
 
(本文)
七年の病なければ
三年の蓬(もぐさ)も用ひず
雲無心にして岫(くき)を出るもまたをかし
詩歌に心なければ月花も苦にならず
寝たき時は昼も寝
起きたき時は夜も起きる
九品(くほん)蓮台に至らんと思ふ欲心なければ
八萬地獄に落つべき罪もなし
生きるまでいきたらば
死ぬるでもあらうかとおもふ
 
無苦庵 前田慶次
 
慶長六年(一六○一)九月――
世の中は既に秋に入っていた
 
 京・前田慶次の屋敷にて。
慶次「はくしょん!!」
 上杉家の助命の嘆願の時に髪を剃り落とした頭をなでつつ、
慶次「え〜〜い」
 その姿を利沙(漫画版オリジナルキャラクター。琉球の美姫)が見ている。
利沙「くす、くす」
慶次「おかしいかね?」
利沙「ううん、可愛い」
慶次「…ち」
 
上杉家助命に成功した慶次は
上杉家を退転し また元の生活に戻っていた――
捨丸「旦那」
 捨丸(慶次の従者)が慶次を呼ぶ。
慶次「なんだまたか、しつこいな」
捨丸「三度目ですよ」
 
ただ 前と違ったところは
慶次のもとに仕官の誘いがひんぱんに尋ねて来るということだった
それというのも 先の最上の陣での武勇が
よほど諸大名の耳に入ったらしい
 使者が慶次に話しかけてくるが、慶次は池の鯉を眺めることに夢中のふりをしている。
使者「前田殿ほどの勇士を牢々のままにしておくなど、なんとももったいない。殿は前田殿ならば、二万石出してもかまわぬと申されております。ぜひとも我が藩に」
慶次「ふ―――――…」
 心底興味なさそうに煙管の煙を吐く慶次。
利沙「……捨丸、この頃の慶次変でしょ?」
捨丸「は?変…と言いますと?」
利沙「どこか、いらいらしているというか…まるで誰かを待ち続けているような…」
捨丸「ああ、それでしたら仕官先のことですよ。旦那が待っているのは」
利沙「え?でも、仕官の話なら今…」
捨丸「いやいや、あれは違うでしょう」
 
慶次は既に隠遁したと言って 全ての話を断っていた
 まだまだ慶次を説得する使者。
使者「そこをまげて、お願い致す」
慶次「只今の手前は一夢庵ひょっとこ斎」
使者「は!?」
慶次「前田慶次は死に申した」
使者「う…」
 これ以上の説得も無駄だと悟ったのか、使者は去っていく。一方、利沙と捨丸、
利沙「! では、やはり上杉家を?」
捨丸「はい。旦那は上杉家からの誘いを待っているんだと思います」
利沙「でも、慶次は自分から…上杉家から身を引いたのですよ」
捨丸「いや、そこが旦那のおくゆかしいところなんですよねぇ」
 慶次は何事もなかったかのように煙管の灰を池に落とす。
捨丸「上杉藩は今度の沙汰で、百二十万石から三十万石に減封になりましたね。となりゃ、譜代の家臣たちでさえ禄高は三分の一以下になる計算です。旦那は、そんな苦しい台所の中に、自分のような漂泊のいくさ人が居据れるわけがないと思われたんでしょう……」
 
九月が過ぎて十月に入った
京には冷たい雨が降りそそぐ日が多くなった
慶次はこの頃になると 屋敷に籠ってほとんど外に出なかった
 雨の振る中、慶次は利沙の膝枕でいびきをかいて寝ている。
 利沙が物音に気づく。
利沙「!」
 そこには馬に乗った直江兼続(上杉家に仕えた知勇兼備の将)が雨に濡れ、立っていた。
利沙「………」
利沙は慶次を呼び覚まそうとした
だが何故か声が出なかった…
さすがに慶次である これだけの動作で忽ち目覚めた
 目を覚ます慶次。
兼続「…………」
慶次「…………」
 慶次は軒先まで行き、雨に濡れるも構わず胡坐をかく。
 無言のまま見つめあう二人。
利沙「…………」
利沙は奇妙にも その二人の動かない姿を美しいと感じた…
 雨は降り続く。兼続が口を開く。
兼続「殿とわしは、十五日に米沢に発つ。来てくれるんだろうね、頼むよ。…二千石だ。今の上杉には…、……殿も、お待ちになっておられる」
 兼続の言葉自体は簡潔だが、慶次は何一つとて口を挟まず彼を見つめ続けていた。そして馬首を返し、屋敷を去っていく兼続。
慶次「……………あいつ、馬が巧いな。……雪の中に、骨を埋めることになるか…」
 そして慶次は微笑む。その言葉と表情以前に、彼の決意は決まっていたらしい。
 利沙もうなづき、涙を流している。
 
−四条河原−
 「一夢庵ひょっとこ斎風流仕候」という旗を掲げられており、多くの民衆が集まっている。
 慶次と捨丸、そして慶次の愛馬・松風がその中におり、
捨丸「…………だ…だ…旦那」
 捨丸は涙ぐんでいるが、
慶次「やれ!捨丸!景気よくやれ!!」
 慶次の笑顔に、捨丸は涙を拭い笑顔で、
捨丸「…………へい!!」
 捨丸は小判の入った箱を持ち、
捨丸「さあさあ、銭まくど、銭まくど」
民衆「おお〜〜っ!!」
捨丸「銭まくさかい風流せい。仕事忘れて風流せい。かぶき者、前田慶次様のかぶきおさめや!一夢庵ひょっとこ斎と名を変えて、この都とはおさらばじゃ―――――っ!」
 捨丸は惜しげもなく小判を民衆に向かいばら撒く。
民衆「わぁ〜〜っ!」
捨丸「二度とないこの日を風流せんかい、そ――――れ!」
 さらに小判をばら撒く。民衆は狂喜している。慶次も小判を笑顔でばら撒きながら、
慶次「音だ!音を出せ!!」
芸人「お…おう、音だ!」
 早速響く笛の音。
芸人「いよ―――し」
 鼓の音もそれに続く。
慶次「ん!うん」
 慶次は小判を掴み、
慶次「そーれそれ、踊れ!唄え―――!!」
 気前よくばら撒く。そんな彼の胸中に浮かんだのはこれまで巡り合った者たちの姿だった。そのお祭り騒ぎを見ていた利沙、岩兵衛(慶次の従者)、骨(忍び)。
 利沙は泣いていた。
利沙「慶次といると、毎日が風流みたい」
骨「変なお人ですね」
利沙「そうなの、変な人なの。でも大好き!」
骨「私だってそうですよ」
 感極まった岩兵衛、
岩兵衛「わ、わし、踊ってくるよ」
 そして人々の舞い踊る中に混じる。
岩兵衛「はっ、それ!は、それ!それ!」
 岩兵衛も泣き笑いながら踊る。捨丸も笑顔で踊っている。
 
以後 戦国の世を駆け抜けた稀代の快男児前田慶次は
上杉家二千石の捨扶持を与えられて
嘯月吟歌 愛する利沙と共に悠々の歳月を送り
米沢に移ってからは
二度と 傾くことはなかったという
景勝の次代忠勝の代まで生き米沢で死んだ
没年は慶長十七年(一六一二)六月四日とあるから
関ヶ原以後十二年も生きたことになる
 
花の慶次−雲のかなたに−・完
 
 
 
 
inserted by FC2 system