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●人生という名のSL



  ブォーーーーーーーー(黒い煙を吐きながらひた走るのは古めかしいSL)
  ゴトンゴトンゴトン(ガラガラなその席のひとつにブラック・ジャックが座っている)

?「お客さん・・・切符を拝見します」

  (ブラック・ジャックに声をかけたのは豊かな鬚を生やした車掌)

ブラック・ジャック(以下BJ)「ム」「へんだな どこへしまってしまったんだろうな」

  (服のあちこちを探し回るが切符が見つからない)

BJ「おかしい どこをさがしてもないんだ」「どうも 切符を買うのを忘れちまったようです」
車掌「いいんですよ いいんですよ 切符がなくっても一回ぐらいは大目に見ましょう」
BJ「いや・・・・・・また買いなおすよ・・・いくらです?」
車掌「おや ここに落ちていましたよ」

  (床に落ちていた切符を拾う車掌)

車掌「これでしょう? あなたのは・・・・・・・・・」
BJ「いや・・・・・・買ったおぼえは・・・」
車掌「でもここにちゃんと名前がかいてありますよ」

  (ブラック・ジャックに切符を指し示す車掌)

BJ「じゃあ私のでしょうね」
車掌「そうですよ その切符はあなたの専用なんです」

  (そう言うと車掌はブラック・ジャックの前の席に腰を下ろす)

車掌「すわっていいですか?」「なにせヒマでね」
BJ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「車掌さんとは」「どっかでお会いしたことがあるかね・・・・・・」
車掌「ありますよ 一度は仙台で」「一度は新宿でね」「そう・・・あンときは私はスリでした」
BJ「へえ そうでしたかねえ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
  「しかし すいてますねえこの線は・・・・・・・・・」「いつもこうですか?」
車掌「いつもこうですよ」「なにしろひどい赤字線ですからねえ」「ことに線にそって」「高速道路ができましてね ほら 若いもんはみんなあれをつっ走っていくんです」

  ダダダダダダドドドドドド(窓の外を見ると車やバイクが爆音を上げて走っている)

BJ「だけどSLブームってもんもあるでしょう? そういったマニアがよろこんでのりませんか?」
車掌「お客さん マニアってのは」「ただたのしむだけなんです・・・・・・・・・この汽車はね・・・・・・のってたのしいもんじゃあ   ない おそいし つかれるし」「それにねえ・・・・・・・・・・・・・・・この汽車は片道だけ・・・・・・・・・・・・・・・   つまりいったきり帰りの汽車が無いんですよ」
  「ただ終点までいくだけでもどれません」「そんな不便な汽車にだれが好きこのんでのりますかね・・・・・・」
BJ「しかし すいてるねえ」
車掌「ほかの車両にはお客さんもチラホラのってますよ」「そこへいらっしゃいませんか? ここじゃおさみしいでしょう?」
BJ「いいんだ ここで」
車掌「そうですか・・・・・・いやどうも長話しちまって おじゃましました」

  (去っていく車掌)
 


  (ひとりになったブラック・ジャック。窓の外を眺めている。そこへ・・・・・)

?「先生・・・・・・」

  (聞こえてきた声に振り向くブラック・ジャック。そこにいたのは如月恵)

BJ「きみは!!」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・めぐみさん・・・・・・い いつからそこに?」

  (ブラック・ジャックの言葉に顔を輝かせる如月恵)

BJ「・・・いや・・・・・・如月先生!!」「なぜこんな列車に!?」
恵「偶然なんです」「別のコンパートメントにいたんですけど 先生が同じ列車におのりだと聞いて・・・・・・」
BJ「かけませんか」

  (ブラック・ジャックの前の席に座る恵)

恵「おひさしぶりですね」「先生はこの暑いさ中にも」「こんなSLにおのりになってどんな奥地にも往診にいかれますの?」
 「もう先生は世界的なかたでしょう? もっとのんびり休暇でもおとりになれば?」
BJ「フッ そんなことは私には無縁ですよ」「これが自分の生きる道でね」「先生だって船医の道を選んだんじゃないですか」
恵「ええ・・・・・・そうですね 人生って奇妙ですね」
 「先生の何百分の一かわかりませんけど 私だって 船員や港町の世界にはいりこんでもまれているうちに・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・人間のナマな姿を知りました」「私・・・・・・女を捨ててしあわせだったと思います」
 「ーーーー女だったら女の目からしか人生をのぞけなかったでしょうね」
 「先生・・・でもこれだけは・・・変わりません」「先生を愛しています あれからずっと」「先生 おしあわせに」

  (言い残して去っていく如月恵)

BJ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



  ボオ〜〜〜〜〜(ブラック・ジャックを乗せたSLは夜闇の中を走っている)



?「あいかわらず正義漢ぶって・・・キザな男だ!」

  (またしてもブラック・ジャックにかけられる声。その主は安楽死の専門医であるドクター・キリコ)

キリコ「またどっかのけが人をその奇跡の腕で切ったりつないだりするってのかい」「ご苦労千万なことだ」
BJ「ドクター・キリコ!! おまえさんもこの列車に?」
キリコ「おまえさんがいくら正義とかなんとかいって」「人助けをしたって どうせだれにも感謝されないんだぜ 大金をとるからな」
BJ「うるさいな おまえさんの話は 聞きあきてるよ」
キリコ「おまえさんにおもしろいものを見せよう いや おもしろい人に会わせてやろうと思うんだ」

  (指を鳴らすキリコ。すると車椅子に乗せられた老人がやってくる)
  (老人は全身に皺が刻まれており、かなりの高齢であることをうかがわせる)

キリコ「タイのミクチャ族の老人で 今年百八十二歳だ」
   「この年寄りはパリで三回 ロンドンとニューヨークで二回ずつ命をのばすために大手術したんだ」
   「心臓 胃 肝臓 腎臓 肺 脊椎 手足・・・この人のからだでメスを入れないところはない」
BJ「そのようだな・・・・・・・・・」

  (老人を覗き込みながらつぶやくブラック・ジャック)

キリコ「そして 今日までやっと 命をながらえてきたんだ」「そしてこのとおりだ」
   「老いさらばえて目も見えずものも言えん からだもまともにささえられん」
老人「ウッ ウーッ オッ」

  (呻くように訴える老人)

キリコ「どうかたのむから殺してくれと訴えてるんだ」
   「医学のちからで人間をどんなに長生きさせたって老衰だけはさけられん!」「絶対に!」
老人「オッ アッ ダァ ダァ ダ・・・・・・ダ バ・・・・・・」
キリコ「そしてその苦痛からむしろむしろ死をのぞむようになるんだ」

 (車椅子で連れられていく老人)

キリコ「あの老人は わざわざ日本のおれのところへ 安楽に死なせてくれとたのんできたんだぜ」
BJ「いけない 殺すなッ」
キリコ「じゃあ 若返らせて助けてやれよブラック・ジャック」「フフ…できまい これからおれはあの老人に安楽死をほどこすぜ」
   「それがむしろしあわせなのさ」

  (語りながら車両から出て行くキリコ)


BJ「待てっ」「キリコッ!」

  (キリコの後を追い、車両から出るブラック・ジャック)

BJ「おまえのやろうとしていることは殺人だっ」

  (暗い車両を進んでいくブラック・ジャック)



  ボッ ボ〜〜ォ(なおもSLは進んでいく)



BJ「キリコーッ!! 殺すなーッ!!」

  (車両の中を進んでいくブラック・ジャック)

BJ「あっ」

  (ふと見るとそこは手術室。医師がひとり手術をしている。それは・・・・・)

BJ「本間先生!?」

  (そこにいたのは亡くなったはずのブラック・ジャックの恩師・本間丈太郎だった)

本間「ブラック・ジャック 君を待っとった 早く手を貸してくれんか」
BJ「先生・・・私はまさか先生が生きていらっしゃるとは・・・・・・・」
本間「なにをモタモタしとる さっさと着がえてここへこんかい!!」

  (白衣に着替えたブラック・ジャック。本間医師とともに患者を診る)

本間「クランケは八歳の少年だ」「十四ヵ所が離断 内蔵も四ヶ所破裂・・・・・・・・・・・・・・・仮死状態だ」

  (汗を流して患者をみるブラック・ジャック)

BJ「先生っ これはだれですっ」
  「これは・・・・・・私じゃありませんか?」「小さい頃の私だ!! 私にちがいないっ」
本間「左前博 右上下肢および皮膚の移植が必要じゃ」

  (ブラック・ジャックの戸惑いとは裏腹に冷静に指図する本間医師)

BJ「は・・・はい・・・・・・」
本間「きみは皮フのほうをたのむ」
BJ「は」

  (協力して患者の手術に取り組むブラック・ジャックと本間医師)

BJ「二次感染が危険です」「いっそ人工臓器や義肢にとりかえてはどうでしょうか?」
  「五十パーセントまで人工器官ととりかえてもだいじょうぶと思いますが」
本間「きみは人間をロボットに改造するつもりかね?」
BJ「いえそうではありませんが・・・そのほうが助かる公算が大きいのなら・・・・・・」
本間「ブラック・ジャックくん」「われわれは医者なんだぞ 神さまじゃないんだ」
  「このクランケをたとえロボットのようにまでかえてなおしたとしても」「クランケが悲観して生きるのぞみを失ったらどうする?」
  「これだけは きみもキモにめいじておきたまえ 医者は人をなおすんじゃない 人をなおす手伝いをするだけだ なおすのは・・・   本人なんだ 本人の気力なんだぞ!」
  「医者が人の生き死にのカギをにぎるなんて・・・・・・・・・・・・思いあがりもはなはだしいんじゃないか?」
BJ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

  (うなだれたブラック・ジャック。ふと気がつくと本間医師の姿が見えない)

BJ「本間先生!!」

  (本間医師の姿を探すブラック・ジャック)

BJ「本間先生っ どこへいかれましたっ」「本間先生ーーーっ」

  (本間先生を探し手術室の扉を開けるブラック・ジャック)



?「本間先生は あと 先生におまかせすゆってれていえました」
BJ「きみはいったいだれだ」

  (扉を開けた先にいたのは女性看護師。八頭身の美人だ)

看護師「あたしをお忘れ? あたし 先生の助手ですわ」
BJ「なにっ」
  「どこかで見かけたなきみは・・・いや・・・・・・しょっちゅう会っている気がするぞ」
  「ピノコじゃないか!!」

  (驚きの声を上げるブラック・ジャック。幼女のはずのピノコが成長していたのだ)

ピノコ「忘れてはらめよ先生」「ピノコは二十歳よ ご存じれしょ」
BJ「ム・・・?」
ピノコ「ピノコは畸形嚢腫れなかったら いま頃は こんなかやらに育ってたわ」「八頭身の美女よ」
   「れも先生にすくわえたおかげで ピノコは生きらえたわ だかやグチなんかいわない」
   「れも先生・・・・・・ピノコを一度れいいから好きだといって」

  (ブラック・ジャックの肩に抱きつくピノコ)

ピノコ「お願い・・・・・・ほんとのこといって」
BJ「私はな・・・・・・・・・」「八頭身にも美女にも興味ないんだ」
ピノコ「先生・・・・・・ピノコきらいなの!?」
BJ「私はみかけの姿なんて興味ないよ」「どうにでも整形できるからな」
ピノコ「アッチョンブリケ」

  (ブラック・ジャックの言葉にショックを受けたピノコ)

BJ「さあそれよりもオペをすますんだ」
  「なにをしょげてる!?」「おまえ私の奥さんじゃないか」「それも最高の妻じゃないか」
  「いこう 患者が待ってるぞ」

  (闇の向こう、手術室へ向かって消えていくブラック・ジャックとピノコ・・・・)




BJ「ハッ」

  (突然目を覚ますブラック・ジャック。旅客機の中のようだ)

BJ「ちょっとまどろんだあいだに・・・・・・」「おかしな夢を見た」
  「まったくおかしな夢を見たもんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人間死ぬ前にはやたらに過去の夢を見るって言う   が・・・・・・」
  「あの夢の中のSLはいったいなんだったんだろう・・・・・・・・・」




「ひとりぼっちのブラック・ジャックはどこへ行くのか? だれに会うのかだれにもわからない」

「もし彼の姿をどこかで見かけたら たぶん そのときは彼はメスをにぎって奇跡を生みだしているはずである」




  (ブラック・ジャックを乗せた旅客機は、雲の間を飛んでいく・・・・)



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