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ベ ル サ イ ユ の ば ら

最終話 「さようならわが愛しのオスカル」


バスティーユ牢獄内からの銃撃を受け、
オスカルは、崩れ落ちるように倒れた。
こんなこと認めるわけにはいかない…とばかり、
すぐさま起き上がろうと手を突っ張る。
見上げた空の一角には、先ほど見た真っ白なハトが一羽…。
「…アンドレ………」
そうつぶやくと、オスカルはバッタリ仰向けに倒れた。
額から、ブロンドの前髪に沿って真っ赤な血が流れる…。
「オ…オスカル様……」
震えるロザリー。
「隊長!!オスカル隊長!!しっかりしてください!!」
アランが取り乱して駆け寄り、オスカルの耳元で叫んだ。
「聞こえますか?隊長!!!」
「…大声を出すな、アラン…ちゃんと…聞こえている…」
小さな声ではあったが、しっかりと答えるオスカル。
アランは我を取り戻し、周りの衛兵に向かって指示を出した。
「何をしてる、みんな!!手を貸せ!!
安全な場所へ移すんだっ!!!」
これを機にと、バスティーユからの攻撃に拍車がかかり、
次から次へと、無差別に砲弾を打ち放ってくる。
「こっちだ!早く来い!!」
ベルナールが、バスティーユからは死角にあたる路地に
アランたちを誘導した。
「ベルナール!…ちょっと待ってくれ。オスカルが…」
オスカルの頭を抱えているアランが、
先を急ごうとするベルナールを呼び止めた。
オスカルの額の流血は、止まるところを知らず、
美しいオスカルの顔を、悲しく赤く染めていた。
「……下ろしてくれ、アラン………、下ろして……
…たのむ…お願いだ……とても、疲れている…
だから…5分でいい……静かに、休みたい……」
オスカルの言葉を聞いて、
「…先生?」
ベルナールが、医者の顔を見ると、
「…うむ、毛布をここに…」
医者はうなずいて、路上に毛布を敷くよう指示した。
オスカルが寝かされるのを、泣きながら見ているロザリー。
かつては、オスカルに仕えていたロザリー。
オスカルを姉のように、あるいは恋人のように慕ってきた。
時には、オスカルの軍服を抱きしめて、
「オスカル様、あなたはなぜ女なの…」
と、つぶやいたことすらあった。
ロザリーにとってオスカルは、
かけがえのない、生きる支えでもあったのだ。
毛布に横たわり、オスカルはひとつ深く息をした。
オスカルの左手を取って、脈をみる医者。
しばらく目を伏せて脈を取り、そしてこう言った。
「誰か…顔の血を拭きとってあげなさい…」
それは…、オスカルの脈が弱くなってることを、
まわりの皆に伝えるには十分な言葉だった。
「…私が。」
ロザリーが泣きながら前へ進み出て、
オスカルの顔の横にひざまづき、そっと血を拭ってやる。
色を失ったオスカルの顔は、
それでも毅然としていて美しかった。
路地の真上に、道幅と同じだけの青空が見える。
その、隙間ほどの空に、白いハトが輪を描いて飛んでいる。
…薄目を開けたオスカルに、
その、オスカルを見守るように舞うハトの姿は、
見えているのだろうか…
「…どうした……味方の大砲の音が聞こえないぞ…
撃て…攻撃を続けろ……バスティーユを落とすんだ…
…撃て…アラン、撃つんだ……何をしている……」
うわごとのようにつぶやくオスカル…。
アランは、流れる涙を拭おうともせず、思い切り叫んだ!
「元衛兵隊員、全員配置につけ!!!!!」
「おお〜っ!!」
「…撃て…撃つん…だ………」
オスカルの周りから、走って戦闘に戻ってゆくアランはじめ衛兵たち。
アランは、路地の出口で振り返り、オスカルに精一杯の敬礼をして…。
衛兵たちは、敵の砲弾を掻い潜りながら、大砲まで走った。
「よぅし…!みんな!撃ちまくるんだっ!!!」
帽子を地面に叩きつけ、命令を出すアラン。
「おお〜!!」
怒りと悲しみをぶつけるように、バスティーユに大砲を放つアランたち。
オスカルに、この攻撃の音が届くようにと…。
アランたちの攻撃は、バスティーユ牢獄に大きなダメージを与えた。
「よ〜し、突っ込もう!」
それを見ていた市民たちが、チャンスとばかりなだれ込む。
「わああああ〜!」
市民軍の声、そして攻撃の音は、
路地のオスカルの耳にも届いた。
「聞こえるか、オスカル?味方の総攻撃の声だ。」
ベルナールの言葉に、オスカルはほんの少し微笑んだように見えた。

オスカルの目の前に、美しい星空が広がる…
そして、蛍が舞っているのか、
オレンジ色の光がフワフワ浮いている…
それは、初めてオスカルとアンドレが愛を確かめ合った、
あの湖のほとりで見た光景によく似ていた。
ひとつ、またひとつ…光が消えていき、
やがて最後の光も、すーっと闇に紛れた時…

「アデュー…」

…オスカルは、ゆっくり目を閉じた。

アンドレが、オスカルを迎えに来た瞬間だった…

脈をとっていた医者が、そっとオスカルの手を下ろす。
「…いやぁ〜っ!!!!!」
ロザリーの悲しい叫び声が、路地にこだました…。

― 1789年 7月14日 オスカル・フランソワ 絶命
そして その1時間後 
バスティーユ牢獄は降服の白旗をだす… ―



海辺の、緑の美しい村で、
地面を耕す男がひとり。
近衛隊の帽子の代わりに、今、麦わら帽をかぶり、汗を拭う…
アランだ。

― バスティーユでの民衆の勝利で、革命が終わったわけではなかった。
本当の意味での革命は、これから始まろうとしていたのである。
すなわち、新しい社会制度の確立である。
今までの権力者たちに対する、勝利者たちの裁きであった。
事実、フランス大革命により流された血の多くは、
戦いの最中ではなく、その後であったと言ってもよい。 ―

民衆が冷ややかに見つめる中、次々と権力者たちが、
ギロチンにかけられていく…。


燦々と照りつける太陽の下で、鍬をふるうアラン。
そこへ、一台の馬車がやってきて止まった。
「おーい、アラン!アラン班長!!」
降りてきたのは、ベルナールとロザリー夫婦であった。
「私だ!ベルナールだ!」
手を振りながら、アランに近づく2人。
「やぁ、ベルナール!しばらくだな。」
アランは汗を拭って、軽く手を振り返す。
「しばらくなんてもんじゃない…バスティーユからもう5年だ。」
「ほーう、5年か…もうそんなになったかな。」
「探したよ、ずいぶん。なんだってバスティーユが落ちた後、
黙って消えたんだ?」
アランは、丘の先端に立っている2つの十字架の方に目を向けて答えた。
「ここには、オフクロと妹の墓があってな、
前々から、いずれはここで農業をするつもりだったからな…」
アランも、その墓をじっと見つめた。
「…そっくりだ。オスカルとアンドレの墓も、
ああしてアラスの小高い丘に並んで立っている。」
「オスカルとアンドレか…。考えようによっちゃあ、幸せな2人だったな。
革命がたどったその後の醜さを知らずに死んだんだから…」



1789年10月1日

雨の中、手に手に武器をもって、ベルサイユ宮殿に押し寄せる女たち。
「見ておいで…あの女の首をちょん切ってやるっ!」
「オーストリア女は、私たちがこんなにお腹をすかせてんのに、
パンがなかったらお菓子を食べたらいいのに、と、言ったんだ!!」
皆、マリー・アントワネットへの不満を口にしながら、
まるで何かに憑かれたように、女たちの列は延々と続く。

― 1789年10月1日 革命は起こっても、
相変わらず続く食糧不足に、女たちの怒りが爆発した。
その怒りは、一転アントワネットへと向けられた。
男たちも同調し、実に六千を越える大集団が、
ベルサイユに向かったのである。 ―

女たちは、門の錠などぶち壊し、宮殿の中へなだれ込む。
その騒ぎは、城の中のアントワネットの耳にも届いた。
怯える子供たちを抱きしめるアントワネット。
ほどなくその集団は、
アントワネットの部屋のドアの手前にまでやって来た。
ドン、ドン、ドン…
「お逃げください!どうか安全な場所へ……」
ドアの向こうから聞こえてきた召使の言葉は、召使の体ごと、
民衆にのまれていった。
「王妃はどこだ〜!」
「つかまえて、八つ裂きにしろ〜!!」
人々は、躍起になってアントワネットを探す。
ドアというドアを破り、ありとあらゆる装飾品を破壊し、
とうとう、アントワネットとルイ16世、姫、王子は、
部屋の片隅に追いつめられてしまった。
外にも、たくさんの人々がその部屋の下に集まり、
激しい雨の中、罵声を浴びせ続けた。
「王妃を出せ〜っ!!」
「王妃をバルコニーに引っ張り出せ〜っ!」
人々の憎しみの叫びは、黒い塊になって、
アントワネットの体を押すつぶさんばかりにのしかかる…。
もはや、周りは怒りと悲しみに打ち震える人々に囲まれ、
アリの這い出る隙間もない。
ブルブル震えるルイ16世、王子、姫、そして数人の召使。
しかし、アントワネットだけは違った。
サファイアのような美しいブルーの瞳に、
王妃としてのプライドの…真っ赤な炎を宿し、
ドレスの裾をキュっとつまみ上げ、
そして、一歩一歩、堂々と、胸を張って、
取り囲む人々の真ん中を通り、バルコニーへと進む…。
「王妃様っ!いけません!姿をお出しになっては危険です。」
「王妃様!」 「アントワネット様!」
召使の声に耳も貸さず、真っ直ぐバルコニーへ向かう王妃。
外では、『王妃よ、バルコニーへ!』と、集まった民衆が声を揃え、
各々の武器を、天に向かって突き上げていた。
その時、バルコニーにアントワネットが姿を現した。
「出てきたわ!雌豚がっ!」
「あいつのおかげでみんな…!!」
銃を構える男たち!
狙いを定めて、引き金に指を掛ける。
しかし…
アントワネットは、罵声と激しい雨を全身に浴びつつも、
真っ直ぐ前を見据えたまま。
その堂々たる態度は、
引き金に掛けられた指をロックするほどの威力があった。
誰一人、声を発することすらできない。

そして王妃は、民衆に向かって深々と頭を下げたのだった。

― 200年続いたブルボン王朝の最後の王妃、
マリー・アントワネットが、
ついに民衆に深々と頭を垂れたのである。
人々は沈黙した。
革命の勝利の確信とは別に、
頭を下げてさえ女王たらんとするアントワネットの威厳に、
人々は打たれたのである。 ―

頭を下げたまま、アントワネットは涙を流した。
(わたくしは認めない…革命など絶対に!!)
そう、心の中で叫びながら…。


スウェーデン
フェルゼンの屋敷
(フェルゼン…かつてオスカルが恋心を寄せていたスウェーデンの貴族
アントワネットとは不倫関係にあったが、
王妃の幸せを考え、スウェーデンに帰った)

ワイングラスを傾けるフェルゼンに、召使が言った。
「すでに国民議会は、総領貴族階級の特権を剥奪、
そして現在、パリでは毎日のように革命委員会による裁判が行われ、
民衆に評判の悪かった貴族たちが、次々と死刑の判決を
受けているそうでございます。」
グラスを一気に空けて、フェルゼンは尋ねた。
「…それで、あの方はどうしておられる?」
「はい…、国王ご一家は、
民衆の要求により、すでにベルサイユ宮より、
パリのチュイルリー宮殿へと移されたそうでございます。」
「なに?!…あの古びた、150年間も人の入ったことない、
チュイルリー宮へっ!?……
なんということだ…、おいたわしい…」
「宮殿の周りは常に兵に囲まれ、
ご一家のお身の回りを世話するのは数名の召使のみ…」
「わかった、…もうよい。」
「…はい。」
一礼して、部屋を出て行こうとする召使。
「あ、ちょっと待て!今度の知らせが届くのはいつだ?」
「はい、3日後には次の使いが、当スウェーデンへ向け、
早馬をたてる予定でございますので、遅くとも…」

フェルゼンは、雨の降る庭へ出た。
「オスカル…今は亡き我が心の友…、私に勇気を!
天に飛んだ、君の、あのペガサスのごとき、
白き翼を、このフェルゼンに!!」
天に向かって、両手を広げるフェルゼン。


カモメの飛ぶ海を見ながら話をする、
アラン、ベルナール、ロザリー。
「哀れフェルゼン…、その情熱がマリー・アントワネットを
決定的に追いつめてしまうとは…。
ポリニャック婦人をはじめ、
ほとんどの王妃をとり巻いていた貴族たちが、外国へ逃げていく中で、
フェルゼンだけがパリへ戻ってきた。」
とうもろこしをかじりながら、
黙ってベルナールの話を聞いているアラン。


とある教会
十字架の前にひざまづくアントワネット。
そこへやってきた…フェルゼン!
駆け寄り、ひしと抱きしめ合う2人。
「共に死ぬために戻ってまいりました。
あなたの盾となり、あなたを支えるために!」
「フェルゼン…」


夜の森を、猛スピードで走る馬車。
手綱を握り、鞭を振るうのはフェルゼン。
馬車の中に、ルイ16世、王子、王女と
愛するアントワネットを乗せて。

― 1791年6月20日 夜
一台の馬車が、密かにパリを抜け出した。
それは…
フェルゼンが、全てを賭けた逃亡計画であった。 ―

「おーい、こっちだ!こっちだ!」
馬を6頭従え、カンテラを振って合図を送る男。
その前に、フェルゼンは馬車を止めた。
「陛下、ボンディに着きました。
ここで少し休憩し、馬を取り替えます。
どうかもうご安心を!
ここまで来ればソンベルサまで一本道、
そこには、陛下たちの国境越えの手はずを整えた、
ブイエ将軍の騎兵隊が待機しております。」
馬車の扉を開け、ひざまづくフェルゼン。
気づかれぬよう、そっと微笑むアントワネット。
するとルイ16世が、馬車の扉のところに出てきて、こう言った。
「フェルゼン伯、ご苦労でした。ここまで来れば安心でしょう。
ですから、もうここであなたはお帰りください。」
ハッとするアントワネット…。
「し、しかし…、陛下…」
フェルゼンも、思いもかけぬ言葉に戸惑いを隠せない。
「ここでお別れしたい。万一の時、外国人であるあなたを、
危険に巻き込みたくないのです。」
ルイ16世の言葉は、穏やかでありながら、
その内に秘められた強い気持ちは、
フェルゼンにも、アントワネットにも伝わった。
「……わかりました、陛下。
では、私はここからベルギーへ亡命いたします。」
「お気をつけられて…。
私は、あなたの友情は永久に忘れないでしょう。
おそらく、王妃も同じだと思います。」
ルイ16世は、そうさりげなく、
アントワネットが声を発するチャンスを摘み取った。
「……………ははっ。」
こんな近くにいながら、
目線を合わすことも、
言葉ひとつ交わすことも許されない2人…
フェルゼンとアントワネット。
フェルゼンは馬にまたがり、
「では、どうかご無事で!ご成功を心より祈ります。」
馬車に向かって手を挙げる。
そして、アントワネットの乗った馬車に背を向けると、
「やあっ!」
思い切り馬に鞭を入れた!
その目に光る涙を、決して愛する人に見せることなく…。

― それは、
ついに光の中へ出ることができなかった恋にふさわしい、
永遠の別れであった… ―


再び、海辺のベルナールたち。
「そして、逃亡計画は見事失敗した。」
「まぁ、しゃーねーやな、王妃の悪名とその高慢なツラは、
フランス全土に知れ渡ってるからな。」
アランは、食べ終えたとうもろこしを波にさらわせる。
「バレンヌの町で正体のばれた国王一家は、
そのままパリへと連れ戻された…
パリまでは3日かかったが、途中の町々では、
人々が馬車を取り囲み、大騒ぎになったそうだ。」

― そして、その旅の恐怖は、
アントワネットの美しいブロンドを、
老婆のような白髪に変えてしまったという。
国王一家逃亡事件により、
国民は、わずかながら残っていた王室に対する思いを全て捨て、
はっきりと、王室に対する裁きを要求し始めたのである。
1792年8月、国王一家は「裁かれる者」として、
チュイルリー宮からマレー地区にあるタンプル塔へと移される。
そして9月、国民議会に代わって国民公会が誕生。
同時にフランスは王制を廃止、
共和国となることを世界中に宣言した。 ―


国民公会 会議場
会場を埋め尽くした、新しく各州から選出された議員たち。
大拍手の中、指名を受け、
ニヤッと笑って発言を始める議員サンジュスト。
「主権は、元々国民のものである。これを独占していた国王は、
人民の権利を奪い取っていたものに他ならない!
つまり、王の存在それ自体が、
すでに許すことのできない罪を犯したことになる!
王は、罪の本体である!!
私は、ルイ16世がまだマバタキをしているというだけで鳥肌が立つ!」
『そうだ、そうだ!!』
再び会場は、大拍手、大声援に包まれた。
次に指名を受けたのは、革命家ロベスピエールだった。
「ルイ16世は、被告ではない!
そして我々も神でない以上、人を裁く権利はない。
しかし、我々は国家の将来のために正しい道を選ぶ権利は持っている。
…はっきり言おう。
ルイは、我が共和国のために、危険な存在である。
彼は、生きているだけですでに罪を犯しているのだ!」
『そうだ!そうだ!!』
ロベルピエールの突き上げたこぶしに合わせ、
次々と立ち上がる議員たち。

― 361票対360票、たった1票の差で、ルイ16世の死刑が確定。
明けて1793年1月21日、
ルイ16世は、断頭台の露と消えた…。 ―


「シャルル!シャルル!!」
「お母さま〜っ!!」
白髪になったアントワネットの元から、市民側兵たちが、
幼い王子の両脇を抱えて、連れて行こうとしている。
「離してください!
あたくしから夫を奪い、その上、子供とまで…。
あなたたちも、人の子の父親でしょう?!」
必死に叫ぶアントワネット。
兵たちは、その言葉に振り返り、
アントワネットを冷ややかにみつめて言った。
「…そうとも、ワシらにも息子がいたさ。
そしてワシらが、息子に飲ませてやるミルクもなく、
栄養失調で死んでいくのをただ見ているしかなかった時、
…あんたは、贅沢なものを喰らい、
宝石を身につけて、ベルサイユで笑っていたんだ!!」
アントワネットには、言い返す言葉がみつからなかった…。
「さぁ!連れてゆけ!」
「はいっ!」
王子を連れて出てゆく兵たちを、
ぼう然と見送るアントワネット。


海辺の三人。
ロザリーが、アントワネットのことを哀れむように言った。
「王妃様には、それからしばらくして死刑の判決が下りました。」
そこまで聞いて、額をかくアラン。
「おい…、もうよそうぜ!
王妃がどうなったかなんて、オレには興味がねぇ。
おい、ベルナール、おまえ、そんなことを話す為に、
わざわざオレんとこへ来たのかよ?」
「いやぁ、そうじゃない。私は、オスカルとアンドレのことを、
キミに聞きたくて来たんだ。
私は今、フランス革命小史という本を書いている。
その本で、ぜひ、2人のことにふれたいんだよ。
少なくとも、キミは2人を知っているヒトリだ。」
「じゃあ、なおさらだ。死刑になるアントワネットの話なんか、
…関係ねーよ。」
「…いや、それがあるんだ。
もう少し、ロザリーの話を聞いてくれ。」
ロザリーは続けた。
「私は、コンシェルジュリ牢獄へ移された王妃様の、
お身の回りのお世話をしていたのです。
始めのうち王妃様は、
わたくしが誰だったか気づかなかったようですが…


独房で、ロザリーがアントワネットの白い髪を梳いている。
鏡に映ったロザリーの顔を見てハッとするアントワネット。
「あっ、あなたはひょっとして、オスカルと一緒に、
いつか舞踏会でお会いした…?」
「はい、ロザリーでございます。
少しでもお慰めをと、この役を願い出ました。」
「あ〜…、懐かしいオスカル!
聞かせてくださいな、オスカルのことを…
ロザリーさん、お願い!」


…それからは、毎日のようにオスカル様のお話をお聞かせしました。
そして聞き終わると、王妃様は必ずこうおっしゃるのです。

『心がやすまります…オスカルに思いを馳せると…』」


― 1793年10月16日 0時15分
マリー・アントワネット 処刑… ―


ロザリーが、真っ白なばらの造花を一輪、
胸に大事そうに抱いて続けた。
「これは、最後の日の朝、王妃様がわたくしにくださったものです。
独房の中にあった化粧紙で、オスカル様に思いを馳せて作られた…
そして、こう言われたのです。

『ロザリーさん、このばらに色を付けてくださいな。
オスカルの好きだった色を…』

そう言われて、あらためてハッとしました。
私…、オスカル様がどんな色のばらが好きだったかなんて、
聞いたことがなかったんです…」
ロザリーの目から、とめどなく涙があふれた。
するとアランが、そのばらをみつめてこう言った。
「オスカルは知らねーが、アンドレならきっと…
白が好きだって、言うぜ…」

そう…、オスカルは、真っ白なばらの花ような、
そんな女性だったから。

「じゃあ、このままの方がいいですね?」
「ああ…、それがいい…」
夕暮れの近づいた海岸で、
3人は、オスカルの美しい思い出に浸るのだった…。

― それからしばらくして、ロベスピエールとサンジュストも、
政権争いに破れ、処刑される。

そしてさらに10年後、
アントワネットの死後、祖国に帰り着いたフェルゼンは、
民衆を憎む心冷たい権力者となり、
民衆の手により虐殺されたという… ―



ベルサイユのばら

― THE END ―

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