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これまでのあらすじ


徳川家の世継ぎを決するために行われた甲賀・伊賀の忍法争い。
激しい戦いの末、生き残ったのは、かつて婚約者同士だった甲賀の弦之介と伊賀の朧だけとなった。

戦いに介入した阿福(伊賀方についた竹千代派)の工作により、最後の一戦は駿府城の西方・安部川のほとりで行われることになる。
だが、弦之介の最大の武器である”瞳術”は”七夜盲の秘薬”によって塞がれており、彼自身も重傷を負っていた。


お互いに愛し合いながら定めにより戦う若者たち。果たして、その結末やいかに・・・・?




最終殺「一対一」




 慶長十九年五月七日 夕刻

 (安部川のほとりに立つ弦之介と朧。その様子を見守る見届け人たち)

阿福「・・・・我らが伊勢へ参る途中・・この争いに立ち会う仕儀となりましたのはまったくの偶然
・・・・この果たし合いに我らが何の手も加えておらぬことを・・
服部響八郎(・・・・・・・・)
阿福「争忍の行司役たるおまえさまがその目でとくと見届けて・・・・大御所様の証人となっていただきとう
ござりますればくれぐれも・・・・
服部半蔵「・・承知しており申す」
阿福「・・こっ甲賀の忍者は伊賀方に目を塞がれ腕にも深手を負っておりまするが・・それもまた
忍法勝負のひとつでございましょうね?」
半蔵「・・さきほどからのくどい物言い・・それではかえってあらぬ疑いを招きまするぞ 阿福殿」
阿福(・・・・・・・・・・・)
響八郎(・・・・・・)



 (阿福と半蔵が心理戦を繰り広げている隣で、響八郎は今朝方のことを思い起こしていた)



 慶長十九年五月七日同日 早朝 藤枝宿 某旅籠

 (部屋で一人座っている朧のところに、響八郎が現れる)

朧「・・・・どなた・・ですか?」
響八郎「二代半蔵正就が一子響八郎・・・・もっとも今は四代正広の養子じゃがな」
朧「服部・・響八郎様?」
響八郎「・・そなたは憶えておらぬだろうが・・わしは一度そなたに会うたことがある」

「十年ほど前・・」
「二代半蔵(おたじどの)に連れられ伊賀や甲賀を巡った折に・・・・」

 (お幻婆に連れられた朧)

「幼いそなたや」

 (甲賀弾正に連れられた弦之介)

「弦之介に会うた」

響八郎「此度のこと・・・・そなたたちの一族を死地へと追いやった服部家(われら)を・・
・・さぞや恨んでおろうなぁ」

 (うつむいて答えない朧)

響八郎「何か・・望むことはあるか? 今となっては・・たいしたことはしてやれぬが」
朧「いえ・・何も・・・・・・・・ございませぬ」
響八郎「・・そうか 弦之介もあの様子では・・」
朧(・・・・・・)
響八郎「たとえ夕刻の果たし合いまでに 目を覚ますことが出来たとしても・・・・」

 (縄で縛られ倒れている弦之介)

響八郎「せいぜいたっておるのがやっとであろう・・」

 (うつむいたまま何も言わぬ朧)

響八郎「・・そなた刀は?」
朧「・・持ち合わせておりませぬ」
響八郎「では・・・・これを使え 無銘なれど業物じゃ」

 (脇差を取り出して与える響八郎)

朧「・・・・・・・かたじけのうございます」



 (舞台が夕刻に戻る)


響八郎(朧よ・・・・たとえ宿怨の一族同士とはいえ相手は手負いじゃ・・せめて一太刀の下に・・・・・・・・・)

 (いよいよ始まる戦いを阿福、半蔵、響八郎が並んで見守る)

響八郎(・・あの世へ送ってやれ・・・・)

 (脇差を持つ朧。剣を持つ手負いの弦之介。向かい合ったまま動かない)

阿福「おっ朧っ!」

 (思わず叫んだ阿福の声が届いたか、歩き始めた朧)

阿福(・・・・・・)

 (ゆっくりと近づき、ついに弦之介の手前まで来た朧。脇差を振り上げ・・・・・)





「大好きです 弦之介さま」
「!?」





 (はっとする弦之介。その目につけられた”七夜盲の秘薬”がはがれおちていく)
 (そして・・・・・微笑みながら脇差を自らの胸に突き立てる朧)
 (力尽きていくその姿を、視力を取り戻した弦之介は見た・・・・・・・・)
 

 (愕然とする見届け人たち。特に阿福には衝撃だ)

阿福「ひゃああああああああああああああああああああああああ」

 (恥も外聞も無く絶叫する阿福)

阿福「だれかっ! だれか弦之介をオォ 弦之介を討ってたもォオォォオォ」
半蔵(・・たわけが)
阿福「だれかぁあァああぁあぁ」

 (その声に反応して動いた侍たち)

侍「おぉおぉおお」

 (いっせいに弦之介に飛び掛る侍たちだが・・・・・・)

バリッザッゴッ(すさまじき瞳術!! 殺意を返すこの忍法で、次々と侍たちが自滅していく)

 (あとに残ったのは、無数に転がる屍だけ・・・・・)

響八郎「なんとすさまじい・・」
半蔵(・・・・・・・・・)
阿福「ああ・・あああ・・・・・・ああ」

 (がっくりと膝をつく阿福。そんな様子をみながら、近づいてくる弦之介)

阿福「ひっ・・」
響八郎(・・・・・・・・)

 (怯える阿福。懐に手を入れながら緊張を高める響八郎)
 (だが、弦之介はそんな二人に目もくれず、置かれていた巻物”忍法争い人別帖”を手に取った)

響八郎(・・・・・・)

 (朧の亡骸に近づく弦之介)

弦之介「・・・・朧・・」

 (胸に刺さった脇差を抜き、抱きしめる弦之介)

響八郎「父上・・・・あの二人もしや・・」

 (手に血をつけ、人別帖から朧の名を消す弦之介)

響八郎「!?」

 (遠目で見ていた響八郎が何かに気づく)

響八郎「父上 弦之介が・・人別帖に何か字を書き入れておるようです」
半蔵「指の動きが読めるか? 響八郎」
響八郎「やってみます・・」

 (血のついた指で、人別帖に書き込む弦之介)

響八郎「・・・・いご・・に・・最後に!・・・・・・」
半蔵(・・・・・・・・)
響八郎「こ・・れを・・かきたるは・・・・伊賀の・・忍者・・朧なり」
半蔵「なに!?」
響八郎「父上・・・・・・やはりあの二人は・・・・」
半蔵(・・・・・・・・)

 (ちらっと横を見る半蔵。絶望した阿福がへたり込んでいる)

阿福「おしまいじゃ・・もう・・」
半蔵(この土壇場に・・このような形で伊賀の・・竹千代派の勝ちが決するとは・・つくづく悪運の強い女じゃ)
阿福「・・だめじゃ・・」
半蔵(うちあけるのは後ほどとしようか・・・・多少恩着せがましくな それまでは・・・・
もうしばらく奈落の底に居てもらおうかの)

 バサバサ ガッ(いきなり飛んできた伊賀のお幻の鷹が、人別帖をひっつかむ)

半蔵、響八郎「「!?」」
弦之介「伊賀の勝ちだ・・・・・・駿府城へ行け」

 (人別帖をぶら下げながら飛んで行く鷹)
 (人別帖に書かれた20人の名前は、いまやすべてが消されている・・・・・・・)


 (朧の亡骸を抱えた弦之介。ゆっくりと安部川の中に入っていく)
 (空を舞う鷹を見上げ何を思うか弦之介)

響八郎(・・・・・・)

 (朧から脇差をとり、それを己の胸に突き刺す弦之介。二人の体が川に沈んでゆく・・・・・・)



慶長十九年(一六一四年) 十月 大阪冬の陣


 (憔悴した阿福が呆然としている)


元和元年(一六一五年) 四月 大阪夏の陣 豊臣氏滅亡


 (沈痛な面持ちで川を見る服部親子)


元和二年(一六一六年) 四月 大御所 徳川家康没


 (しっかりと抱き合いながら川を流れてゆく弦之介と朧・・・・・)


元和九年(一六二三年) 七月 徳川家光(幼名竹千代) 徳川三代将軍となる


 (果てしなき海の上を飛ぶ鷹。弦之介と朧の姿はもうどこにも見られない・・・・・・・・・)





バジリスクー甲賀忍法帖ー 完

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