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あ ら い ぐ ま ラ ス カ ル

― 最終回 別れと出発の時 ―



小屋の木の壁に
『S.N.』
と、刻みつけるスターリング。

友だちのアリスが、自転車でスターリングの家にやって来た。
空っぽのラスカルの檻を見て、ちょっと心配そうなアリス。
「もう行っちゃったのかしら?」
それから、母屋に向かって
「こんにちは!」
と、声をかけると、中からスターリングのお父さんが出てきた。
「あ!こんにちは、おじ様。」
「ああ、いらっしゃい、アリス。」
「スターリングは、もう行っちゃったんですか?」
「いいや、自分の部屋にいますよ。」
「ああ、よかった!ラスカルにキャンディーを持ってきたんです。」
「ほお。」
キャンディーの入った紙袋を持って、アリスは家に入っていった。

スターリングのベッドの上で、上手に棒付きキャンディーの包みを開き、
おいしそうにペロペロなめるラスカルを、
スターリングとアリスは、じっと見ていた。
「本も机も、何もかもなくなっちゃったわね。」
さびしそうにつぶやくアリス。
「ああ、姉さんのところへ送っちゃったから…。」
「やっぱりスターリングは、ミルウォーキーへ行ってしまうのね。」
「何言ってんだ?そんなこと、ふた月も前に決まったことじゃないか。」
「でもあたし…、どうしても本当のような気がしなくて。」
「明日だ、アリス。」
「…(うなずいて)そして、ラスカルとは、いよいよ今日でお別れね。」
「…そう、今日だよ。」
ラスカルは、上手に棒を持ち、夢中でキャンディーをなめている。
しばらく2人は、そんなラスカルを見ていたが…。
「ねえ、どうしてもダメ?」
「何が?」
「意地悪っ!わかってるくせに…。」
ちょっと怒ったようなアリスに、スターリングは言った。
「悪いけど、僕一人でラスカルをコシュコノング湖へ連れて行くよ。」
「…そう。それじゃあサンダース河までならいいでしょ?」
「ああ。」
アリスはにっこり笑い、そして、ラスカルに近づいた。
もう、ほとんど棒だけになったキャンディーをペロペロなめているラスカルに、
新しいキャンディーを差し出すアリス。
「ラスカル!さあ、もっと食べなさい。
おまえがコシュコノング湖の向こう岸で暮らすようになったら、
甘いキャンディーは一生食べられないかもしれないわよ。」
その言葉の意味を理解しているかのように、
ラスカルは、今まで持っていたキャンディーの棒を投げ捨て、
新しいキャンディーを受け取ると、
また上手に包みを取って、キャンディーをなめ始めるのだった。

スターリングのお父さんがパイプをくゆらせていると、
スターリングと、ラスカルを抱いたアリスがやってきた。
「出かけるかい?」
お父さんは立ち上がってスターリングに尋ねた。
「ええ、帰りは夜になります。」
「うん、気をつけてな。」
「はい。」
それからお父さんは、ラスカルを愛しそうに見つめ、
「さようなら、ラスカル。達者で暮らせ。」
そう言いながら頭をやさしく撫ぜてやると、
ラスカルは
「キャッ、キャッ…」
と、返事をした。
「ありがとう…。
おまえはこの一年、スターリングの本当に良い友だちだったな。」

自転車のカゴにラスカルを乗せ、走り出すスターリング。
それに続くアリス。

〜 僕があんなに恐れていた日が、とうとうやって来た。
お父さんの言ったとおりラスカルは、本当に仲の良い友だちだった。
その友だちとの別れの日が、とうとうやって来たんだ。
そして別れたら、もう二度と会うことはないだろう… 〜

「ねぇ、スターリング。」
緑の中、自転車をこぎながら、アリスが声をかけた。
「なんだい?」
「もしもよ…、ラスカルがあなたとどうしても別れようとしなかったら、
去年のスリーレイクスの時のように、
いつまでもあなたを追いかけてきたらどうするの?」
「僕たちは、それでも別れるさ。
だって、それがラスカルにとって、一番幸せになることだからね。」
スターリングの強い心を知ったアリスは、
もうそれ以上何も言わなかった。

スターリングとアリス、そしてラスカルは、
サンダース河のほとりに着いた。
スターリングの準備したカヌーに、ラスカルを乗せるアリス。
そしてスターリングとラスカルを乗せたカヌーは、
静かに河を滑り出した。
何も言わずにカヌーを見送るアリスを、
カヌーの先端からじっと見ているラスカル。

〜 ラスカルが、僕とどうしても別れようとしなかったら…?
いや、ラスカルは大人になったんだ。
ラスカルも檻の中の生活よりも、
自然の中で自由に生きる道を選ぶだろう。 〜

「キュッ!キュッ!」
ラスカルが、何かを言いたげに鳴いた。
「ラスカル、うれしいか?
おまえがカヌーに乗るのも最後だぞ。」
ラスカルは、カヌーの一番前に乗るのがお気に入りだった。
柔らかな日差しの中、木々のトンネルやアーチ型のレンガの橋をくぐり、
カヌーは、やがて、広いロックリバーへと出た。

〜 ロックリバーに出ると、僕はコシュコノング湖を目指して
一生懸命漕いだ。 〜

ラスカルが、スターリングの足元にやってきて、
「キャッ、キャッ!」
と、スターリングの顔をのぞき込んだ。
スターリングは、オールを漕ぐ手を休め、
紙袋からキャンディーを一本出して、ラスカルに渡した。
「キャァ!」
うれしそうにキャンディーを持って、カヌーの先端に戻るラスカル。
そして、いつものように上手に包みを取り、
おいしそうにペロペロ。

〜 おまえはずいぶん大きくなったな。
僕がおまえと出会った時から比べると、目方も13倍になった。 〜

スターリングは、キャンディーを夢中でなめるラスカルを見ながら、
ラスカルとの思い出をかみしめていた。
出会った時のこと…
ストローで、ミルクを飲ませたこと…
森で遊んだこと…
何でも洗おうとして、角砂糖まで洗って溶かしてしまったこと…
カラスやザリガニと格闘したこと…
ひとつひとつ、鮮明に思い出された。

〜 ラスカル、おまえ本当に大きくなったんだな。 〜

近所のトウモロコシ畑を荒らしてしまったこと…
一度は森へ帰そうとしたけれど、離れられなかったこと…

〜 ラスカル…、ラスカル…!
あの時、おまえが戻ってきてくれて、
僕はどんなにうれしかったか!
だけど今日は… 〜

カヌーは、静かに進む。
ラスカルとの思い出をいっぱい乗せて。
やがて、空が黄昏に染まった頃、
スターリングのカヌーは、コシュコノング湖に到着した。
「どうだ、いい所だろう?気に入ったかい?
この辺りは、人間はめったに来ないから、おまえも安心して暮らせるぞ。」
岸からやや離れた場所まで来た時、
ラスカルがスターリングの元へやってきて、また鳴いた。
「お腹すいたんだな?今、サンドウィッチを出してやるよ。」
揺れるカヌーの上、バランスをとりながら、
スターリングはカヌーの先端へ行き、サンドウィッチの入った袋を取り出した。
「キューキューキュー!」
「おい、あまり動かないでくれ、すぐやるから。」
そして、席へ戻ると、2つのうち、1つのサンドウィッチをラスカルにやった。
パクパクおいしそうにサンドウィッチをほおばるラスカル。
スターリングは、残りの1つを口に運ぼうとしてやめ、
そして、ラスカルにやさしく言って聞かせた。
「いいかい?スリーレイクスの時みたいに、僕を追いかけるんじゃないぞ。
おまえはここで生きていくのが、一番幸せなんだ。」
「キュゥ…」
「…わかってるのか?ラスカル…。
夜になったら、いよいよおまえとお別れだからな。」
一口サンドウィッチをかじったスターリングだったが、
すでに、ぺロリと自分の分を食べてしまったラスカルが、
「キュー!」
と、鳴いたものだから、
「よく食べるな…。」
スターリングは、そのサンドウィッチもラスカルにやった。
「…聞いてくれ、ラスカル。僕だっておまえと別れたくないんだ。
でも、おまえはもう一人前の大人だし、
なんと言っても、自然の中で自由に暮らすのが一番いいんだ。
それに、お嫁さんをもらって子供を作れ。
わかったか?ラスカル。」
…わかっているのか、いないのか、
ラスカルは、スターリングの分のサンドウィッチもたいらげて、
「キャッ…」
と、返事をした。
「そうだよ、お嫁さんだ。夜になれば、
きっとおまえのお嫁さんになりたいっていうメスのあらいぐまがやってくると思うよ。
だから、暗くなるまで待とう。
(※あらいぐまは、本来夜行性のため)
…でも、今日は満月だから、そんなに暗くならないね。
それまで2人で話をしていようよ。」
スターリングは、やさしくラスカルを抱き上げ、頬ずりした。
スターリングのあごのあたりを、小さな手で撫ぜるラスカル。
「うふふっ…」

水面をオレンジ色に染めていた夕陽もだんだん傾き、
ちょっぴり冷たい空気とともに、暗闇がカヌーを包み始めた。
岸の方をじっと見ているスターリング…
スターリングの足元で、靴を撫ぜているラスカル…。
「もう少し、岸に近づいてみようか。」
オールを取って、ひと漕ぎ…ふた漕ぎ…岸にカヌーを寄せるスターリング。
「どうだ?ラスカル。おまえの仲間たちの声が聞こえるかい?」
顔を上げて、スターリングを見るラスカル。
「そうだよ、おまえのお嫁さんになりたいっていうあらいぐまの声さ。」
…と、その時だった。
「はっ!」
岸の方から、
「キュ〜ッ…」
あらいぐまの鳴き声が!
「ほら、おまえを呼んでいる声だぞ。」
その鳴き声に、カヌーの先端に行って、岸を見るラスカル。
「どこにいるかわかるか?ラスカル。」
スターリングが、目を凝らしてじっと暗い岸を見ていると、
木の陰から、湖のほとりに一匹のあらいぐまが姿を現した。
「あっ!あそこにいるぞ!
あれがおまえのお嫁さんだ、ラスカル!!」
カヌーの先端から身を乗り出すようにして、
ラスカルは、岸のあらいぐまを見ている。
岸に現れたあらいぐまは、右に左に歩きながら、
「キャァ〜…」
と、ラスカルを呼ぶように鳴き、ラスカルも
「キュッ!」
と、それに応えたようだった。
「キャァ…キャァ、キュゥ…キュウ!」
岸から呼び続けるその鳴き声に、
後ろのスターリングを振り返るラスカル。
「…いいんだよ、ラスカル。行っていいんだ。」
しかし、迷っているのか、ラスカルはちょっと首をかしげた。
「僕らの別れる時が、とうとう来たんだ、ラスカル…。」
「キュゥ…」
岸とスターリングの顔とを、交互に見ているラスカルに、
スターリングは、大きくうなずいて見せた。
「行っておまえの幸せをつかめ!」
「キャァ…ッ。」
岸から、もう一度ラスカルを呼ぶ声がした。
「行け!ラスカル!!」
「キュゥ…」
スターリングの言葉に、
ラスカルは、ついにカヌーから降り、岸に向かって泳ぎ始めた。
「…そうだ、それでいいんだ、ラスカル。」
もう、スターリングは涙を止められなかった。
月明かりの中、岸に向かって泳ぐラスカルの姿が、
涙でにじむ…。
「さようなら、ラスカル…。幸せになれ。」
やがて、ラスカルが岸に泳ぎ着き、
待っていたあらいぐまと頬ずりしたのを見届けると、
スターリングは、精一杯の声で叫んだ。
「さよなら、ラスカルーっ!達者で暮らせよーーーっ!!」
そしてオールを取ると、夢中でカヌーを漕ぎ出した。
岸に並んでスターリングを見ているラスカルたちの方を、
決して振り返らず…。
ラスカルの目も、何か言いたそうに潤んでいるように見えたが、
以前のように、スターリングを追いかけようとはしなかった。
ただ、小さくなってゆくカヌーを、じっと…じっと…
いつまでも見ているのだった。

〜 やっぱり涙が出てきた。
僕は、たまらない気持ちで、
ラスカルとの最後の別れの場所から離れた。 〜


次の日の朝

「カァ、カァ、カァ…」
カラスのポーの声も、どこかさびしげな朝、
自転車でスターリングの家にやってきた友だちのオスカー。
「ポーのヤツでも、やっぱり別れは悲しいのかな。」
ラスカルの檻を見ると、そこにはもうラスカルの姿はない。
「そっか…、ラスカルはもう、森の中だな。」
それから、母屋に行くオスカー。
「おい、スターリング!」
返事がないので、家の中へ入ってみたが、誰もいない。
「おかしいなぁ、もう駅へ行っちゃったのかな。」

その頃、スターリングは、お父さんと犬のハウザーと一緒に、
お母さんのお墓にいた。
「なあ、エリザベス。スターリングはこれからミルウォーキーへ行くんだ。
それも一人でだぞ。
おまえが天国に召されてから、スターリングはすっかりたくましくなった。
だから、おまえも安心していいよ。
私の方も、明日かあさってには、ビームストンの農場に行くことになっている。
なぁに、大丈夫…。私も元気で働くよ。
それで、当分2人ともここへは来られないかもしれない。
さびしいだろうが我慢しておくれ、エリザベス。」
お墓に向かって、やさしく語りかけるお父さん。
「母さん、ミルウォーキーで中学校に入ります。
お父さんがいなくても、しっかり勉強します。
都会の子になんか負けません。」
スターリングが決意を語ると、
お母さんがやさしい笑顔を見せたような気がした。
「それじゃあ、行ってまいります、お母さん…」
「ワン!ワン!」
(ボクのことも忘れないでよ!)
とでも言うように、ハウザーがほえた。
「そうそう、ハウザーはビームストンの農場に連れて行くことにしたよ、
エリザベス。」
付け加えるお父さん。

街の中
路地のドラム缶に座って、子分とキャンディーをなめていたスラミーは、
自転車で過ぎようとしたオスカーを発見し、追いかけた。
今まで、何度もラスカルを狙ってスターリングたちに意地悪をしてきたスラミー。
子分たちに、オスカーの自転車を捕まえさせると、
その正面に立って、ニヤニヤ笑った。
「何するんだ!」
「ふっふっふっふ…」
「おい、どいてくれよ、俺は急いでるんだ。」
「スターリングの見送りに行くんだろ?」
「そうだよ。」
「なあオスカー、教えてくれよ!」
「…なんだ?」
「スターリングは、ラスカルをどこへ放したんだ?」
「俺、ここんとこスターリングに会ってないから、よく知らないよ。」
とぼけて行こうとするオスカーの自転車を、
怪力で抑えるスラミー。
「話は聞いてるだろ?!」
「ああ。」
「なぁ、どこに放すって言ってた?」
「そんなこと聞いて、どうするんだよ。」
「どうしようと俺の勝手だろ?」
「捕まえるつもりか…?」
「だったらどうする?」
「おまえなんか、絶対捕まえられないさ!」
「じゃ、放した場所、知ってるんだな?」
「ああ、だいたいの場所はな。」
すると、スラミーの目が輝きだした。
「ウェントワースの森かい?やっぱり!!」
「違うよ。」
「じゃあ、どこなんだ?」
「んー…。」
「頼む!教えてくれ!」
「教えてやるから、その手を放せ!」
慌てて自転車を放すスラミー。
「コシュコノング湖の向こう岸だ。」
「え〜っ!コシュコノング湖??」
「ああ!あそこの広い森の中で、今頃ラスカルは、
自由に駆け回ってるだろうぜ。」
スラミーはがっかり。
「あんなところに放したのか…」
「ま、捕まえたかったら行ってみるんだな。
あの森には熊もいるから、反対に食べられないように用心しろ。
そいじゃあな〜!」
再び自転車を走らせるオスカーの後姿を、
じっと悔しそうににらんでいるスラミー。


入り口に立っていたアリスが、
角を曲がって来たオスカーに手を振った。
「アリス、スターリングは?」
「まだなの。あたしも早く来すぎたわ。」
「家に寄ったけど、いなかったよ。」
「そう…、じゃあ、お母さんのお墓に行ってるのよ、きっと。」
「あ、そうか!そりゃ気づかなかった。」
自転車を、駅の壁に立てかけるオスカー。
「オスカー、よく出てこられたわね?」
「ああ、今、畑が一番忙しい時なんだけど、
親父が見送りに行けって言ってくれたんだ。」
「よかったわぁ!」
「親父がダメだって言っても、もちろん来るつもりだったけどね。」
そこへ、スターリングを乗せた車がやってきた。
お父さんが運転し、後ろにはハウザーも乗っている。
「オスカー!来てくれたのか!」
うれしそうにスターリングが言った。
「ああ!」
「やあ、アリス!」
車を降りるスターリング。
「おばあ様も来てるわ。今、駅長室にいるの。」
「そう!クラリッサおばあさんまで。」
車を降りたお父さんにあいさつするオスカーとアリス。
「こんにちは、おじさん!」
「こんにちは!」
「ああ、2人ともありがとう。」
スターリングとオスカーとアリスが駅の中へ入っていこうとすると、
「おい!スターリング、ボストンバッグを忘れてるぞ!」
と、お父さん。
「あっ、いけない!」
慌てて車へ戻り、ボストンバッグを持ち上げるスターリング。
「スターリング、汽車の中に置き忘れたりするなよ。」
「…今度は大丈夫。」
それを聞いて、みんなは微笑んだ。
「まあ!ふっふっふ…」
「はっはっはっは…」

ホームのベンチに座るスターリングに、
オスカーが言った。
「ミルウォーキーへ行ったら、新しい友だちができるだろうけど、
俺のことも、忘れないでくれよな。」
「当たり前だ!忘れるもんか!」
「あたしのこともね。」
「もちろん!」
アリスもにっこり。
「あたし、手紙を書くわ。」
「俺も書くよ!」
「僕も。」
その横では、お父さんとクラリッサおばあさんが話をしている。
「あんたもさびしいだろ?
スターリングと離ればなれになっちまうなんて。」
「そりゃあね…」
「でも、あの子は偉いよ。やっぱり男の子だねぇ。
ちっとも悲しそうな顔してないね。」
「我慢してるんでしょう、きっと…」
「…そうだろうねえ。
家のアリスも、スターリングと別れるのがよっぽど辛いのか、
昨夜など、しょんぼりしてましたよ。」
「仲良しでしたからね、2人は。」
ピィーーーーーー…
遠くから、汽笛が聞こえてきた。
「汽車が来たようだね。」
「おい!スターリング!」
お父さんの声に、立ち上がるスターリング。
その横顔をじっと見つめるアリス。
ピィーーーー…、シュシュシュシュ…
「…汽車が故障しないかしら。」
アリスがポツリとつぶやいた。
「ええ?」
「なんだって?」
驚くスターリングとオスカー。
「汽車が故障して動かなくなれば、
今日はミルウォーキーへ行けなくなるわ…。」
「ムチャなこと言うなぁ、アリスは。」
ピィーーーーー!!
そんなアリスの希望はかなわず、
黒い煙をはきながら、スターリングを乗せた汽車はゆっくりと動き出す。
「体に気をつけろ。」
「お元気でね!スターリング。」
オスカーとアリスが、汽車と一緒に歩きながら言った。
窓から顔を出すスターリング。
「さよなら、お父さん!さよなら、クラリッサおばあさん!」
黙って手を振るお父さん。
「元気でね!スターリング!」
と、クラリッサおばあさん。
「ワン!ワン!」
ハウザーも、スターリングに声をかける。
だんだん汽車のスピードが上がり、
それにつれてオスカーとアリスも走り出した。
「見送りありがとう、オスカー!」
「体に気をつけろーっ!」
「さよなら、アリス!」
「夏休みに会いましょうねーーっ!!」
「頑張れよ、スターリング!」
「手紙を書いてねーー!」
「さよなら、アリス!オスカー!」
煙と蒸気を残し、汽車は走って行った。
いつまでも手を振って見送るオスカーとアリス。
クラリッサおばあさんが、
「…行っちゃったね。」
と、ぽつり。
「ワオォ〜ン…」
ハウザーも、ちょっぴりさびしそうな声…。

景色を目に焼き付けるかのように、
スターリングは窓の外を見つめていた。
緑が美しいこの風景。
楽しい思い出、悲しい思い出…
そして、ラスカルとの思い出がいっぱいのこの街。
「坊や、どこへ行くの?」
向いの席に座っていた婦人が尋ねた。
「ミルウォーキーです。」
「そう。お連れはいらっしゃらないの?」
「はい、僕一人です。」
「へえ、一人で?偉いわねえ。」

〜 僕は、一人で出発した。
お父さんや友だちの親しい人たちと別れて、
ミルウォーキーでの新しい生活を始めるために出発した。
この一年で、僕は確かにたくましくなった。
これも、みんなのおかげだ。
…そして、ラスカル。
おまえの力も大きかった。
ラスカル…
いつまでも元気で暮らせよ。 〜

森の中、お嫁さんになるだろうあらいぐまと、
楽しそうに走っていたラスカルは、
ふと、スターリングに呼ばれた気がして立ち止まり振り返る…。
が、そこにスターリングの姿がないことを確かめると、
再び、大自然の中を走って行くのだった。

〜 さようなら、オスカー。
さようなら、アリス。
みんな、いつまでもお元気で…
また会いましょう。
僕も元気で頑張ります、みなさん。 〜

ピィーーーーッ…


― あらいぐまラスカル おわり ―

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