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エコエコアザラクの最終回



回想──

遊園地で楽しげに遊ぶ黒井ミサ、アンリの姉妹。




前回のハイライト──


大門村でミサを守って傷ついた青年、リョウ。

ミサ「あなたを人形なんかにさせない」

リョウの傷をミサが手当てする。

リョウ (案外……上手いんだな)
ミサ「そう言えば、まだ名前……聞いてなかったわね」

リョウをナイフで突き刺すアンリ。

ミサ「アンリ!?」


ミサ「あなたを変貌させたものは何なの!?」
アンリ「それを聞いてどうするの?」

リョウが渾身の力でアンリを倒す。
変身が解ける──その姿はアンリではなく、大門村のシスターの1人。

ミサ「アンリはどこ!? どこにいるのよぉっ!?」



どこかの洞窟。

松明の炎が照らす中、全身包帯に覆われた何者かが車椅子に乗っている。
悪魔ダイモンが地上に降臨するための器にされている能力者だ。
微かに包帯の隙間から覗いた唇から、言葉が漏れる。

「ミ……サ……」


聖 戦
ANRI III


重傷を負ったリョウを抱え、ミサは何とか河原まで逃げ延びる。
ミサが川の水を手ですくい、リョウの口へ運ぶ。
リョウが咳き込み、口から血が漏れる。

悪魔ダイモンの攻撃で言葉すら失っているリョウは、テレパシーでミサに意思を伝える。

リョウ (お前、さっき名前聞いたよな……リョウ……親しい人はそう呼んだ)
ミサ「リョウ……私は」
リョウ (黒井ミサだろ……)
ミサ「知っていたの?」
リョウ (ミサ……少しは自分のことを知った方がいい……だからためらうな。何が起きてもやり遂げろ。行くんだろ……?)

ミサが頷く。
リョウが、自分の額をミサの額に当てる。

ミサの脳裏に、リョウの意思が伝わる。
大門村のシスターたちが崇める、包帯姿の車椅子の何者か──

リョウ (感じたか?)
ミサ「……パンデモニアム?」
リョウ (奴らは……あの場所をそう呼び……集まっている)

言葉を失っている筈のリョウの唇が動き、微かに言葉が漏れる。

リョウ「な……れ……る……」
ミサ「……?」
リョウ「お前……なら……なれる……この世に……とって……」
ミサ「……」
リョウ「最後の……き……希望に……」

リョウの目が静かに閉じる。
悲痛な表情のミサ──


夕暮れの大門村。
村人たちは呪文を唱えつつ、逆十字の護符を街中に貼っている。
その光景は平和でのどかな田舎そのもの。村にとってはダイモンは悪魔ではなく、自分たちを災いから守る守護神。それ以外の何者でもない。
悪魔を崇める邪教の儀式も、彼らにとっては神を崇める儀式。微塵のためらいも感じられない。
神や悪魔といった存在を「神」と呼ぶか「悪魔」と呼ぶかは、それを崇める人々次第なのだ……。


教会。
呪文を唱える邪教のシスターたちのもとへ、遂にミサが乗り込む。

ミサ「アンリはどこ!?」

シスターたちが一斉にミサを取り囲む。

ミサ「どこなの、アンリは……?」
シスターたち「……」
ミサ「もう一度言うわ。アンリはどこ? 答えなさい!!」


閃光──


次の瞬間、教会にいたはずのミサは、どこかの洞窟に立ち尽くしている。
目の前には、車椅子に乗った包帯姿の何者か。

突如、暴風が吹き荒れる。
包帯が風で解けてゆく。

風がやむ──ミサが顔を上げると、露になったその素顔は、妹のアンリの笑顔。

ミサ「アンリ!」

喜んで駆け寄ろうとするミサ。
だがアンリの顔が不意にミサを睨み付けると、ミサが目に見えない力に吹き飛ばされる。
悪魔ダイモンに憑依されているアンリの口から、ダイモンの不気味な声が漏れる。

アンリ「ここは神の領域──
ミサ「……?」
アンリ「我はこの場所で神として崇められ──神として君臨する──
ミサ「……アンリ。今、浄化するからね」

ミサが太股の短剣を抜く。

ミサ「大地の精霊よ、我が足を伝いその力を体内の小宇宙と融合させ邪悪の吐息に包まれし者を純白に浄化し、邪悪の根本を闇の彼方に消滅させ給え

ミサが短剣を手にして突進。
だがアンリの目が一閃。再びミサが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

アンリ「その身を器として捧げろ──
ミサ「……」
アンリ「憎め──憎悪しろ──神の名においてお前のそのパワーを吸収する──
ミサ「冗談じゃないわ! 人々に邪悪を成すお前が神を名乗るなら、私は悪魔で構わない……悪魔となってお前を倒す!!」

再び短剣を手に構えるミサ。

ミサ「大地の精霊よ、我が足を伝いその力を体内の小宇宙と融合させ邪悪の吐息に包まれし者を純白に浄化し、邪悪の根本を闇の彼方に消滅させ給え

だがアンリの前にまたもや吹き飛ばされ、短剣も叩き折られる。

アンリの乗った車椅子がミサに迫る。
もはや絶対絶命。

──そのとき、車椅子が止まり、どこからともなく、アンリの声がミサの耳に響く。

アンリ (お姉ちゃん……)
ミサ「アンリ!?」

車椅子の車輪がギシギシと唸る。
前へ進もうとしている車椅子を、目に見えない力が押さえつけているようである。

アンリ (これ以上……押さえられない……逃げて!)

ミサが悲痛な表情で首を横に振る。

遂にアンリの束縛を振り切ったか、車椅子が突進。ミサを跳ね飛ばす。
地面に転がったミサの懐から、いつしか最後の晩餐で母に託された魔書が転がる。

魔書を託された際の母の言葉が胸を過ぎる。

(何かあったとき、これに祈りなさい。きっとあなたの助けになるはずよ)

ミサ「ママ……」

魔書を手にし、祈りを込めるミサ。
だが魔書は鎖でがんじ絡めにされており、錠がかけられており、開けることはできない。

ミサ「どうして開かないのよ……? どうして……! どうして……?」

再びアンリの口から、悪魔ダイモンの声が響く。

アンリ「所詮お前は誰一人救うことはできない──友人も──妹も──両親も──誰一人として──私にその身を捧げることしか道がないことを思い知れ──

自分の無力さに絶望したあまり、ミサの目に涙が滲む。
その涙の雫が、魔書を封じる錠に滴ったとき──

魔書を封じていた鎖が弾け飛ぶ。
魔書の中はページ中央がくり抜かれており、その中には1本の十字架が。

ミサが十字架を手にする。
十字架の一端が伸び、その姿が剣と化す。
剣を構え、三度アンリに立ち向かうミサ。
その胸に、アンリの声が響く。

アンリ (お姉ちゃん……浄化魔術じゃ、無理よ……)
ミサ「……!?」
アンリ (私ごとこいつを殺して!!)

アンリの目から涙が滴る。思わず顔を背けるミサ。
悪魔ダイモンの声が響く。

アンリ「できるのか──? お前に──

決意を固めたようにミサが顔を上げ、呪文の詠唱を始める。

ミサ「エコエコアザラク──エコエコザメラク──エコエコケルノノス──エコエコアラディーア──

ミサの隣に妹アンリの幻影が浮かび、姉妹が声をそろえて呪文を唱える。

ミサ・アンリ「エコエコアザラク──エコエコザメラク──エコエコケルノノス──エコエコアラディーア──エコエコヒプノス──エコエコノーデンス──エコエコアウトロス──エコエコノストサスラ──エコエコアザラク──エコエコザメラク──エコエコケルノノス──エコエコアラディーア──

アンリの幻影がミサと一つとなる。

ミサ「アンリ!!」

剣を握り締めたミサが、アンリ目掛けて突進……。



回想──


遊園地。ミサがビデオカメラでアンリを捉える。

ミサ「アンリ、アンリ笑って笑って!」
アンリ「やだぁ、恥ずかしい! もう、お姉ちゃん交代交代!」

アンリがカメラを奪い、ミサを捉える。

アンリ「お姉ちゃん、ピース、ピース!」
ミサ「ねぇ。次、何に乗ろっか?」
アンリ「次ぃ? んー、どうしよっかなぁ? んー、どうしよう……取り敢えず、行こ? はい、ね、行こ!」
ミサ「待ってぇ!」


楽しげにメリーゴーラウンドではしゃぐ姉妹。


飲食店に目をこらすアンリの顔を、ミサが覗き込む。

ミサ「ダイエット中でしょ?」


ソフトクリームを手に笑顔満面のアンリ。

ゴーカートを乗り回す2人──草原で大の字に寝転ぶ2人──

フレンチドッグを手に笑顔のアンリ。

ミサ「また食べてるの?」


絶叫マシーンに乗り込む2人。

ミサ「早く早く早く早く〜!」
アンリ「お姉ちゃん、おっかしい〜!」


2人が遊園地を後にする。

アンリ「ふぅ〜、楽しかったね!」
ミサ「ふふ、でもアンリ、食べてばっかりいたじゃなぁい」
アンリ「そ、そうだっけ?」
ミサ「そうだよぉ」
アンリ「お姉ちゃん……また一緒に来ようね」

笑顔で頷きあう2人……。



アンリの胸に、ミサの手にした剣が深々と突き刺さっている。

ミサ「アンリ……」

アンリの唇から、悪魔ダイモンの声ではなく、アンリ自身の声が漏れる。

アンリ「お姉ちゃん……私、私ね……負けなかったよ……」

ミサが頷く。

ミサ「よく頑張ったね、アンリ……」
アンリ「だって……信じてたから……迎えに来てくれるって……約束したから……」

ミサが何度も頷く。

アンリ「でも……もう、2人で幸せになろうっていう約束は……守れそうもないな……」
ミサ「……」
アンリ「だけどね……お姉ちゃんだけは……絶対、幸せになってね……約束だよ」

アンリが力なく、右手の小指を差し出す。
ミサも右手を差し出し、指切りをし、笑顔を作る。

ミサ「約束……するわ」
アンリ「お姉ちゃんには……その顔が一番、似合ってる……」

アンリの手がだらりと崩れ落ち、その目が閉じる。
悲痛な表情でアンリを抱きしめるミサ──


いつしか周囲は洞窟ではなく、ミサが乗り込んだ村の教会である。
アンリの姿はなく、邪教のシスターたちがミサを取り巻く。

シスター「お前は、我らが神に天から垂れる触手の1本を切ったに過ぎない」「人間の憎悪がある限り、神は必ず復活する」「その日のために」「お前の体が必要だ」

自らの手でアンリを殺したミサの悲しみの表情が、次第に怒りへと変貌。シスターたちを睨みつける……


教会の扉が開き、ミサが外へ姿を現す。
片手には剣。全身に返り血を浴び、セーラー服が赤く染まっている。

「ひ、人殺し!?」

ミサが顔を上げると、村人たちが恐怖と怒りの顔をミサに向けている。
かつてミサを温かく歓迎したときの表情は、もはや微塵もない。

「あ、悪魔、悪魔だぁ!」「お前は、悪魔みたいな女だぁ!」「何てことをするんだ!!」「人殺しぃ!!」
「出てけぇ!!」「お前は人殺しだぁ!!」「悪魔はどっかへ行っちまえ!!」「悪魔ぁ!!」「人殺しぃ!!」

罵声に耐え切れずに顔を背けていたミサだが、やがて決意を固めたように顔を上げると、村人たちをかき分け、無言のまま立ち去る。

「人殺し!!」「鬼だぁ!!」「悪魔だぁ!!」「もう来るなよ!!」


無数の罵声を背に、ミサが村を去る……


エコエコアザラク──

エコエコザメラク──

エコエコケルノノス──

エコエコアラディーア──


エコエコアザラク──

エコエコザメラク──

エコエコケルノノス──


都会の雑踏。

車道を多くの車が渋滞を成し、歩道を無数の人々が行き交う、見慣れた風景。

その中にただ1人、古ぼけた革鞄を手にして街を行くセーラー服の少女──黒井ミサ。


これからも彼女は孤独に、闇の世界を歩んで行くのだろう──


THE END
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